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紅ノ月ガ沈ム迄 ーTHE TOWER OF PRINCESSー  作者: Sodius
第二章 ルヴェールの影
21/73

10、黒

 一方その頃、ココロは一人ルヴェールの街の門前で護衛としての任務中だった。


「寒い……」


 今日はいつもよりかなり寒く、空からは雪まで降ってきている。しかし彼女は、口では「寒い」と呟きながらも実際そこまで寒さを気にしているわけではなかった。


 今頃ココルは、セトさんと二人で舞踏会を楽しんでいる……。


 楽しそうに踊る二人の姿を想像すると、ココロはただやりきれないという気持ちだけで一杯になっていたのだ。


 羨ましい……。自分の思っていることを素直に言える妹が、羨ましい……。私だって、セトさんのことが大好きなのに……本当に、これ以上ないくらい愛しているのに……。もう、それを口にすることすら、きっと自分には許されない……。


 彼女の沈んでいく気持ちは、次第に黒い塊となって胸に留まり、行き場を無くし、暴れまわる。それを抑えることをやめたとき、彼女の中で、何かが壊れ始めてしまう。


 私は、今までずっと、妹よりも真面目にやってきたのに……。心も体も成長しない妹を、今までずっと、できる限り優しく、面倒を見てきた筈なのに……。そんな妹に、好きになった人を取られるなんて……辛すぎる……。例えば──。


「例えばですが、そこのメガネのお姉さん」


 ふと前方を見ると、そこには顔に大きな縫い目のある一人の女が立っていた。


 それでもココロの黒い気持ちは、まるでその縫い目の彼女を無視するかのように止まらない。


 ──例えば、私とココルが同時にセトさんに告白したとして、セトさんはどちらを選ぶだろうか。


「自分の体から感情というものが一切無くなったら、人はどうなると思いますか?」


 背が低くて考えも幼い、正直言ってまだまだ子どものココルと、背が高くて普段から真面目な私。どちらかが選ばれるとしたら、絶対に私だ。


「はい……?」

「いえ、例えばですよ。例えばの話です。別に、貴女の顔があまりにもヤバそうだったからとかいうのは関係なくてですね。本当に例えばの話です」


 そもそも、ココルは私の気持ちに気づいていたのではないだろうか……?私の気持ちを知っていながら、私にそのことを言わせないように、セトさんを自分のものにするために、私を裏切ったのではないだろうか……?


「恐らく、感情を失うことは、人を失うことと大差ないのではないかと思います。ただ、もしも感情を失えるのなら、今はそうなりたい。きっとそう思うのは、今だけですが」

「ほうほう、よいお答えですナ。やはり貴女は、頭のよいお方だ」


 いや……妹は、確実に私を裏切ったのだ。確実に私の気持ちを知っていたのだ。だとしたら……。


「やはり……?以前、お会いしましたか?」

「ええ。お会いしましたよ。確か、あのときも雪の中だった」


 ……憎い。妹が、憎い……。憎い……憎い憎い憎い……!ただ憎い!消えろ!消え失せろ!二度と私の視界に入るな!


「仮面の方、ですか?」

「はい。仮面の方です。それで、どうでしょう。私が貴女の感情を、奪い去って差し上げましょうか」


 縫い目の彼女はそう言って、静かに両手に双剣を構える。


「……私を、殺すということですか?」

「なるほど。確かに死ねば感情は無くなりますね。じゃあ、そういうことにします」


 武器を構えた縫い目の彼女を見て……いや、武器を見たのは関係ないか。ただ、黒い塊が疲れ始めたのだ。叫び過ぎたのだ。疲れた感情は少しづつ落ち着きを取り戻し、彼女の中では憎しみとは逆の感情が芽生え始める。


「そうですか──」


 ココル……ごめんなさい……。貴女のことをどれだけ受け入れられなくても、私は貴女の姉でした……。姉として……いいえ、一人の人間として、私は決して思ってはいけないことを考えてしまった……。


 明日、ちゃんと言おう。妹に、私もセトさんのことが好きだということを伝えよう。それで、そのあと、謝ればいい。あのとき嘘をついてしまったこと、応援するなんて言ってしまったこと、そして今、一瞬でも憎しみを抱いてしまったこと、全部謝ろう。


「──申し訳ありませんが、お断りします」


 そして彼女もまた、武器を手に取るのだった。

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