1、ガラスの街
「着きましたか……」
その日、一人の青年が神聖都市ルヴェールに降り立った。
身長170㎝程度で真っ白な軽装備に身を包む彼は、若干長めの白い髪に同じく白に近い色をした瞳。さらには腰に携える剣、左腕の盾まで全て白に統一している。
「綺麗な街ですね……」
誰に言うでもなく呟いた彼だったが、その言葉に一人の女性が反応していた。
「そうだろう、この街ではガラス細工が盛んなんだ。その技術が街の所々に生かされている」
声の方を向くと、そこに立っていたのは一見ドレスのようにも見える派手な鎧を身に纏った女性。美しいブロンドの長髪には金色の髪飾りを付け、腰には銀の剣、左腕には薔薇の装飾が施された盾を装備している。身長は青年よりも低いが、それでも160㎝はあるように思えた。
「そうでしたか……あの、貴女は?」
「ああ、私はこの街を治めるシンデレラだ。ルヴェールは初めてか?」
「シンデレラ……様、ですか。はい、この街には今日初めて訪れました」
「そうか。しかし武装している所からして単なる旅人ではないようだな。君は騎士なのか?」
騎士とはこの世界において戦闘に身を置く者を指す言葉。騎士は必ずしも剣を握るというわけではなく、弓や杖を武器として扱う者達も大勢いる。
「自分は──」
──騎士ではありません。
そう言いかけたがやめておいた。この格好で騎士でないと言えば、それこそ怪しまれてしまうだろう。
近頃では騎士を殺害して回っているという、例の『紅之大鎌』の噂も耳にする。騎士でない武装者など確実に疑われる。
「──騎士になったばかりの者です」
青年がそう言うと、シンデレラの表情はパッと明るくなった。
「なったばかりか!ではどこの勢力にも仕えていないということだな!」
「は、はい……そうですが……」
「ならば私と共に来てはくれないか?歓迎するよ」
彼女の言葉に青年は暫くの間考え込むが、その末にゆっくりと首を横に振った。
「すみませんが、自分はまだ姫様に仕えることができるほどの腕前を持ち合わせておりません。もう少しだけ一人での旅を続けたいと思っております」
「そ、そうか……いや、しかし新米の騎士であっても私は歓迎するぞ。それについ先日、グランツホルンの森で保守派の騎士が数名殺害されたとの報告もある。一人での旅も危険だろう」
保守派というのは、呪いによって塔に閉じ込められている聖女ルクレティアの救出を最優先としている派閥のことだ。その保守派の筆頭に立つのが、今目の前にいる彼女、シンデレラ。
それに対立する改革派は、白雪姫アンネローゼを筆頭に世界の混乱を鎮めることを優先している。
「で、ですが──」
「大丈夫。我が勢力の騎士達は皆親切な者ばかりだ。君もきっとうまくやっていける」
「そ、うですね……」
「見学というだけでもいいから、一度城に来てはみないか?私に仕えるかどうかはその後でも構わないよ」
その言葉にも青年は暫く悩むが、流石にそこまで言われて断るというのも失礼に感じ、今回は頷くことにした。
「……はい、分りました」
「おお、そうか!来てくれるか!」
再び明るくなる彼女の素直な表情。
その美しい笑顔に、青年は少しの間だけ見惚れていた。