序、血に沈む騎士
「クッ……ハハハ……」
口から垂れる血を身に纏うローブの袖で拭いながらも、その青年は不気味に笑っていた。
「……流れる血は、力の象徴。噴き上がる血は、生命力。迸る血は、魂の咆哮!」
血と共に吐き捨てたその言葉は、特に何かの呪文というわけではない。呪文というわけではないが、ただ彼にとっては恐らくそれに近いものなのだろう。
現に、今まさに彼が手に握る大鎌は、言葉と共に強力な力を宿した。
「ヴェンジェンス!!!」
大声で叫んだのは、その技につけられた名。流した血の分だけ威力を増すその一撃は、彼の目の前に立っていた数名の騎士達を、周囲に聳える木々と共に消し飛ばしていた。
体制を崩しそうになるほどの大振りだったが、しかし彼は慣れた手つきで振り抜いた大鎌を片手で何度か回転させると、その勢いで一度鎌についた血を払う。
「ハァ……いつからだろうな──」
真っ赤な、血のような色をした髪が森の中を吹き抜ける風に煽られると、彼はとても悲しげな表情でその風の吹く方へ目を向ける。
そして今では相棒とも呼べるまでになった大鎌を背負い直し、彼は呟くように言うのだった。
「──人まで殺すようになったのは」
血の力に溺れ、前すらまともに見えていないその青年は、気づくと周囲からこう呼ばれるようになっていた。
『紅之大鎌』。
自分の名などとうに忘れた彼にとって、その呼び名は次第に呼び名でなくなっていく。
「早く見つけねえと……」
そしてそれが彼の本名となったとき、彼はようやく気づくのだ──。
「……俺の、墓」
──自分が、既にこの世界に存在していないという事実に。