夢の先はもっと残酷で
「俺仕事あるから帰るね」
「あ、ああ……」
ロギが出て行ってすぐにリュークも出ていき、部屋に一人きりになる。
すると、どっと疲れが押し寄せ、身体が鉛のように重たくなった気がした。
私は……自分が思っていたよりもロギを縛ってしまっていたのではないだろうか。
”傍に置いてほしい”と言ったロギの言葉に頷いたことは本当に良かったのだろうか。
――いや、私は帰すべきだったのだ。
たとえロギを苦しませたとしても、”先のこと”を考えて。
激しい後悔に駆られ、ぐっと唇を噛んだ。
額をおさえ俯いたその時、視界に映った手紙に、ロギに渡されたことを思い出した。
「……っ」
ロギのことを思い出すと、心臓が破裂しそうなほどに締めつけられる。
苦痛に顔が歪むのを感じながら、封筒を裏返しにした。
「――」
垂らされた蝋の紋章を見た瞬間、時が止まった気がした。
間違いない。私が見間違える筈のないそれは――兄上のものだ。
息をするのも忘れて、穴があくほど手紙を凝視する。
「兄、上……」
ようやく絞り出せた声は酷く掠れ、震えていた。バクバクと心臓がうるさい。
何が、書かれているのだろう。
恐怖心に、唾を飲み込む作業さえわずらわしくて仕方がない。
「……」
優しい兄上に限ってないとは思うが、私を軽蔑する内容だったらどうしよう。
和睦に関する全権を任せられていたとはいえ、取り結んだ交渉条件が王族同士の婚姻だ。
それも”私”と”ジルフォード”の。だが、兄上は望んでいなかった。必ず帰ってきて欲しいと言われていた。
だから――身売りをしたと思われても仕方がない。内容を想像しただけで戦慄する。
「……」
こくりと、唾を飲んだ。
内容を知るのは、なによりも恐ろしい。同時に、兄上からの手紙だという事実が胸を高鳴らせる。
「!」
私は意を決し、封を切った――。
カーテンを締め切り、深夜にも関わらず明かりの灯していない部屋は暗い。
私はベッドの上で膝を抱え、両足の間に顔を埋める。
「申し訳、ございません……っ!」
流し続けていたからだろう。滝流のように流れる涙は酷く冷たい。
――私は配慮が足らなかった…っ…、少し考えれば分かるはずなのに、兄上にあんなにも気を遣わせてしまうとは!!
嗚咽が溢れ、呼吸が苦しくなる。
兄上からの手紙には、私を軽蔑するどころか、私の心身を心配するものばかり。
挙句の果てに、”私はそなたの味方だ。ヴァリトスからいつもそなたを想っている”などと言わせてしまう始末。
本気で死んでしまいたいと、母上を亡くして以来に思った。
「うっ……く……ああ……」
ジルフォードと対立してでも一度帰国するべきだったのかもしれない。
なにが大佐だ。なにが軍人時代だ。
私は認めたくなかっただけだ。
――全てが私の独りよがりだったことを。
挙句の果てに勝手に決めつけ、一人苦しんでいるかのように殻に閉じこもった。私は誰一人にさえ目を向けてはいなかった。
――何も変わっていない。
子供の時と変わらない、無力な人間だ。
ジルフォードは自分とは違う。
私から”レイ“を奪ったのは、イルメディスの王としての政務。
私があの男から受けてきた全てに結びつくのは、あの男の地位――王だ。
自分とは違う。
今更、そんなことを気づく。
――このまま朽ちて死んでしまいたい。
「泣いているのですか?」
突然掛けられた声に、息が止まった。