プロローグ
以前、二次創作として書いたものをオリジナル作品に直しました。
空には太陽がある。
それは当り前だけれど、当たり前じゃない。
当たり前じゃなくなっている事を、ボクは知っている。みんなも知っている。
それでも抗いたいと思うのは、もっと大切なモノがあることを知っているからだ。
「ねぇ、そら」
「なあに?」
呼びかけると、双子の相方がくるりと振り向いた。
海の色と同じ青の瞳が太陽の光を反射した。狂った空と同じ色をした髪、そして広がりすぎた海と同じ色をした瞳。ボクとそっくり同じ顔。
その背後では、今も天から星が落ちていた。白い筋を描いて、海の彼方、深淵へと墜ちていく。それは、とてもロマンチックな流れ星とは言い難く、崩壊していく世界を象徴するように次々と落下していくのだった。
ボクと、ボクの双子の相方は、彼女にあてがわれたこの大きな部屋で、壁一面に大きく開いたこの窓から外を眺めるのが好きだった。
外に広がるのは蒼い海と、蒼い空。そして沈む事のない太陽。
「この蒼い海も空も太陽も、落ちてくる星もすべて神サマが創ったっていうのなら、星だけじゃなくて、太陽も、最期には神サマも墜落するっていうことなのかな」
そう問うと、そらは笑って答えた。
「違うよ、りく」
無邪気に笑った。
「この世界の神サマは、とっくに墜落してるんだよ?」
そうして、ボクの双子の相方は空に小さな掌を翳し、ただ太陽の眩しさに少し目を細めて、まるで墜落してしまった神がかつて在った玉座を探し求めるかのように、瞳と同じ色の蒼穹を見つめた。
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大地が動かず、天が巡る世界は崩壊の危機に瀕していた。
かつては、空に張り付いた太陽と月が狂いなく循環を繰り返していたのだが、数年前の大洪水を境にして、太陽は沈む事を忘れ、月は崩れ欠片が今も海に降り注いでいる。月と共にあった星たちも白く燃えて天から降り注ぐようになった。
海水が深淵へと堕ちる場所からは、いつしか大地が崩れ堕ちてゆき、少しずつ世界を狭めていった。
大陸は海に沈み、沈んだ端から深淵へと崩れ落ちていく。
世界が滅びるのは時間の問題だった。
ロサ・ファートゥムは、大洪水で沈んでしまった都市の上に積み木を重ねるように創り上げられた水上都市。
この都市がかろうじて崩壊を免れているのは、たった一人の歌姫の力だった。一人の科学者によって作られた歌姫は、世界の崩壊を防ぐ旋律を歌い続ける事で、残された都市を護っていた。
しかし、崩壊を防ぐ歌声と旋律を持つ歌姫を手に入れようと、大地を失い海上へと逃げた人々がこぞってロサ・ファートゥムを目指した。武力で以て、歌姫を奪い取ろうとしたのだ。
それでも、水上都市の鉄壁の守りによってそれは永く阻まれているのだった。その守りを可能にしているのは、ひと組の双子。そして、一人の将軍。
ここは、最期の都市「ロサ・ファートゥム」――旧市街の上に強固な要塞を構えた漆黒の海上都市。
大海原にぽつりと浮かぶその都市は、たった一人の歌姫と、たった一人の科学者と、たった一人の将軍と、たった一組の双子によって守られていた。