オトシモノ
辺りに白い靄がかかった空間の中に、一人の少女と一人の少年が居た。
「あれあれ? 君はどこから迷い込んで来たのかな?」
少女は背中の半分ほどまで伸びる綺麗な黒髪をしており、服も純白の美しいワンピースを身に着けている。
その様相から見ると十代前半に見える少女は、その手に持った真っ白なティーカップを真っ白なテーブルの上に置き、真っ白な椅子から立ち上がる。
そしてそんな少女とは対照的に、何の飾り気の欠片も無い入院患者を思わせる様な服装をした同い年くらいの少年は、『ここはどこ?』と、その少女に尋ねた。
「ここ? ここはね、全てが寄り集まる空間なんだよ」
そう言った少女の言葉が理解できず、少年は首を傾げる。
「別に分からなくてもいいよ。それよりも、君はここへ来る前に何をしてたの?」
少女の質問に少年は答えられず、何度も首を左右に傾けながら自分がどこに居たのかを考えていた。
すると少女は、少年を上から下までじっくりと観察する様に見つめた。
「ふ~ん……なるほどね。まあいいわ。せっかく来たんだから、私の話でも聞いて行ってよ」
少女は少年の近くまで駆け寄って来ると、その背中を押して少年を真っ白な椅子に座らせる。
そして少女は座らせた少年の対面に椅子を移動させ、そこに腰掛けた。
「何にも無いところだけど、とりあえずお茶でも飲んでちょうだい」
少年の前にあるテーブル上にはいつの間にか少年の分と思われるティーカップが置いてあり、ほのかな湯気が立ちのぼっていた。
「ふふっ。ここに人が迷い込むなんて久しぶり」
少女は嬉しそうにそう言いながら、ティーカップのお茶に口をつける。
「そうだ! あなた、こんなお話を知ってるかな?」
口につけていたティーカップを離してテーブルに置くと、少女は前のめり気味に少年に話を始めた。少年は呆気にとられつつも、少女の話に耳を傾ける。
「これはね、ある都市伝説にまつわる、ちょっと怖いお話しなの」
少年の話を聞く体勢に気を良くしたのか、少女はニコッと笑顔を浮かべ、
その少年に向かって話を始めた。
「都市伝説は世界中に沢山あるんだけど、これはそんな都市伝説がある、とある地方のとある学校に通っていた男の子のお話しなの」
× × × ×
「ねぇ、聞いた? 今日もまた電車内で死人がでたらしいよ」
「ええー!? また? 今月でもう六件目でしょ?」
学校の廊下を歩いていた金髪の少年が、少女達がしている話を聞いて立ち止まった。
「今度の死因は何なのかな?」
「何だろうね……前の五件も死因はバラバラだったみたいだし……」
「これってやっぱり呪いなのかな?」
「ああー。あの『他の人には見えない落とし物を拾って使ったら呪われる』って都市伝説?」
「そうそう! あっ……」
少年の視線に気付いた一人の少女が、もう一人の少女に目配せする。
「あっ……」
そしてそんな目配せにもう一人の少女が気付くと、二人は逃げる様にその場を去って行った。
「ちっ! どいつもこいつも、俺を腫れ物でも見るようにしやがって……」
去って行った少女達を見ながらそう言っているこの少年は、この高校一の不良で嫌われ者。
金髪に派手なピアス、服装はだらしなく着崩し、万引きカツアゲは日常茶飯事、弱い者を見つけては理不尽な暴力を振るう。そんな一匹狼の彼を、皆は恐れ遠ざけていた。
そしてそんな彼が全く信じていないものの一つに、『心霊』というものがあった。彼は昔からお化けだの幽霊だの呪いだのといったものを信じていなかった。
それは都市伝説も例外ではなく、先ほどの様な噂話が学校中に蔓延しているのが何故か気にくわなかった。
「ちっ……何が都市伝説だ。何が呪いだ。そんなもんありゃしねえのに」
× × × ×
「や、やめて下さい……」
「大人しく金を出せば何もしないさ」
学校の近くにある廃墟に一人の長くサラサラした黒髪の少女を連れ込み、彼はその日も遊ぶ金目当てにカツアゲをしていた。
男であろうが女であろうが、弱そうな人物を見つけては人気のないところまで連れて行き、その相手から金品をせしめる。それが彼のやり口だ。
そして今日の獲物に選ばれた少女は携帯を両手で握り締めながら、彼の行動に身体を小刻みに震わせていた。
「さ、財布、持ってないんです……」
俯きながらそう言う少女を見ながら、彼はニヤリと笑った。
「そっか。それじゃあ、鞄の中を確認してもいいよな?」
そう言ったかと思うと彼は少女が地面に置いていた鞄をひったくり、その中身を漁り始めた。
「や、やめて下さい!!」
「うるせーんだよ!!」
「きゃっ!!」
鞄を取り返そうとした少女を突き飛ばしたあと、少女が倒れた瞬間にゴン!! という鈍い音が聞こえ、彼はその音がした方へと振り向いた。
すると倒れていた少女が苦しそうな声を上げながら、ゆっくりとその顔を上げた。
「ううっ……」
倒れた先にあったコンクリートブロックに額を強打した少女の額からはおびただしい量の出血があり、左手に持った携帯を握り締め、空いている右手を前に伸ばし、『助けて……助けて』と言いながら彼に必死で助けを求めていた。
「あああっ……」
そんな少女の姿を見た彼は取り出していた財布からお金だけを抜き取ると、急いでその場から逃げ出した。
そしてその出来事から数日後。
捜索願が出されていた少女の遺体が廃墟で見つかった。
その事を知った彼はいつ自分のもとへ警察が来るかと怯えていたが、一週間が経っても一ヶ月が経っても、警察が来る気配すら無く事件は思わぬ方向へと進んで行った。
「そう言えば聞いた? 例の女の子、変質者に殺された可能性が高いって話だよ」
「ええー! マジで?」
あの時見殺しにした少女は変質者による犯行とされ、彼は何事もなく普段通りの生活を送っていた。
「でもさ、噂で聞いたんだけど、その女の子が持ってた携帯が今も見つかってないらしいんだよね。あと、何でか分からないけど、その子が使ってた定期券も無くなってるんだって」
「それって変質者が持って行っただけなんじゃないの?」
「そうかもしれないけど、携帯にも定期券にも使った形跡はないらしいの。これっておかしくない? 携帯も何故か位置情報を特定出来ないらしいし」
彼はその話を聞きながらほくそ笑んでいた。
何はともあれ、自分に疑いの目が向いていない事を喜んでいた。そして自分が見殺しにした少女への懺悔の気持ちも抱く事なく、のうのうと生きていた。
そして少女を見殺しにした事などすっかり忘れてしまっていたとある日の夕方。彼は不機嫌に自宅への帰路を歩いていた。カツアゲをする適当な相手が見つからなかったからだ。
「くそっ……むしゃくしゃするな。――ん?」
最寄り駅へと着いた時、彼はゴミ箱の陰で何かが点滅しているのに気付いた。そして彼がその点滅している物へ近付いて行くと、そこには赤い色の携帯と薄汚れた定期券が落ちていた。
彼は辺りの人目を気にしながらそれを拾い上げ、急いで男子トイレの個室へと駆け込み、その携帯と定期券が使えるかを確認した。
「おっ! どっちも使えるじゃねーか」
どちらも使用可能と分かった彼は、意気揚々とトイレを出ようとした。
しかしその時、ふと前に学校で聞いた話を思い出した。『他の人には見えない落とし物を拾って使ったら呪われる』という都市伝説の話を。
ゴミ箱の陰にあったとはいえ、それなりに見えやすい位置で点滅していた携帯に誰も気付かなかったのだろうか――と、彼は一瞬戸惑った。だが。
「……ちっ、馬鹿馬鹿しい」
彼は自分の中に生じた戸惑いを振り払い、拾った定期券で堂々と改札を通り抜けて電車へと乗り込んだ。
ほどほどに人が居る車内の比較的空いている場所に彼は座り、三十分ほどかかる自宅への最寄り駅まで電車に揺られていた。
「くそ……何だか眠いな」
そんな中、急に激しい眠気に襲われた彼は、そのまま夢の世界へと落ちていった。
「――あっ……ヤベェ! 今どこだ!?」
寝過ごして最寄り駅を通り過ぎてしまったと思った彼は、焦って車内の電光掲示の次の駅名を見た。
「なんだ……まだ平気じゃないか」
彼はずいぶん寝ていた様な気がしていたにもかかわらず、まだ電車に乗って三駅ほどしか過ぎていなかった。
その事にほっとしていた彼だったが、しばらく電車に揺られる内にある異変に気付いた。いつの間にか車外の景色は無くなり、まるでトンネルの中でも走行しているかの様に車外が暗くなっていたのだ。
「ど、どうなってんだ?」
彼の乗っていた電車の走行経路にトンネルなど存在しない。故にその目に見える暗闇は彼を相当に焦らせた。
そして彼はパニックに陥りそうになりつつも、もう一つの異変に気付いた。乗った時にはほどほどに人が居たはずの車内には誰も居らず、自分しか乗っていない事に。
そんな異様な光景もさる事ながら、車内にある車内灯の一部がいくつか切れかけの様にチカチカと点滅を繰り返しているのが、この状況の不気味さを一層際立たせていた。
「な、何で誰も居ないんだよ!」
焦りながらも彼はどこかに人が居ないかと捜し始めた。
彼はまず進行方向後ろの車両へと人を求めて向かってみたが、どこまで行っても人っ子一人居ない。そしていよいよ最後方の車両に彼は辿り着いたが、やはりそこにも人は居なかった。
だがその時、彼は車掌室には誰か居るだろうと思ってそこへと向かったが、辿り着いた車掌室は暗幕カーテンの様なものがされており、彼が中の様子を窺い知る事はできなかった。
「おいっ! 誰か居ないのか!? おいっ!!」
彼は車掌室のガラスが割れんばかりの勢いでドア窓を叩く。
だが、それに応える者は無く。その静寂だけがそこに誰も居ない事を示していた。
「そうだ!」
思わずポケットに手を入れた時に携帯が当たり、彼はそれを使って外部に連絡を取ろうと携帯を出した。
「なっ、何で電池がこんなに少なくなってるんだよ!?」
取り出した携帯の電池残量は、すでに1%になっていた。
最後に携帯を見た時にはまだ70%以上残っていたはずの電池残量が、いきなりここまで減るはずは無いと彼は焦っていたが、とりあえず残量がある内に警察へ連絡をしようと電話を始めた。
そして二回コール音が鳴ったあとに通話が繋がり、彼は少しだけ安心する。
「はい。〇〇警察署ですが、どうかされましたか?」
「た、助けてくれ! 変な場所に閉じ込められたんだ!!」
「落ち着いて下さい。分かる様にちゃんと説明して下さい」
「〇〇電車に乗ったら変なところを走ってて、乗客も車掌も居ないんだ!」
「〇〇電車の車内に居るんですね?」
「ああ! だから早く助けに来てく――」
彼がそう言い終わる前に、携帯の充電が切れてしまった。
「くそっ!」
彼は画面が真っ暗になった携帯を再びポケットに入れる。
しかしその時、電車に乗る前に拾った携帯の事を思い出し、もう片方のポケットからそれを取り出した。するとその携帯はまだ十分な電池残量が残されていて、彼はこれを使って再び警察に電話をしようとしていた。
「ん? メールか?」
その携帯に突然メールが送られてきたのだが、彼はいささかの躊躇も無くそのメールを開いた。
「な、何だよ……これ」
そこには少し崩れたフォトンの赤文字でこう書かれていた。『返して……』と。
彼はその文面を不気味に思いつつも、とりあえず自身が助かる為に再び警察に電話をかけようとした。
「あ、あれ?」
何度かかけてみたものの、電話はツーツーとなるだけで一向に繋がる気配がなかった。彼がおかしく思って携帯を見ると、電波の表示部分が圏外を表示していた。
「な、何でだよ!? 俺の携帯は使えたじゃねーか!」
彼は憤りを感じつつも、さっき電話した警察が来てくれる事を信じて近くの椅子に腰掛ける。
そして一向に止まる気配の無い電車内で窓の外の暗闇を見つめていたその時、再び拾った赤い携帯が音を立てた。
「な、何でメールが入ってくるんだよ……」
電波表示は相変わらず圏外にも関わらず、メールが入って来た事に彼は少なからず恐怖していた。
しかし恐怖しながらも、彼は入って来たメールを開き見る。
「な、何なんだよこれは……」
二通目の文面も、一通目と同じ赤のフォントで『頭が痛い……助けて』と書いてあった。
そしてその瞬間、車内灯が一つずつ順番に消え始め、それに焦った彼は急いで席を立って先頭車両の方へと走り出した。
「くそっ! いったい何だってんだ! 何で俺がこんな目に!」
そう言って走っていた彼は、先頭車両のとある一角に目を奪われた。
なぜなら先頭車両最奥の隅の座席に、一人の髪の長い女性が座っていたからだ。
それを見た彼は他に人が居た安堵感から、ゆっくりとその女性に向かって歩き始めた。
「あ、あんたもここに閉じ込められたのか?」
女性の前まで行った彼は、座席に座る女性に向かってそう話し掛けた。
深く俯いたままの女性は長く黒い髪の毛で表情が隠れており、彼がその表情を窺い知る事はできなかった。
そして彼女は彼の問い掛けに、一回だけコクンと頷くだけだった。
変な奴だなと思いつつも人が居た事に安堵した彼は、彼女の向かい側の席に座り込んだ。
それからどれくらいそうしていただろう。彼は俯く彼女を観察する様にじろじろと見ていた。
さっきまでは色々と混乱していたせいか彼は気付いていなかったが、よくよく見てみると、彼女は彼が通っている学校の制服を着ていた。
しかも少しおかしな事に、制服はところどころシワがよって薄汚れており、まるで着崩した様に肩が肌蹴て露出していた。
――よし。
それを見た彼は今までの恐怖を忘れ、この誰も居ない状況を利用してその彼女によからぬ事をしようと考えて立ち上がろうとした。
しかし彼が立ち上がろうとしたその瞬間、再びポケットの携帯が鳴り響いた。彼は出鼻を挫かれた事に苛立ちを感じつつ、携帯のメールを開いた。
「な、何なんだよ……これ……」
開いたメールの文面には、『何で……助けてくれなかったの……返して……私の命を……』と書かれた赤字の文章と共に、一つのムービーが添付されていた。
そしてそのムービーには『呪』の文字がタイトルとして刻まれていて、一瞬再生するのを彼は戸惑ったが、呪いなんてあるわけない――と自分に言い聞かせてそのムービーを再生した。
――な、何だこれは!?
携帯ムービーから流れたのは、あの日殺してしまった少女をカツアゲしている自分の姿と、金を奪って逃げて行く自分の姿だった。
そして画面が徐々に血に濡れて真っ赤に染まっていく中、その少女の呟きが残っていた。『イタイ……イタイ、ユルサナイ……ユルサナイ……』と。
するとそこでムービーは終わり、再びタイトルの『呪』の文字が画面に出た。
「何で……助けてくれなかったの?」
呆気にとられていた彼の目の前からさっきメールで見た文面の言葉が聞こえ、彼は目の前の彼女を見る。すると彼女は顔を俯かせたままゆらりと立ち上がり、再びその言葉を発した。
「何で……助けてくれなかったの? あのときたすけてくれていたら、ワタシハシナズニスンダノニ……」
彼女は顔をあげる事なく、彼へゆっくりと近寄って行く。
「な、何なんだよお前は……く、来るな、俺に近付くな!!」
その様に恐怖した彼は、車掌席の方へ少しずつ後ずさる。
そしてそんな彼を追い詰める様に、ゆっくりゆっくりと彼女はにじり寄っていく。
「イタイ……イタイ……アタマガイタイ……ユルサナイ、ユルサナイ!!」
「うわあああああーー!」
語尾を強めてそう言った彼女の髪の毛がブワッと舞い上がると、そこにはあの日見殺しにした少女の血に染まった顔があった。
彼は少女の横を勢い良く通り抜け、後部車両へと逃げて行く。
しかしその間も彼の耳には『ユルサナイ……ユルサナイ』という少女の恨みの言葉が聞えていた。
そして息を切らせながら走っている途中、彼は不意に何かにつまずいて転んでしまった。
「くそっ!」
手にしていた携帯が床に落ち、勢い良く座席の下の硬い部分にぶつかる。
「えっ!?」
彼はその携帯を見て驚愕した。赤だと思っていた携帯の一部が削れ落ち、中から白い部分が露になったからだ。
そしてそれを見た彼はその携帯に見覚えがあった。それはまさしく、あの日カツアゲをした少女が握っていた携帯だった。
真っ白だったはずのあの少女の携帯は、少女の血で真っ赤に染まっていたのだ。
「あああ……」
その事に恐怖した彼は再び立ち上がって逃げようとしたが、いつの間にか逃げようとしていた方向にその少女が佇んでいた。
「はぁはぁ……く、くそう……」
もはや逃げられないと悟った彼は、何とか抵抗を試みようと少女に攻撃を仕掛け始めた。
「くそっ! 食らいやがれっ!」
だが、攻撃が当たる瞬間に彼女の姿は霧の様に消え去り、別の場所に現れる。もはや彼は、恐怖のあまり半狂乱状態になっていた。
「そこを動くなよ……」
そして彼は電車の乗降口前に現れた少女に向かって近付き、勢い良く殴りかかって行った。しかし立っていた少女の口角がニイッと釣り上がったと同時に、乗降口の扉がスーッと開いた。
「なっ!?」
彼がそれに気付いた時には既に遅く、自分がつけた勢いのまま外のトンネルの壁に凄まじい勢いで頭をぶつけた。
「ぐえっ!」
激しく頭をぶつけて朦朧とする彼だったが、奇跡的に即死はしなかった。
「うううっ……」
彼は痛む頭を押さえながら、暗闇の中を這いずって進んで行く。どこが出口かも分からない闇の中を。
しかしそんな中、彼の頭上で街灯の様な光が点いた。
彼はその光を感じて少しだけほっとしていたが、それも束の間だった。
「あ、ああ……」
明るい光に誘われる様にして彼が顔を上げると、そこには真っ赤に染まったブロックを両手で持った少女が立っていた。
「アタマ……イタイ?」
彼女はそう聞くと、徐々に持っていたブロックを頭上よりも高く上げていった。
「や、やめろ……やめてくれ……」
「フフ……」
少女は血に染まった顔を見せ、不気味な笑みと囁く様な笑い声を発すると同時に、その高く上げられた手を振り下ろした。
「や、やめろ――――――――っ!!」
暗いトンネルの中、彼の最期の叫びと共に鈍く重い音が何度も響いていた。
× × × ×
それから数日後の放課後。
彼が通っていた学校はある話でもちきりだった。
「ねえ、聞いた? あの不良、死んだらしいよ」
「聞いた聞いたー。電車の中で死んでたんでしょ? しかも外傷は無いのに頭の中がグチャグチャになってたらしいし、この前殺されてた女の子を殺したのもあの不良だったらしいよ」
「えっ!? そうなの?」
「うん! 何でも車内で死んでたアイツのポケットから、その女の子の血に染まった携帯が出てきたらしいの。しかもその携帯のムービーには、アイツがした犯行の一部始終が映っていたらしいの」
「うっそー! アイツ、殺人までしてたんだ!」
少女達はそうやって噂話を恐がりつつも楽しんでいた。
「そういえばね、これも友達から聞いたんだけど、アイツが死んだ日に駅のゴミ箱の後ろから何かを拾ってるアイツを見たんだって」
「何それ? 落ちてたお金でも拾ったんじゃないの?」
「それがね、その友達が言うには、『手には何も持ってなかった』んだって」
「何それ……こわーい」
「それにね、これも噂で聞いたんだけど、無くなってた女の子の定期券が一度だけ使われた形跡があったらしいんだけど、それがアイツが死んだ日なんだって」
「てことは、アイツが定期も携帯も奪ってたって事?」
「その可能性は高いんだけど、アイツの所持品からは定期券は見つからなかったんだって。だからね、私はこう考えたの、アイツは殺した女の子の呪いで、他の人には見えない呪いの定期券を拾ってそれを使った。そして女の子の呪いで死んだ。どう?」
「それはいくらなんでもオカルト過ぎない?」
「ええー!? そうかな~? 結構いい推理だと思うんだけど。ほら、前に謎の死を遂げた人達も、実は殺人犯だったって話しだし」
女の子がそんな話をしている横を、一人の男子生徒が通りかかった。
「何だ? この薄汚れた定期券は……」
男子生徒はそれを拾ってポケットにしまうと、そのままゲタ箱へと向かって行った。
× × × ×
「どうだった?」
話を終えた少女は、嬉々として少年に感想を求めた。
少年は少女の話を真剣に聞いたようで、にわかに身体を震わせていた。
それを見た少女はそんな少年の反応に非常に満足した様子で、恍惚にも似た表情を浮かべてティーカップに口をつける。
「はあ~。この満たされた感覚、久しぶりだわ~。あっ! ついでだからもう一つ話そうかしら!」
気を良くした少女が別の話を始めようとしたその時だった。
「あら……もう時間が来たのね」
少女は残念そうにそう言うと、椅子から立ち上がって少年を手招きし、ある一角を指差した。
「さあ。あっちに行けばあなたが居た世界へ戻れるわ」
少年が見た先には下に向かっている階段があった。
「またここに来るような事があれば、今度はもっと怖いお話を聞かせてあげるね」
少女の言葉に少年は頷くと、静かにその階段を下りて行った。
「はあ~。また暇になっちゃったなぁ~」
そう呟きながら少女は再び椅子に腰掛ける。
そして無くなったお茶を注ぐ為にティーポットに手を伸ばした時だった。
「わ~。今日は凄く珍しい日だなぁ~」
近くに倒れている人物に気付き、少女は近寄ってからその身体を揺する。
そして目覚めた人物が少女を見つめると、少女は満面の笑顔でこう言った。
「あなた。怖い話は好き?」