プロローグ
彼女がそれを聴いたのは、まさに戦場の直中。
その瞬間まで切り結んでいた相手の懐を取った時だった。
「・・・」
「・・・」
視線こそ互いに外さなかったが、二人の耳には確かにその音が聴こえていた。
物悲しく、響いていく鐘の音。
戦場においては幕引きの合図。
やがて、両手剣を構えていた屈強な戦士が呟いた。
「・・・負けたか。」
その声は、何処か安堵したようにも、何かを悔しがるようにも聞こえる。
これまで何度も戦場で見え、何度も切り結んできた相手の一言。自分とさほど変わらぬ腕前を持つこの男を、彼女はじっと見上げた。
苦しい戦いだった。
悲しい戦いだった。
何故、やめることができないのかと嘆いてきた。
だが、今初めて、終わりなき戦いは終焉を迎えたのだと、彼女は男を見上げながら思った。
男は、涙を流していた。
一筋の涙を。
男の眦から零れ、血を吸った大地に落ちていく。
大の男が、武勇の将として恐れられる男が流す涙は、彼女の気持ちさえ表しているように見えた。
彼が涙しなければ、自分がしていただろうと思うくらいに。
言葉はなかった。
ただ、彼女は黙って自分のあるべき場所へと戻るため、武器を納め踵を返す。
ようやく帰れる。
そう何度も繰り返しながら。