第四話 山間部の敵はかなり手強いじぇ
翌早朝、六時二〇分頃。室内設置の目覚まし時計が響く。
「……まむしに締め付けられる嫌ぁな夢見たけど、由利奈ちゃんにしがみ付かれてたのが原因か。あの、由利奈ちゃん、起きてくれない?」
和之は、わき腹付近に抱き着いてぐっすり眠っていた由利奈のほっぺたを軽くぺちぺち叩く。
「……んにゃっ、おはよう、和之くん」
すると、由利奈はすぐに目を覚ましてくれた。寝起き、とても機嫌良さそうだった。
「早く俺の体から離れてね」
「ごめんね和之くん、枕代わりにしちゃって」
由利奈はすぐに両手を離して和之の体から離れてあげた。
「おはよー、和之お兄さん、由利奈お姉さん」
「和之お兄ちゃん由利奈お姉ちゃんおはよー」
「おはようございまーす」
「おはよー皆様、体力は全快しましたか?」
他のみんなもそれからすぐに目を覚ましてくれた。
「俺はちょっと寝不足気味だけど、大丈夫だよ。じゃあ俺、外で着替えてくるね」
普段着を手に持って露天風呂の方へ向かおうとする和之に、
「和之お兄さん、外出たら敵に襲われるかもしれんけん、ここで着替えたら?」
絵里子はにやけ顔で問いかけた。
「そうはいかないよ」
「おう、和之様やっぱ紳士じゃ」
「和之くん、カーテンの中で着替えてくれたら私気にならないよ」
「わたしも全く気にならないですよ」
「そうすると、絵里子ちゃんにカーテン捲られる可能性大だから、トイレで着替えてくるよ」
和之は爽やかな笑顔で言い張り、トイレの方へ向かっていった。
「もう、和之お兄さん失礼じょ」
絵里子はぷくっとふくれる。
「本日向かう祖谷地方は強敵揃いじぇ。でも皆様レベルは旅開始時より五段階は上がっとるけん、きっとなんとかなると思うじぇ。ほなけど用心してこの辺りの敵とも戦闘し、もう一段か二段レベルを上げてから向かいましょう」
みんな普段着に着替えた後は朝食を取るため、昨日と同じ宴会場へ。
卵かけごはん、味噌汁。アユの塩焼き、ナスの漬物が用意されていた。
「お粗末な朝食になって大変申し訳ございません。鹿肉のハムサラダ、スッポン肉入りのお吸い物などもご用意する予定だったのですが、材料が今朝、盗難被害に遭ってしまって」
女将さんがぺこぺこ謝りながら伝えてくる。
「いえいえ、じゅうぶん豪華過ぎますよ。気になさらないで下さい」
和之は慰めの言葉をかけてあげる。
「女将のおばちゃん、かわいそうだね」
「きっとこの辺りの敵キャラのしわざじぇ。野生動物型が多いけん」
「懲らしめんといかんね。許せんじょ」
「この旅館以外にも被害かなり出てるだろうな」
「これ以上被害が拡大しないように、わたし達がなんとかしてあげないとですね」
「私も、怖いけど、頑張るよ」
みんな闘志を胸にいったん旅館から外へ出たあと、近くの雑木林の遊歩道を散策していると、新たに見る敵キャラ数体に遭遇した。
「ゆずのモンスターかぁ。徳島の山間部はゆずの産地だもんね。かわいい♪ ぬいぐるみに欲しいな」
由利奈はうっとりした表情を浮かべる。
直径四〇センチくらいで、浮遊しながらみんなの方へ接近して来た。
「由利奈様、油断は禁物じぇ。阿波ゆずっちはこの辺りに出る敵じゃ経験値と小遣い稼ぎに使える体力32の最弱雑魚やけんど果汁の威力はすだちこまちの五倍くらい強烈やけん」
「由利奈お姉さん、早く叩かなきゃ攻撃されちゃうじょ」
「由利奈お姉ちゃん、すごくかわいいけど敵なんだよ」
「確かにこれはすだちこまち以上に攻撃しづらい愛らしさがありますね」
「危ねっ、噛まれそうになった」
他の四人が全部で八体もいた阿波ゆずっちを容赦なく退治。
みんな再び歩き進み始めてすぐに、
「きゃっ、きゃあっ! 化け物オオクワガタさんだぁ~」
由利奈は新たな敵を見つけてしまい、悲鳴を上げて反射的に和之の背後に隠れた。
「でか過ぎ」
和之は苦笑いを浮かべる。
「お相撲取ったらリアルな熊にも勝てそうだね」
星音は嬉しそうに呟く。
「ほんまめっちゃでかいね。きれいに黒光りしとるじょ。いくらで売れるんかな?」
「これを目の前にしたら、最強クワガタといわれるリアルなパラワンオオヒラタさんも戦意喪失しちゃうわね。味方についてくれたら大きな戦力になってくれそう」
絵里子と鈴恵はデジカメで撮影し始めた。
全長1.5メートルはあったのだ。大あごの長さも五〇センチ以上はあるように思えた。
「レア敵のあわオオクワガタ、体力は58じぇ。噛み付きと大あご挟みに注意しぃや」
「やばっ!」
あわオオクワガタは二本の鋭い大あごを大きく広げ、和之に襲い掛かって来た。
「クワガタさん、これ召し上がれ」
星音はすばやく生クリームを顔にたっぷりぶっかける。
するとあわオオクワガタはぴたりと立ち止まったのち、それを夢中で貪り出したのだ。
「これで食べ切るまで攻撃して来なさそうだ。星音ちゃん、よくやった」
和之はマッチ火を投げつけた。あわオオクワガタはボワァァァッと燃えながらも引き続き生クリームを夢中で貪る。
「倒すんは勿体ない気がするけど敵やけんしゃあないね」
絵里子はGペン、
「大きなオオクワガタさん、ごめんね」
星音は水鉄砲を食らわして消滅させた。
「あわオオクワガタさんが消えたのは残念だけど、リアルなオオクワガタさん見つけられてよかった♪」
すぐ近くのブナの木に止まっているのが目に留まり、鈴恵は和んだ。
引き続き付近を歩き回っていると、
「きゃっ、いたぃっ! 何かに腕噛まれたぁ」
由利奈は枝の上から飛びかかって来た何者かに攻撃され、悲鳴を上げた。
「大丈夫か? 由利奈ちゃん、あっ、血がいっぱい出てる」
和之が最初に反応する。
「急に気分が悪くなって来たよ。めまいがするぅ」
由利奈の顔色が少し青ざめていた。
みんなの目の前に現れたのは、まむしのような生き物。
体長は一メートルちょっとくらい。
「あわまむしじゃ。由利奈様、毒に侵されちゃいましたじぇ。すぐに手当てしますね」
眞智は急いで薬草を取り出し、傷口にあてがう。
「ありがとう、眞智ちゃん。これで毒消えるかな?」
「はい、毒は完全に消えました」
「確かにそうみたいだね。すごく気分良くなったよ」
由利奈の顔色は一気に元の状態へ戻っていく。
「枝の上から狙うとは卑怯なまむしだな」
和之はすばやくそいつに向かって竹刀を振りかざす。
直撃はしたが、まだ倒せず。
「うわっ、飛び掛って来た」
今度は和之の首筋を目掛けて飛び跳ねた。
「和之お兄ちゃん、あたしに任せて」
星音がヨーヨーで攻撃を加え、弾き飛ばした。
一方、
「こっちはイノシシじゃ」
「この敵、防御力高いですね。なかなか消えてくれません。きゃっ、いったーい。足噛まれた」
「由利奈お姉さんか眞智ちゃん、早く鈴恵お姉さん回復してあげて。膝からめっちゃ血が出てる」
絵里子と鈴恵は、あわイノシシと格闘中。
「鈴恵ちゃん、ひどい怪我。これ食べさせてあげるね」
「ありがとう由利奈さん。わたしの体力が五〇くらいとして、二〇くらいダメージ食らっちゃったわ」
由利奈は痛みで蹲っていた鈴恵にうずまんじゅうを与えて全快させた。
「あたしも毒牙足に食らっちゃった。頭がくらくらするぅ」
「星音様、すぐに手当てするじぇ」
眞智は星音の傷口に毒消しをあてがってあげる。
「ありがとう眞智お姉ちゃん。すごく良く効くね」
瞬時に回復。
「星音ちゃん、あわまむし、なんとか倒したぞ。俺は幸い噛まれずに済んだ」
「こっちもイノシシ手裏剣で倒したじょ。猪肉ハム手に入れちゃった♪」
みんな一息ついたのもつかの間。
「鹿も来たわっ!」
新たな敵が鈴恵に猛スピードで接近してくる。
「あわ鹿はあわイノシシよりは弱いじぇ。でも角に注意して」
「了解」
鈴恵は扇子を構えてあわ鹿に立ち向かっていくも、
「きゃっ!」
角で突き飛ばされてしまった。
「いったぁぁぁい。背骨折れちゃったかも」
仰向けで苦しそうに痛がる鈴恵の口に、
「鈴恵ちゃん、これ食べて」
由利奈はすかさず金露梅を与え、全快させた。
「鈴恵お姉さん、ワタシが敵討つじょ。打撃は危なそうやけん」
危険を察した絵里子は、あわ鹿に向かって手裏剣を投げつけた。
見事命中。
フィゥゥゥン! あわ鹿は大きな鳴き声を上げる。かなりダメージを与えられたようだ。
「とどめだっ!」
星音も手裏剣を投げつける。これにて消滅。鹿肉ハムを残していった。
「いやぁぁぁ~、助けてーっ!」
由利奈はある敵に追いかけられ逃げ惑う。
「でかいな」
和之はその姿に圧倒された。由利奈の背丈くらいあるムカデ型モンスターだったのだ。
「あわわわ」
鈴恵もそのなりを見てカタカタ震えて足がすくんでしまう。
「アワノムカデ、体力は62じぇ。毒に気を付けて」
「接近戦は危険じゃね。由利奈お姉さん、任しときっ!」
絵里子は手裏剣を投げつけた。
直撃し、ダメージを与えることは出来たようだが、
「ひゃっ!」
絵里子はアワノムカデの口から吐き出された液体をぶっ掛けられた。
「気分悪いじょ」
絵里子の顔色が見る見るうちに蒼白していく。毒に侵されてしまったようだ。
「絵里子様、これをお使い下さい」
眞智はすぐさま毒消しの薬草で治療。
「これはほんま重宝するじょ」
絵里子は瞬時に回復した。
「ムカデさん、くらえーっ!」
星音は生クリームと水鉄砲を食らわせた。
これにて消滅。
「うわっ、今度はクマかよ?」
息つくまもなくまた新たな敵襲来で、和之は引き攣った表情で呟く。少し絶望的な気分にも陥った。
「…………うっ、嘘でしょ。クマさんまで、出るなんて」
由利奈も口をあんぐり開けた。
「これは倒しがいがあるじょ」
「見るからに強そうだね」
絵里子と星音は嬉しそうに武器を構え、戦闘モードに。
「これは、明らかにやばいだろう」
「まだけっこう遠くにいるので、わたしも戦わずに逃げた方がいいと思います。無駄な体力の消費も減らせますし」
「レア敵のあわグマ。体力は73。お隣兵庫編の丹波熊や但馬グマに比べれば弱いじぇ」
「そうはいってもなぁ、うわっ、あっちからもあわグマが来たぞ。挟み撃ちだ」
和之は焦る。
「はわわわわわ。どうしよう?」
由利奈の顔は青ざめる。
「由利奈ちゃん、落ち着いて。逃げることも出来なそうだし、戦うしかないみたいだな」
クウウウウウウウァ! クォォォォォ!
二頭のあわグマが立ち上がった状態で低いうなり声を上げながらみんなのいる方にどんどん近づいてくる。
「俺に任せて」
和之はそう言うも、
こっ、こっ、こえええええ。俺よりもでかいぞこいつ。二メートル超えてるだろ。リアルツキノワグマはこんなにでかくないよな?
心の中では恐怖でいっぱい。
それでも和之は果敢に立ち向かっていった。
攻撃する前に、
クゥゥゥアッ!
「いってぇぇぇ」
鋭い爪で腕を引っかかれてしまった。けれども和之はそれほど深い傷を負わされず。
「和之様、防御力かなり上がっとるみたいじゃね」
「そのようだな。旅始めたばっかのレベルならさっきので死んでたと思う」
和之は休まず竹刀で渾身の力を込めて何度か殴打し、見事倒すことが出来た。
「どうじゃっ!」
クゥゥゥァッ。
絵里子は黒インクを投げつけ、もう一頭のあわグマの目をくらませた。
「それっ!」
星音はそいつの顔面をヨーヨーで攻撃。
クーォォォ。あわグマは、けっこうダメージを食らったようだ。
「わたしも協力するわ。次で倒せるかな?」
鈴恵は扇子で背中に攻撃を加えた。
「またもう一頭来たか」
和之は木の上から新たに現れたあわグマとも格闘し、ダメージをほとんど食らわず勝利。
「和之お兄さん、こっちも頼むわ。勝てると思ったけんどめっちゃダメージ食らってしもうたじょ」
絵里子は引っ掻かれたようで、腕から血を大量に流していた。
「あたしも突き飛ばされたよ」
「強烈なタックル食らっちゃいましたぁ。尋常でなく痛いですぅ」
星音と鈴恵もうつ伏せでうずくまる。
「絵里子も星音も鈴恵ちゃんも無茶はダメだよ」
由利奈はこの三人に急いでぶどう饅頭と阿波ういろを与え全快させた。
「よぉし。消滅」
時同じく和之は、絵里子達を襲ったあわグマに見事勝利。
「和之くん、ありがとう」
「大変素晴らしかったです」
「和之お兄ちゃん、強ぉい」
「和之お兄さん、見直したじょ」
「和之様、さすが主人公じぇ」
他のみんなから拍手が送られた。
「これくらい余裕だって。うわっ、いって。誰だ俺の足蹴ったの?」
和之は照れ笑いして油断していると、敵に背後から攻撃された。
「狸じゃ。眉山で見たのよりがっちりしとるね」
全部で三匹いた。絵里子はすぐさま手裏剣を投げつけて一体を倒す。
「あわたぬき、体力は53じぇ。眉山のと同じく腹太鼓で仲間呼ぶじぇ」
「呼ばれる前に倒さないとな」
和之も竹刀ですぐに一体を攻撃したが、
「あっ、外しちゃった」
もう一体には星音の手裏剣攻撃の空振りにより腹太鼓を叩かれてしまった。
「やはり眉山のと同様、火が弱点ね」
そいつは鈴恵のマッチ火攻撃により一蹴されたのだが、
キャッキャッ、ウッキャ、ウッキー、ギャァァァッ。
アワザル集結。全部で十数頭いたが、
「二発で消えたか。攻撃も簡単にかわせたし、昨晩よりずいぶん楽に倒せたな。レベルが上がってるってことか」
「あたしもヨーヨー三発だけで倒せたー」
「ワタシはバット二発じょ。鳴門金時パイ盗まれたのは不覚とったけど」
「わたしは噛み付き攻撃一回食らっちゃいましたが、扇子三発で倒せました」
和之、星音、絵里子、鈴恵。四人の力を合わせて二分足らずで全滅させた。
金長まんじゅう、麦だんご、ぶどう饅頭を残していく。
「みんな凄過ぎるよ。私は怖くて何も攻撃出来なかったのに。私は回復役として懸命に尽くすよ」
「皆様、予想以上に健闘してたじぇ。もう祖谷に行っても大丈夫そうじゃ」
アワザル戦後は敵に遭遇することなく旅館まで戻れたみんなは、JR穴吹駅までタクシーで送ってもらった。
そのあとは特急剣山に乗り終点の阿波池田で特急南風に乗り換え、大歩危駅で下車した。