ある夏の出来事
青年は今日も机に向かっていた。昼夜を問わず、
ただひたすらこうして勉学に励んでいる。目標を
成し遂げるために。目標の大学に、なんとしてで
も合格するために。
彼は別に勉学が好きというわけではなかった。
大学に行くことも、親や周囲のプレッシャーから
だった。
「お前は大きくなったら医者になるのだ。そして、
そのためには良い大学へ進学しなければならない。
馬鹿なことを言うな。お前ならできる。きっとだ。
いいかね、私はお前のためを思ってこそ言ってい
るのだ。私の言うとおりにすれば必ず幸せな生活
が送れる。わかったな。」
「まあ、お宅のお子さんなら大丈夫ですよ。学校
ではいつもトップの成績らしいじゃないですか。
そんなご謙遜なさって。いい息子さんをお持ちに
なってほんと、うらやましい限りですわ。それで
は買い物がありますので。失礼します。」
「息子さんは、本当によくおできになる子です。
この調子なら、今から大学を受けても合格間違い
なしですよ。いえいえ、冗談ではなく。できのい
い生徒を持って私も鼻が高いです。君には期待し
ているよ。」
ポッポ。ポッポ。
はと時計が鳴り出した。午前2時。草木も眠る丑三つ時。
青年の手に持った鉛筆が震える。
「もういい。もうたくさんだ。こんな生活。今か
らでもここを抜け出して・・・。」そう思った矢
先だった。
ふと、何かこう、鉛筆に異変を感じ取った。い
や、違う。鉛筆じゃない。俺だ。鉛筆を持った指
に異変を感じる。見ると、爪のほうから消えてい
くではないか。まるでひとつの氷が、熱い鉄板の
上に置かれたときのように。それは段々と指から
手、手から腕へと近づいた。コト。鉛筆が机の上
に落ちる。肩から首へ、頭も消える。そして次の
瞬間、彼はその場からいなくなってしまった。蒸
し暑い夏の夜の出来事。文字通りの蒸発であった。
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