花火のあと
花火大会に行きたい。
そうお願いしたのは、梅雨が明けて間もない夜だった。
彼は眉をわずかに寄せ、「人が多いし、暑いし」と面倒そうに笑った。花火そのものが嫌いなのではない。人混みも、蒸し返すような熱気も苦手なのだと、長い付き合いの中で知っている。
実を言えば、私だって夏の人混みは得意ではない。汗ばんだ人と肩をぶつけ合いながら歩き、まとわりつくような湿気に息苦しさを覚える。それでも、一年に一度くらいは、その不快さごと夏の思い出にしてしまいたくなる日がある。私にとって関門海峡花火大会は、そんな日だった。
「いいよ」
少し間を置いて返ってきた返事だった。その短い一言だけで十分だったのに、なぜか、その間だけが妙に記憶へ残った。
関門海峡の花火大会には、彼にとってあまり愉快ではない記憶がある。
前に付き合っていた人と出掛けた帰り、満員電車の中で相手が体調を崩し、駅員を呼んだり人をかき分けたりと、大変な思いをしたことがある――そんな話を聞いたのは、もうずいぶん前のことで、軽音サークルのメンバーが昔話のように話してくれたことだった。
そのとき私は、恋人の思い出を聞かされても全く嫉妬しなかった。恋愛とは無縁の位置にいたからだろうし、その話の中にいる彼は、どこまでも友人の一人でしかなかった。
私たちは十八歳の春、それぞれ別の大学へ通いながら、近隣大学合同の軽音サークルで知り合った。彼が就職で地元を離れてからも、その関係は変わらなかった。帰省するたびに食事をし、近況を話し合うことが当たり前になり、気づけば知り合ってから九年近い月日が流れていた。
付き合い始めたのは二十七歳の正月だった。
誰かが背中を押したわけでも、劇的な告白があったわけでもない。恋人もいない者同士、長く友人でいた私たちは、ある日、「付き合ってみる?」と笑いながら口にした一言を、そのまま冗談にしなかっただけだった。
年齢のせいもあったのだろう。交際を家族へ伝えると、私たちより先に周囲が将来を思い描き始めた。両親同士の顔合わせは盆明けに決まり、式場の話まで、それとなく持ち上がるようになっていた。
そういう流れに戸惑いがなかったわけではない。
それでも、十年近く友人だった相手となら、無理に自分を飾る必要はない。そんな打算めいた安心が、胸のどこかにあった。
恋人として、こんなふうに思いつきでデートをしようと誘える時間は、案外もう長くないのかもしれない。
だから、今年だけは行きたかった。
絶対に。
花火が見たかったわけではない。
あの夜なら、もしかしたら。
夜空を見上げたあと、彼が何かを切り出してくれるのではないかと、そんな都合のいい期待を、私は胸の奥へ誰にも見つからないようにしまい込んでいた。
友人の母が営むレンタルショップで浴衣を選んだ。髪のセットもお願いし、当日の予約を入れた。
関門海峡の花火大会は、海を挟んだ門司と下関の両岸から、およそ一万五千発を超える花火が打ち上がる、西日本でも指折りの花火大会だった。海峡いっぱいに響く音と、水面へ映る光が美しいのだと、毎年ニュースや旅行番組で紹介されるたび、いつか行ってみたいと思っていた。
髪飾りを選びながら、花火大会までの数日、私の心はいつもその日のことばかり考えていた。
彼はというと、私ほど浮かれてはいなかった。
「帰りは一番大変だから」
そう言って、駅までの道順や人の流れを、一つひとつ説明してくれ、私は頷きながらその横顔を眺めていた。
彼は今でも、あの話を私が知らないと思っている。
花火大会の当日、私は仕事を早退し、そのまま浴衣の着付けへ向かった。
店へ入ると、友人の母が「待ってたよ」と笑って迎えてくれた。
肌襦袢の上から浴衣を重ね、腰紐がひとつ、またひとつと締められていく。
「花火大会は歩くし、人も多いからね。ちょっときつめに締めておくよ」
帯を締め上げられるたびに息が浅くなり、「はい」と短く返事をした。
鏡の前へ座ると、今度は手際よく髪がまとめられていく。後れ毛を少し残し、小さな簪を挿すと、それだけで見慣れた自分が違って見える。
「ほら、できた」
鏡越しに目が合う。
「行ってらっしゃい。今日はきっと、いい一日になるよ」
そう送り出されると、胸の鼓動まで浴衣の帯に閉じ込められたような気がした。
待ち合わせは小倉駅だった。
店から駅まで下駄で歩くのは、最初から諦めていた。履き慣れない鼻緒で靴擦れでもしたら、せっかくの一日が台無しになる。
浴衣にサンダルは不格好だったけれど、その日は歩く距離も長い。下駄は借りず、履いてきたサンダルのまま店を出た。駅へ向かう道すがら、浴衣姿の人を何人も見かけた。みんな同じ目的地へ向かうのだと思うと、それだけで胸が弾んだ。
彼はポロシャツとチノパンという、いかにもラフな格好だった。
「どう?」
「……うん、似合ってる。」
そう言って私の手を引き、彼は門司港行きの電車へ乗り込んだ。早めに来たはずなのに、車内はすでに混み合い、浴衣姿の乗客であふれていた。
「帰りの電車はもっとすごいから」彼が付け加えた。
——うん知ってるよ。
門司港駅を出ると、赤煉瓦の建物が並ぶレトロな街並みは、すでに祭りの熱気に包まれ、露店の間を大勢の人が思い思いに歩き回っていた。私たちは缶ビールと焼きとうもろこし、はしまきを買い、駅からほど近い生垣へ腰を下ろした。
場所を空けないよう、交代で露店を回った。彼が缶ビールと焼き鳥を抱えて戻れば、今度は私が焼きとうもろこしとはしまきを買いに行く。人混みの中で姿を探すことにも、不思議と気負いはなかった。恋人になってまだ半年ほどしか経っていないのに、そんなところだけは、ずっと前からこうしていたような気がした。
プルタブを開ける音が重なった。
一口飲むと、冷えた苦みが喉を滑り落ち、汗ばんだ身体から少しずつ熱が抜けていく。
「うまっ」
思わず漏れた一言に、彼が吹き出した。缶を軽く掲げて笑い合っているうちに、遠くで開演を知らせるアナウンスが流れ始めた。
間もなく、会場に流れていた楽曲のイントロに重なるように、一発目の花火が夜空へ弾けた。
続いて、海峡を挟んだ両岸から競うように光が打ち上がる。音楽の盛り上がりに合わせるように夜空は次々と色を変え、そのたびに海面までも鮮やかに染め替えられていった。
大輪の花火が夜空いっぱいに咲くたび、「おお……」という感嘆の声が耳をかすめる。音は海の上を滑るように広がり、一拍遅れて腹の底へ響き、火薬の匂いが潮風に乗ってあとを追う。
夜空から目を離せなかった。知っている曲が流れるたび、それだけで得をしたような気分になり、好きな曲と花火が重なる瞬間だけは、今日という一日が自分のためだけに用意された時間のように思えた。そんな私の手を、彼がそっと握ってくれた。自然とその肩へ身を預ける。
花火と花火のあいだに生まれる、ほんの数秒の静けさ。そのたびに、私は隣の彼を意識していた。
「もうそろそろ、帰ろうか」
彼は立ち上がって私の手を引き、私はもう一度だけ夜空を見上げながら、そのまま彼と駅へ向かった。
駅には、すでに改札へ入りきれないほどの人が溢れかえっていた。
ときおり振り返ると、無数の頭越しに夜空の一角だけが見えた。建物の隙間から、大輪の花火が半分だけ顔をのぞかせ、遅れて届く音が人いきれの上を転がってくる。
もう会場には戻れない。
そう思うと、最後まで見れなかった花火よりも、胸のどこかへ置き忘れてきたもののほうが気に掛かった。
少し進んでは止まり、また進む。その繰り返しだけで、一時間近くが過ぎていた。
気が付けば、夜空を震わせていた花火の音はもう聞こえない。耳に届くのは、混雑を知らせる駅員のアナウンスばかりだった。
小倉駅で電車を降りた頃には、すっかり疲れ切っていた。
早くここから出たい。
そのことしか考えられない。
人の波から抜け出したはずなのに、まだ息苦しさだけが身体にまとわりついている。改札へ向かって歩きながら、不意に、あの日の彼女も同じように、ただ早くここから逃げ出したいと思っていたのかもしれないと思った。
ようやく駅の外へ出ると、夜風が火照った身体をゆっくり冷ましてくれた。
次に会うのは、両親の顔合わせの日になる。時間や場所を確認し合い、互いに「じゃあね」と言いかけた、そのときだった。
「あ、そういえば。そのあと海外出張で三週間、サンフランシスコに行くって言ったっけ」
「え……そうなの?」
私は思わず立ち止まった。
「お土産買ってくるから」
彼はそう言い残し、帰りの電車へ向かって歩き出した。
人の流れに紛れ、その背中は次第に遠ざかっていく。一度だけ振り返って小さく手を振ると、彼はまた前を向き、そのまま改札の向こうへ消えた。
私も手を振り返して踵を返したが、花火大会の熱気も満員電車の疲れもまだ身体にまとわりついていて、浴衣の裾をさばきながら歩く足取りは自然と遅くなり、次に会える日が決まっているはずなのに、その先に待つ三週間だけがどういうわけかひどく長く感じられた。
私が思い描いていた夜には、ならなかった。
けれど、考えてみれば、彼はもともと人前でそんなことができる性格ではない。花火が上がる夜空の下で指輪を差し出すような人ではないことくらい、九年も友人を続けてきた私は誰より知っていた。
それでも、もしあの場所で「結婚しよう」と言われていたら、照れくさくて笑ってしまいながら、それでもきっと「はい」と答えていたのだと思う。
——つまんない。
私の人生では、ドラマみたいなことは何も起こらない。
花火大会の夜にプロポーズされることもなければ、夜景を背に指輪を差し出されることもない。そんなこと、一度くらいあってもいいじゃないかと、誰にも聞こえないよう胸の中で拗ねてみる。
モノレールの窓には、街の灯りが途切れることなく流れていた。私は足を組み替え、ガラス越しの夜景をぼんやりと眺めた。
二日後、両親の顔合わせは、滞りなく終わるはずだった。
会場は、刺身が美味しいと評判の和食料亭だった。運ばれてくる料理はどれも丁寧な仕事が感じられ、一口食べるたびに思わず顔がほころぶほどだった。
義父は、彼のことを話し始める前に、自分の生い立ちをゆっくりと語り始めた。どんな家庭で育ち、どんな思いで家族と向き合ってきたのか。普段は口数の少ない人という印象だっただけに、その一つひとつの言葉には重みがあり、私は誠実な人なのだと思った。
私も長女で、下に弟が二人いる。そんな家族の話題になったときだった。和やかだった席の空気が変わったのは、義母が何気なく口にした一言からだった。
「どちらの親の面倒も見ないといけないから、女の子一人だと大変ね」
父は箸を置いた。
その音だけが、不自然なほど大きく聞こえた。
「どうして、うちの娘が両方の親の面倒を見ることになるんですか」
一瞬、部屋の空気が止まった。
義父はすぐに頭を下げ、「そういうつもりで言ったんじゃないんです」と義母に代わって詫び、父も黙って湯呑みに手を伸ばした。
それからは誰かが別の話題を持ち出し、ぎこちなかった空気も時間と共にほどけていった。
婚姻届へ両家の父が順番に署名をしてくれた。
「せっかくだから、今日出してきたら?」
義母が笑いながら言う。
「え……今日ですか?」
思わず聞き返した。
本当は、私の誕生日に提出しようと思っていた。
花火大会の夜でもなければ、記念日でもない。ただの夏の木曜日だった。それでも、両家の父も母も「大安だし」と笑っている。
その空気の中で、「誕生日まで待ちたい」と言い出すことは、私にはできなかった。
「……わかった」
そう答えた瞬間、婚姻届を提出する日は、私の手を離れていった。
両家は店先で別れ、私たちだけが役所の出張所へ向かった。
番号札を取り、呼ばれ、書類を渡す。
担当者は不備がないことを確認すると、「おめでとうございます」と事務的に微笑み、婚姻届受理証明書を差し出した。
それだけだった。
入籍したからといって、すぐに生活が変わるわけではなかった。
彼は夏季休暇を終えて東京へ戻り、私は年度末まで仕事を続ける。
名前だけ変わっていく。
銀行、運転免許証、保険証。
手続きをひとつ終えるたびに結婚したことを思い出すものの、それ以外の日々は、驚くほど昨日の続きだった。ただ、新しい姓を書くたびに、昨日までの私は徐々に輪郭を失い、別の誰かへなっていくような言いようのない心細さがあった。
彼から届くメッセージは、どれも短かった。
今日はこんな仕事をしたとか、時差ぼけがまだ抜けないとか、そんな他愛もないことばかり。
私は返信を書いては、またいつもの日常へ戻っていく。
そんなある日、ポストを開けると、広告の束に混じって一枚の絵葉書が入っていた。
赤いケーブルカーが坂道を上っている。サンフランシスコから届いたエアメールだった。
裏返すと、丸みのある歪な文字で、たった一行だけ書かれていた。
*When I get back, let's get married.*
――もう。今さら、それを言うの。
そういうことは、花火の下で言うものじゃないの。
誰もいない玄関先で、私は絵葉書を見つめたまま、小さく笑った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
花火をテーマにした物語を書いてみたいと思い、このエピソードを書きました。
夏の夜の空気や、花火の美しさと切なさを少しでも感じていただけたなら嬉しいです。
次回もお付き合いいただけましたら幸いです。




