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罪人のいない裁判  作者: 蒲焼木菟


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1/1

これらはフィクションではなく、自伝です。

登場人物の名前には仮名を用いていますのでご安心ください。




私は昔から、気遣いというものが嫌いでした。

なんというか、恥ずかしいのです。

他人に気を遣われるということは、なんだか自分1人じゃ立っていられない人みたいで、嫌なのです。


もしも自分が上の立場に立ったら…。なんて、有り得ない事を想像しながら、理想を妄想し、悦に浸る時もあるのです。

基本的に、自他境界が曖昧な私は人の感情の変化に敏感でして、他人が怒られている時に私が謝ったり、自分が気を遣う側の時はどうしても、己の欲せざる所である”気遣い”を人に施すのでした。


しかし、突拍子もなく、自他境界が明確過ぎる自分に変わる時があり、軽度の二重人格かのように感じる事が多々あるのです。

家族が犯罪に巻き込まれても、(自分じゃないからいい。)

なんて考えたりする程なのです。


私は幼い頃は、自他境界というものが薄かったと記憶しており、公園の遊具なんかは他の子に先頭を譲り、みんなが飽きた頃に一人で満喫する、言わば自閉的で、利己的な上で献身的な物分りのいい子供だったのです。


しかし、それは小学校に上がった頃には無くなってしまうのでした。

私は小学校一年の頃に、挨拶を大きい声で行って表彰された事があるのです。


その際、先輩や同級生の数人が冷笑の元祖とも言える

「ダサい」「かっこ悪い」「真面目ちゃん」だとこちらに聞こえる程度の声量で、ましてやそれを態度にすら表してくる事にいち早く気づきました。


人の為に施すのをやめ、常に自分以外に無関心で居なければならないと考えるようになり、

その頃から論理的な思考の回路、感情的な思考の回路を人と接する時に酷使するようになり、


小学校4年生になる頃には、


私はついに人と関わる事が嫌いになりました。

「それは我慢であって努力なんかじゃない。」

得意げに過去の努力の自慢話をする汐谷に私はそう返した。


「じゃあなんだ。お前に俺の苦労が分かるなら言ってみろよ」

吹き出そうな怒りを抑えて汐谷は私にそう返してきた。


「他人の努力なんて分かりたくもない。努力など結果論に過ぎない。その為に苦節を強いられたのなら、それはその物事が好きではなかっただけだ。確かに、苦労をしてきた人間には敬意を評するさ。

しかしな、本当の苦労を知っている人は苦労の醜さを知っている。自慢なんて、できっこないさ。」



---

小さき頃から、努力神話というものが嫌いでした。

苦節を強いられて、結果を得る。

得られなければ、それは努力不足だとレッテルを貼られる。

得た者だけが努力を騙り、得られなかった者は慎ましく生きていく。

「努力は必ず報われる」という宗教的な神託を盲信し、苦労と我慢を努力だと騙る者達が教育者側にいるのだと考えると、毎朝血を吐く気分で学校へ通っていました。

---



「努力は美しいんだ!醜くなどない!それはお前の感性が汚らしいからそんな事が言えるんだ!つらいことだって我慢してやってきたんだ!」

耐えきれなくなった汐谷が怒鳴ってきた。


「分からないか?私は君の我慢と努力を否定している訳じゃない。ただ努力というフィクションを盲信する事が嫌いなだけだ。」

(寧ろ、今まで我慢してこられた人間が、たったの一言で怒鳴るなんて、まるで成長していないじゃないか。)

と、追加で声に出かかったが心の中に留めた。


「いいか?皆が皆つらいことばかりなんだ。誰もが現代じゃ傷を舐め合えず孤独に生きている。行く宛てなんかどこにもなく、ただ目の前の苦難を腹一杯食べて毎日を過ごしているんだ。だから皆耐える努力をしているんだよ。」

諭す様に汐谷が言ってきた。


「皆がつらいのなら、なぜ自分がつらさを我慢した事は自慢できるの?」


とうとう汐谷は泣きだしました。

酒の席で説教と自慢の限りを尽くす汐谷は、私よりも2つ年上で、出歩く友は後輩ばかりで、あまり周りから好かれていない男だった。

私は彼に情けをかけてやるつもりは毛頭なく、追い打ちをかけるようにこう言いました。


「つらくて泣いているなら、それは耐える努力が足りないのでは?」


汐谷はとうとう席を離れ、トイレへと引きこもりました。


私が何故、汐谷に情けをかけてやれないかと問われると、理由は複数あるのでした。

その昔、彼は立場を利用して私の友人から金を借り、そのまま懐に入れる様な正義に反する生活をしてきていたのです。


そして二年前、私の元に金を借りたいという汐谷からの申し出があり、用意周到な私は公的な借用書と身分証の写しを頂戴しました。

そして現在に至るまで、私には金を返したものの、口約束で金を貸した私の友人には金を返していないという状況だったのが、情けをかけてやれない理由でした。

人の金を盗む人間が、どんな努力をしているのかと疑問に思ったのでした。


その日は解散し、10年振りに実家へと帰宅することになり、実家の近所に住む幼馴染の荒井と共に帰路につきました。


小学校の時に、荒井と一緒に通学していた事を思い出し、大きくなった足で家から小学校まで行ってみる事になりました。


街灯の少ない田舎の道を、星空を見ながら語り、母校へと歩みを進めました。


「こうしてみると懐かしいな。あの時は何も考えないで生きてた気がするよ。」


「いいや、あの時はあの時なりに考えて生きていたのだろう。少なくとも、互いに譲れぬ事でケンカもあったのだから。」


「それもそうだね。懐かしい。またあの時に戻りたい。」


荒井は急に弱気になり、瞳に映った星が輝きを強めて震え始めた。


「君は少し疲れているんだ。懐かしさは、今の君に足りていない感情が起こされているだけだ。」


「足りてない、か。なんだと思う?」


荒井の突拍子な質問に私は驚いた。


少し間を置いて答える。


「脳ってのは厄介で、その時の生存と生活に必要が無いって判断したものを自動で切り捨てているんだ。

その捨てられた断片を感じた時に、後悔と憂いを含んだ責任を脳ではなく『自分』がとっている状態なんだ。」


「あの時必要だったけど、今必要じゃなくなっているものが、足りなくなったものの正体なのか。」


荒井はハッとしたように答えた。


「その通りさ。だけれど、足りなくなったものを求める必要はないんだ。

人が成長するためには何かを失わなければいけない。


失ったものはコストであり、成長で得るものはリターンだ。懐かしさが寂しさと似ているのは、失う前の自分の姿を今の自分に重ねているからなんだ。


人の脳では過去は美化される。」


「それもそうだね。だけど、

その考え方は少し”薄情”じゃないかな?」


荒井が寂しそうに尋ねる。


私はその時、情というものが分からずに答えを出せずにいました。情熱や人情は、頑固さや優しさだけで片付くものだと考えていたからなのです。


腕時計の秒針が3周程回る頃に私は自分で答えが出せずに尋ねました。


「”情”ってなんだと思う?」


荒井は笑みを浮かべてこう言った。


「情なんて言い方はまやかしだよ。その正体は単に人の心の現れなんだと思う。

そして君は人とその心の正体を脳だと考えているってのが、僕には納得いかないね。」


珍しく突っぱねるような言い回しだった。

なんだか私は言い返すことも邪推である気がして、沈黙で返答したのでした。


その日はそのまま実家に帰り、布団の中で”情”というものについて考えることにしました。

人の心。

情け。情熱。感情。事情。私情。人情。薄情。

たしかに、共通点は見つかりましたが、どれも私にとって納得のいくものではありませんでした。


ならばこれは単に現れるものでは無いのだとしたら、

放出が情という働きなのだ!


そう思ってからは情について理解するまで時間はかかりませんでした。

心に感じたものを外部または内部へと発散させる動きが情なのだ。

なんて結論を出して眠ろうとしたのも束の間。


(心って、なんだ?)


なんて疑問がふと頭に浮かび、私の脳は私の安眠を妨げるのでした。


明け方まで考え、正午前に起床した私は、再び考えを巡らせ、心も放出なのでは?心は感情で感情が心?

なんて邪推を続けた末に出た結論は、「心は脳の機能で、脳の一部は心」なんて大雑把な結論でした。


翌日目覚めると同時頃、荒井から連絡が来た。


どうやらご飯を食べたいらしく、小学生の頃休日の昼時に通っていた近所の惣菜屋に行ってみることになった。


荒井の実家はその惣菜屋までの通り道にあり、私は物憂げに昨晩のことを考えながら荒井の実家まで向かうのでした。


既に12時に近い時間にも関わらず、「おはよう」と言い、その後の沈黙はなんだか互いを慮るかのようで、とても気まずかった。


気まずさ故に私達は惣菜屋までの道のりを早足で歩き、到着すると、少しの驚きがあった。


記憶にあるのは、白髪など1本も無く、歯も生え揃っていて、元気に走っていたのでさえ見た事のある惣菜屋の婆さん。


およそ見るのは7年振り程度の年月なのですが、髪はぼぼ全て白髪になり、歯も数本無くして、杖をついて接客をしていたのです。


私はそれほど短い期間で、

ましてやこれ程にも強力に”老化”というものが表に現れる事に少しの恐怖を覚えました。


桜が7回咲くだけで歳をとると考えると、私は人生の短さを感覚的にも脳でも、老化というものを完全に理解しました。


その惣菜屋は惣菜屋のくせに、おにぎりや、巻き寿司、いなり寿司が売っている。


元々は米類は売らずにいた店らしいのですが、

私と荒井が幼い頃から通うことで、おにぎり、巻き寿司、いなり寿司が登場したと、

当時私の祖母から聞いた覚えがあるのです。


惣菜屋に入り、売り場を見てみれば、米類が売っているのを見て、懐かしさと感動を覚えた。


そして人気のあった天ぷらも漬物も、煮物でさえ、値段が変わっていないことに感動した。


(あぁ。このばあさんは、もう商売をしていないんだ。

僕らが通った事によって生まれた習慣、僕らより上の人達が通ったことによって生まれた習慣。

習慣を軸に生きている。多分、

今のばあさんにとって商売なんて二の次なのだろう。)


なんて考えがよぎった。

荒井は巻き寿司と天ぷらと漬物を買い、

私はいなり寿司とおにぎりと煮物を買った。


私達は近所の公園で食べながら話すことになった。

その公園は惣菜屋から歩いて1分もかからない。

それなのに、歩いている途中の沈黙は1分以上あるように思えた。


その公園はベンチと鉄棒しかない公園だ。

一見楽しくは無さそうだけれど、私は幼い頃、この公園で逆上がりを練習していた思い入れがある。


二人でベンチに座り、各々朝ご飯なのか昼ご飯なのか分からない時間のご飯を食べる。


「昔はさ、そんな感じじゃなかったよね。」

荒井が言った。


私は考えを巡らせるが、何がどう変わったのか分からないまま答えた。

「そうだね。あの惣菜屋のばあさん、変わってしまった。」

なんて当てずっぽうに私は答えた。


「違うよ。変わったのは君だよ。あの惣菜屋のばあさんは何も変わってない。」

荒井は首を傾げて言った。


たまげた。薄々勘づいていたものの、あの惣菜屋のばあさんの事でなく、ましてや私の過去と現在の話をしているとは。




---

私は生まれてこの方、親に褒められるということが無かったのです。

飴と鞭とよく言いますが、私の母は、鞭と放置が鉄則でした。

私が物事に対して本気で取り組む事をやめたのは、正直、それが理由でした。

幼稚園の頃から、毎日怒られて、殴られ、蹴られ、物を壊され、物を捨てられ、しかしその後放置される。

しかし、幼い子とは不思議なもので、そういった相手でも親という認識をするのか分かりませんが、

何故か”褒められる為”に何かをしたいと考える様になり、幼年は10年近く家の外でも家の中でも取り繕う生活をするのです。

その後、褒められる事は叶わぬまま、心と身体の限界というものを先に感じたのでした。


私が諦め易い性格になったのも、その時からでして、何事も本気で取り組まないけれど、やる事はやる事によって、褒められもしないけれど、怒られもしないという状態を作るという、私なりの回避というか、逃避なのでした。


それを境に、私は全てにおいて”面倒臭い”と感じるようになり、常にうっすらとした希死念慮を背負ってこの先生きていくことになったのでした。

そして、その希死念慮は昔から今まででさえ、自分が全て染まってしまいそうな程に幸福という香りを漂わせているのです。


幸福は全ていらないからせめて、過度な不幸を私に向けないでほしい。


そういった考えが逃避してきた私にとって、日常的に、ましてや深層心理に刷り込まれるほど浸透しているのです。


死とは、幸福も不幸もない。故に、理想の状態。


なんて時折考え、フラッシュバックが起こり、

自分の肉体に対して拷問をする日々だったのです。

---



そういった過去の話をまとめて荒井に話すと、彼はこう言いました。

「小さい頃から今まで変わった原因が分かってるなら、それでいいよ。

原因が分からないで変わった人は、なんでか先に心配になるから。」


私は荒井の発言から、彼なりのかなり大きな気遣いを感じました。

過去に触れず、現在も過去も美化せずに、”変わったこと”に対しての発言しか行わないという気遣いだと感じました。

「私は、ただ普通に生きたいだけなんだ。」

私は嘘をついた。


私はただ、普通に

”なりたい”だけであり、

”生きたい”訳ではない。


「はははっ。それは君らしいと思う。

僕も普通ってものが分からないからさ。」


荒井はそう返した。

これも彼なりの気遣いというか、励ましだったのだろう。


しかし、私と荒井では基準が違うのである。

私は少しの苛立ちを覚えた。



---

私には父親がいない。

普通は父親がいる。


荒井の家には母親の他に、家政婦がいる。

普通の家には母親の他に、家政婦はいない。


私には父親の他に、母親に彼氏がいる。

普通の家庭には、母親に彼氏はいない。


荒井の父親は、社長である。

普通の父親は、社長ではない。


私の家庭は貧乏であった。

普通の家庭は貧乏でなかった。

荒井の家は裕福であった。

普通の家庭は裕福でなかった。

---



これ程、普通と相対する基準が違うのです。

私は単に、普通にすら届かない程下にいる人種であり、荒井は普通を通り越している人種である。


もはや人種どころか、生物としての格付けが何か違うような気がしてならないのです。


地域で名のある会社の社長の御子息様が、


自分の父親も知らず、名前の由来は親が通っていたホストクラブのキャストの源氏名からつけられた娼婦の愚息を、


まるで動物園にいる動物を飼育するかのような感覚を先の荒井の発言に対して覚えたのでした。


ベクトルの違う”普通になりたい”に、

少し嫌悪感を抱き、卑屈で想像力が不足している私は彼の発言を無視したのでした。


私はまるで彼の苦労も知らず、

彼の苦しみを知らないのです。


お金があって困ることなど、想像もつかないのです。

父親がいて困ることも想像できないのです。

両親と自分の他に家事をやってくれる人がいる事が想像つかないのです。

親が社長で辛くなることなんて、何一つ想像できないのです。


私は彼の苦しみを理解することができないのです。

そして、彼もまた、私と同じなのだと感じるのです。

彼はきっと、

母親の彼氏という概念が想像できず、

父親がいないという環境を想像できず、

お金のしがらみから解放されて楽になり、

自分の部屋に家政婦を名乗った他人が入ってくる事が無くなればどんなに嬉しいか。


そんな風に、彼が私に対して感じた事を私が彼の立場に立って想像し始めるのでした。


結局人は、自分が1番辛いと誰もが思っている。

汐谷もそうだった。

しかし、誰もが自分が幸せだということを知覚していない。

これが人間の虚しさであり、どれだけ崇高な形を見せようと、目の前にある小さな幸せを知れない人間は卑しいと言える。


なんて荒井の発言を無視した後に考え、罪悪感を抱きながら、先の惣菜屋で買ったご飯を食べ終えるのでした。


風で電線が3回ほど揺れた。


そんな頃、荒井がご飯を食べ終えた。

私は先ず、彼に謝った。


「ごめん。私は君の辛さを想像する事ができないから、君が何故普通になりたいかが分からなかった。」


「それが昨晩の答えだよ。」

荒井が言った。


「単に想像する事が、”情”の正体だって言いたいの?」

私は疑問をぶつけた。


「そうさ。僕が思うに、心とは単に自分じゃなくて、

自分が他人をどう見るかなんだ。そしてそれに応じて人の痛みを想像しようとしたり、人が喜ぶ事を想像しようとする事が人情ってものなんだよ。」


私はどうしても納得できない。

それがまかり通るのならば、人を傷つけた人は薄情であるにしろ、やり返す人でさえ薄情になってしまう。


自分のため、人のための仇を討つ人なんて、それでこそ強情に決まっているのだ。


何もやり返さなければ、自分がすり減っていくだけなんだ。何も薄情なんかじゃない。


初めに傷付けたやつが一番悪くならなければ、私は納得できない。

というのが、私なりの正義感だった。

だから荒井の考えは私の考えに相容れず、私は早く1人になって家に帰りたいと思い始めました。


とりあえずその場を済ませれば良いと思い、

「そうか。それで腑に落ちた。納得だよ。」

なんて私は嘘をつき、

「ちょっと親から連絡来てるから帰るね。」

なんて言って荒井と座っていた公園のベンチに背を向けて、小走りで家に帰りました。


彼の発言は少し、私のトラウマをフラッシュバックさせるので、離れた方が良いという私なりの判断でした。

実際、幼稚園と小学校低学年の頃には体格の小ささと、誕生日が3月で1歳年下だから。

なんて理由でいじめを受けていました。

水筒に砂を入れられたり、名前の後に菌を付けて呼ばれたり、目隠しをされて後ろから首を絞められたりしました。


家に帰れば母親からの、叱咤叱責の嵐でして、私は誰にも素を見せることなく生きてきており、自分ですら何が”素の自分”なのか分からなくなっているのでした。


欲求に忠実に生きる事も恥ずかしく、


上の立場になって気を遣わせることも恥ずかしく、


こんな醜い顔でカッコつけて生きることも恥ずかしく、


物事に一生懸命になることも恥ずかしい、


単に生き方を他人に全て委ねているだけの空虚な人間だということを思い出し、

更なる自己嫌悪と希死念慮に研鑽をかけるのでした。




---

初めての自殺未遂は、自分で走って木に頭から突進する方法でした。

怖じけることなく突進できたものの、昼休み中の学校の校庭だったが故に、すぐに養護の先生と、救急車が駆けつけました。

診断結果は脳震盪と鼻の骨折と、何故か鎖骨も折れていました。

その後の通院でも、自殺願望を診察の際に言う訳にはいかず、

「友人と鬼ごっこをしていて転んだ先に木があった。」

なんて話していました。


その次の自殺未遂は、頸動脈を切る事でした。

こちらは怖気付きました。

切り口が浅かったのです。

静脈までしか切れず、血が無くなっていく感覚はあったものの、止血ができない程ではなく、気付いた友人が止血しながらすぐに救急車を呼び、搬送されました。

---



なんて過去を思い出しながら、古傷をなぞり、布団に入って昼寝しました。

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