第42章:砕けた硝子と三つの心
熱狂の凱旋が、王宮の密室で血の流れない修羅場へと変わります。この章は、四人の愛憎の全てがぶつかり合う、最重要の感情クライマックスです。
爆弾投下、第一弾:モディによるマリンとの「結婚報告」という第一の爆弾。カテナは一瞬凍り付くも、完璧な仮面の裏で「世継ぎを産み、モディを奪う」という恐ろしい覚悟を決めます。
裏切りの告白:リーンは、カテナの温かい抱擁に応えながら、ジョウとの「一夜の過ち」を全て告白。二人の友情と王太子妃の心が、崩壊の瀬戸際に立たされます。
モディの神の一手:全てを背負おうとするリーンに対し、モディは「罰せられるべきは、原因を作った俺たち全員だ」と罪の共有を宣言。「女二人で協力しろ」という、冷徹にして不器用な救済が、カテナの覚悟を引き出します。
そして、「同盟」の握手。しかし、王太子妃カテナが下した「制裁」は、言葉ではなく、リーンの顔面に叩き込まれた渾身の一撃でした!
嫉妬と友情、罪悪感と覚悟が、物理的な衝撃と共に「チャラ」になる瞬間。四角関係が、新たな形の「共犯関係」へと変貌する、圧巻のクライマックスをどうぞお楽しみください!
王都は、パーム平原からの凱旋軍を熱狂で包んでいた。
冬の空気を震わせるほどの歓声。舞い散る色とりどりの花びらが、まるで季節外れの吹雪のようだ。民衆は誰も彼もが英雄の名を叫び、その熱狂は留まるところを知らない。
けれど、その喝采の中心にいる私の心は、鉛を飲み込んだように重かった。この歓声が大きければ大きいほど、これから私が犯す裏切りへの罪悪感が、じくじくと胸を苛む。
「リーン、モディ殿。国王陛下への報告を済ませてくる。少し待っていてくれ」
王宮の大門の前で、ジョウはそう言うと私たちと別れ、騎士たちを伴って厳かな城内へと消えていった。その背中を見送りながら、私はただ、唇を固く噛みしめることしかできない。
やがて、王宮の一室で待機していた私たちのもとへ、見知った侍女が訪れた。カテナ付きの彼女が恭しく差し出したのは、一通の親書だった。
『皆様の帰還を心よりお待ちしておりました。今宵、ささやかなお茶会を開きたく存じます』
そこには、カテナの優雅な筆跡で、そんな言葉が綴られていた。無邪気で温かいその文面が、これから私たちが投下する爆弾の非情さを、残酷なまでに際立たせているようだった。
案内された王宮の一室、カテナの私室は、彼女が好む甘い花の香りと、暖炉の柔らかな光で満たされていた。
「リーン! 無事で、本当によかった……!」
待ちわびていたカテナは、心からの笑顔で私を迎え、その華奢な体で力いっぱい抱きしめてくれた。ニア村での別れから幾ばくも経っていないはずなのに、その温かい抱擁が、遥か昔のことのように感じられる。
和やかな雰囲気の中、カテナは私の背後に立つモディさんに向き直った。
「モディにも、改めて御礼を申し上げます。あなたのおかげで、わたくしは今、ここにいられますわ」
その瞳は潤み、隠しようのない恋慕の情が熱っぽく揺らめいていた。あまりにまっすぐなその想いに、隣に立つマリンさんが、小さく咳払いをするのが聞こえた。気まずいのだろう。
その空気を断ち切るように、モディさんが静かに、しかしはっきりと口を開いた。
「妃殿下にご報告があります。この度、私はマリン・ヒューバと結婚する運びとなりました」
瞬間、時が止まった。
部屋の全ての音が消え、暖炉の炎の揺らめきさえも止まったかのように感じた。カテナの顔から、笑顔が消える。まるで美しい硝子細工が、音もなく凍り付いていくようだ。血の気がさっと引き、ティーカップを持つ彼女の指先が、微かに震え始めた。
「……ご冗談、ですわよね?」
か細い声が、痛々しく静寂を破る。
(ああ、神様……)
これから始まる地獄を前に、私はただ固く目をつぶった。
しかし、私の耳に届いたのは、予想していた悲鳴ではなかった。
カテナは一度、深く息を吸った。そして、ふっと、まるで何かを悟ったかのように、その表情を和らげたのだ。
(そう……そうでしたわ。モディは子爵家の当主。いつかは、必ず誰かとご結婚なさる。そして、わたくしは王太子妃。公に、あの方と結ばれる道など、元よりなかった……)
心の中で砕け散ったはずの希望の欠片を、彼女は驚くべき速さで拾い集め、全く別の形へと組み替えていく。
(これは終わりではない。始まりなのだわ。わたくしが本当にあの方の隣に立つためには、まずこの国で『義務』を果たさねば。リーンがそうしたように。……世継ぎを産み、妃としての絶対的な立場を築く。その先にこそ、本当の自由が待っている)
覚悟が決まった。
彼女の瞳に、再びダイヤモンドのような強い光が宿る。
相手がマリンであることには、腸が煮え繰り返る思いだった。いつの間にこの泥棒猫が、という醜い嫉妬が胸を焼く。だが、モディさんの全てを見透かすような視線が自分に向けられていることに気づき、彼女は必死でそのどす黒い感情を押し殺した。楽しいことを考えなくては。美しい庭園、可愛い小鳥、甘いお菓子……。
完璧な微笑みを取り戻したカテナは、すっと立ち上がると、マリンさんの前に進み出た。
「マリン隊長。おめでとうございます。あの方を、よろしくお願いいたしますわね」
差し出された手を、マリンは戸惑いながらも握り返す。その耳元で、カテナは他の誰にも聞こえない、鈴の音のように冷たい声で囁いた。
「――でも、独り占めなどさせませんから。正妻ズラなど、許さないわ」
その言葉に、マリンさんの肩がびくりと震え、小さく悲鳴を上げそうになるのが分かった。
思っていた反応と全く違うカテナの姿に、モディさんが僅かに眉をひそめる。そして、その視線が私に向けられた。話を振られたのだと悟り、私は覚悟を決めた。
「カテナ……」
私は、ジョウが精神的に追い詰められていたこと、そして、そんな彼を前に、自分が取り返しのつかない過ちを犯してしまったことを、目を逸らさずに全て告白した。
一夜を共にしてしまった、と。
今度こそ、カテナの完璧な仮面が崩れた。だが、その表情に浮かんだのは怒りではなかった。深い、深い罪悪感の色だった。
「わたくしが……ジョウを、そこまで……」
か細く震えるその呟きに、モディさんが静かに口を挟んだ。
「この事をリーンに話すよう勧めたのは、俺だ。なぜだか分かるか?」
カテナはこくりと頷き、反省の言葉を口にする。
「はい。わたくしが……ジョウをそこまで追い詰めてしまった罰を、受けよ、と……」
「違うな」
モディさんはカテナの言葉を遮ると、彼女の隣に歩み寄り、まるで共犯者のように寄り添った。
「俺と、カテナが、だよ」
彼の言葉に、カテナはハッと顔を上げる。
「リーンのやった事はとても軽はずみで、到底褒められたものではない。だが、どん底にあったジョウをかろうじて引き上げたのも事実だ。リーンの罪は、彼女一人で背負うものではない。罰せられるべきは、原因を作った俺たち全員だ」
モディさんはゆっくりと全員の顔を見回し、続けた。
「だが、俺には何もできない。俺が何かすれば、今以上にジョウのプライドを傷つけるだろう。俺への罰は、ただ見守ることでしか果たせん。どうすれば良いのかは、お前たち二人に決めてもらいたい」
重い沈黙が、部屋を支配した。
私とカテナは、ただ黙って見つめ合った。どれほどの時間が経っただろうか。
やがて、カテナの顔に、ふわりと花が咲くような、美しい笑みが浮かんだ。
彼女は、私に向かってすっと右手を差し出す。
私もまた、全てを悟り、微笑みで応えながらその手を取った。固い握手が交わされる。
次の瞬間。
カテナの左の拳が、風を切る音と共に私の顔面に叩き込まれた。
ゴッ、という鈍い音。
クリーンヒットだった。鼻の奥で何かが砕けるような衝撃と共に、視界が真っ白な火花で散る。
「なっ!?」
「妃殿下!?」
モディさんとマリンさんが、唖然として立ち尽くす声が遠くに聞こえる。
床に崩れ落ちる寸前でどうにか踏みとどまり、じんと熱を持ち始めた鼻を押さえた。けれど、不思議と怒りは湧いてこない。むしろ、心の奥にあった澱がすっと洗い流されて、軽くなるような感覚があった。
つう、と鼻から生温かいものが垂れてくる。それを手の甲で拭いながら顔を上げると、そこには、握手を解かないまま、満足げに微笑むカテナの姿があった。
「これで、チャラにしてあげるわ」
予想を遥かに超える修羅場と、その後の衝撃的な展開に、読者の皆様も呆然とされたのではないでしょうか!?
カテナの真の強さ:モディの結婚にも、リーンの裏切りにも、感情を爆発させなかった王太子妃。その冷静さの裏側にある「世継ぎを産み、モディを奪う」という恐ろしい覚悟と強い嫉妬(マリンへの囁き)が、彼女が真のラスボスであることを示しています!
物理的制裁:そして、「握手からの顔面パンチ」!カテナの怒り、悲しみ、そして友情の全てが込められた渾身の一撃で、リーンの罪悪感は「チャラ」に!この痛みを伴う和解によって、モディが目論んだ「女二人同盟」が、皮肉な形で成立してしまいました!
新たな共犯関係:ジョウの秘密と、カテナの新たな覚悟、そしてモディとマリンの結婚。四人の関係は、嫉妬と秘密に満ちた、王都の奥深くへと引きずり込まれます。
嵐は去り、そして、新たな嵐の予感が!
次章からは、ジョウの孤独な病みとカテナの恐ろしい覚悟、そしてモディ夫妻の王都での活躍が、宮廷の陰謀と絡み合い、物語は新たなフェーズへと進みます!
(カテナの一撃とモディの冷徹な采配に「最高だった!」と思っていただけたら、ぜひブックマークと評価ポイントをお願いします!皆様の応援が、王太子妃の次の奇策を加速させます!)




