第40章:現実主義者の処方箋
罪の告白を聞いた転生者モディが、ついに「判決」を下します。しかし、それは感情ではなく、データとロジックに基づいた、あまりに冷徹な処方箋でした。
王家の闇:モディが指摘する「王族の離婚の現実」と「最悪の可能性(死別)」。リーンは、自らの過ちの代償として、家族の命までもが危険に晒されるという王宮の闇に直面します。
冷徹な処方箋:モディはジョウとの関係を「一夜の過ち」として認識を合わせるという、ただ一つの生存ルートを突きつけます。彼の言葉は、理不尽な感情を冷たい現実で塗り固め、リーンの騎士としての冷静さを取り戻させます。
結婚の真相:そして、明らかになるマリンの「結婚」の裏側。彼女がカテナの嫉妬を本気で恐れ「緘口令」を敷いていたという事実は、王太子妃の闇の深さをさらに強調します。
最後にモディが突きつけるのは、カテナへの「告白」か、「一生の沈黙」かという究極の選択。
「孤独な罪人」だったリーンは、モディという「冷徹な共犯者」を得て、王都での修羅場にどう立ち向かうのか?
ジョウ、カテナ、マリン、そしてモディ、四人の運命が決定的な瞬間に直面する、息を呑む心理戦をどうぞお楽しみください!
医務室の喧騒が、遠くに聞こえる。
私はただ、彼の最初の言葉を、まるで判決を待つ罪人のように、息を殺して待っていた。
長い、重い沈黙の後、モディさんはようやく、すり潰しかけていた薬草から目を離した。彼は私の動揺など意にも介さず、淡々と、しかし核心を突く問いを投げかけた。
「まず確認したい。昨夜の出来事は『過ち』だったのか、『一夜限りの慰め』だったのか、それとも『今後の関係の始まり』なのか。お前の中ではどれだ?」
「え……」
「そこの認識がずれたままでは、必ず後で歪みが生じる。俺の見る限り、王太子は精神的に不安定で、お前に依存しかねない状態にある」
そのあまりに冷静な分析に、私はすぐにはついていけなかった。彼の言葉の意味を、本当の意味では理解できていなかった。モディさんは、私のそんな様子を見て取ると、溜息一つつかずに、さらに冷徹な可能性の話を始めた。
「仮に、ジョウがお前に強く依存したとしよう。その時、かなりの確率でカテナの存在が邪魔になる。彼はお前を、今のカテナがいる位置に置きたがるかもしれない」
「……!」
「この国では宗教上の理由で、貴族、ましてや王族の離婚はほぼ不可能だと思っていい。そうなった時、合法的にカテナと別れる最も現実的な方法は、なんだと思う?」
彼の瞳は、感情を一切映さず、ただ事実だけを私に突きつけていた。
「……死別だ」
「まさか……!ジョウが、そんなこと……」
「可能性の話をしている。やるとも、起きるとも言っていない」
モディさんは平然と言い放った。
「だが、今のカテナは肉体はともかく、精神的には俺に心移りしている。いわば『精神的な不倫』をしている状態だ。彼女への愛が、裏切られたという憎しみに変わる可能性もゼロではない。……可能性で言えば、お前の夫も邪魔だと思われるかもしれんな」
その言葉は、冷たい氷の刃となって私の心臓に突き刺さった。私の愛する家族までが、この過ちの代償になるかもしれない。その恐ろしい可能性に、私は驚きのあまり完全に黙り込んでしまった。
「すぐにジョウと認識を合わせろ」
有無を言わさぬ、処方箋だった。
「昨夜のことは、一夜限りの過ち。二人の関係は今までと変わりなく、友人だと。そう、はっきりと伝えろ」
私は、ただ頷くことしかできなかった。
「次に、カテナに話すべきかどうかで悩んでいるな?」
私の心の奥底まで見透かしたような問いに、私は再び頷いた。カテナへの罪悪感が、言葉にならない嗚咽となって喉の奥でつかえる。
「……俺の意見だが」
モディさんは少しだけ言葉を選んだ。
「カテナには、話すべきだと思っている。……いや、すまない。俺にも正解は分からない。お前とジョウが二人して沈黙を守り、墓まで持っていくのも、また一つの正解かもしれん」
彼の迷い。それは、私にとって意外なものだった。その迷いが、彼の言葉に人間的な重みを与えていた。
(秘密にしておきたい……。カテナをこれ以上、傷つけたくない……)
私の心が、沈黙を選ぶ方へと傾くのを感じ取ったのだろう。モディさんは、補足するように続けた。
「俺が話したほうがいいと思ったのは、理由がある。嘘というやつは、一度つくと、その嘘を真実にするために限りなく嘘を重ねなければならなくなる。それに……」
彼は、少しだけ言いにくそうに続けた。
「ジョウを精神的に追い詰めたのは、俺とカテナだ。お前は、やり方はともかく、どん底にいたジョウを救い上げた。カテナに責任を取らせろという訳ではないが……お前一人でこの重荷を背負うより、女二人で同盟でも組んで協力したほうが、うまく乗り越えられそうな気がしてな。……すまん、『気がする』は無責任だな。忘れてくれ」
その不器用な気遣いに、私は胸を突かれた。彼が、私のことまで考えてくれていた。その事実に、思わず涙が滲みそうになる。
私が考え込んでいるのを見て、彼は気まずそうに、わざとらしく話を変えた。
「軍と共に、近々王都へ行く。カテナとの面会の段取りをつけてくれないか。田舎子爵が王城に行っても、門前払いされるだけだろうからな」
「カテナに?」
「ああ。今度結婚するんで、そのご祝儀を貰いに行く」
「カテナからご祝儀ですか?……悪趣味ですよ」
私は思わず苦笑した。
「でも、結婚するんですね。おめでとうございます。私からも、ご祝儀を出しますよ」
その言葉に、モディさんは心底不思議そうな顔をした。
「……話を聞いていなかったのか?」
「え? 何がですか?」
私も、彼の意図が分からず首を傾げる。
「いや……だから、結婚相手はマリンなんだが。本当に聞いていないのか?」
「え……マジですか!?」
今度こそ、私は素っ頓狂な声を上げた。
「全く聞いてませんけど!?」
モディさんは私の反応を見て、何かを納得したように少し考え込んでいる。
「……そうか。まさか、そこまで本気で心配しているとは思わなかった」
「何がですか?」
「いや、マリンがな。『カテナに黙って俺と結婚したら、嫉妬で暗殺されるかもしれない』と本気で心配しているようでな」
「ああ……」
その言葉で、全てが繋がった。
「それでモディさんの口から直接話すまで、情報がカテナの耳に入らないように、マリンさん自ら緘口令を敷いているんですね」
「ああ。まさか、そこまで本気で心配しているとは……」
「モディさん」
私は、なぜか全てを悟った訳知り顔で、深く頷いてみせた。
「女って、そういうところもあるんですよ」
それがマリンさんのことなのか、カテナのことなのか、あるいは自分自身のことを言っているのか。私自身にも分からなかった。
モディさんは、私のその態度に何かを感じ取ったのか、気まずそうに咳払いをした。
「……とにかくだ。カテナへの顔つなぎを頼みたい。……なんなら、お前も一緒に来るか?」
彼は、すり潰し終えた薬草を布に包みながら、最後の選択肢を私に突きつけた。
「その時までに、話すか、一生黙っているか。決めておけ」
モディによる「闇の処方箋」。冷徹で、そして全てが正しいという、転生者無双の真骨頂が発揮された章でした!彼のロジックは、ジョウの病みがもたらす最悪の可能性を的確に指摘し、リーンの騎士としての覚悟を決めさせました。
修羅場への道:ジョウとの「一夜の過ち」は「一夜限りの過ち」として処理されることになります。しかし、この「嘘」が、王都でジョウの依存とカテナの嫉妬という二つの爆弾にどう引火するのか!?修羅場フラグは、完全に成立しました!
モディの計画:モディは、リーンにカテナとの面会を仲介させようとしています。これはマリンの結婚報告のためだけでなく、「王太子妃と協力してジョウの暴走を止める」という彼なりの防衛策かもしれません。
リーンの選択:「話すか、一生黙っているか」。モディは「女二人で同盟を組む」という不器用な優しさを見せましたが、リーンが親友カテナへの裏切りを告白できるのか?
次章、いよいよ王都へ向けた帰還の準備が始まります!モディ、リーン、そしてジョウ。三人の秘密を抱えたままの彼らを、王都ではカテナとマリンが待っています。
修羅場へのカウントダウンが始まりました!ぜひ、次章の展開にご期待ください!
(モディの冷静な分析と、リーンが下す究極の選択に「続きが気になる!」と思っていただけたら、ぜひブックマークと評価ポイントをお願いします!皆様の応援が、王都の修羅場をさらに劇的にします!)




