第38章:王太子の涙
勝利の後に待っていたのは、真の地獄――。
この章は、戦場の喧騒から離れ、王太子ジョウの心の奥底へと深く潜り込みます。パーム平原での「屈辱の勝利」に耐えかねた彼は、酒と孤独の中で、静かに精神を病んでいきます。
病み王子の告白:王太子としての完璧な仮面が剥がされ、前世の友人(鈴木君)としてリーンに愚痴を吐き出す彼。その言葉の全ては、モディへの強烈なコンプレックスと嫉妬に支配されています。
リーンによる救済:騎士の矜持を捨て、友の壊れかけた魂を救うため、リーンが取った行動は――あまりにも衝動的で、決定的な一線を超えるものでした。
禁断の関係:慰めのキスから始まった二人の関係は、孤独と傷を埋め合う禁断の夜へと発展します。「これで良かったのか?」という後悔の呟きが示すように、この夜は、今後の三角関係、そして王国の運命に、避けられない大きな波を立てます。
救済と罪悪感、そして愛憎が渦巻く、最重要の感情クライマックス。
「病み王子と幼馴染」の関係が決定的に変わる瞬間を、どうぞ見逃しなく。
パーム平原での戦いが終わって数日後、ナロ王国軍は国境近くのダイテ要塞に駐留していた。勝利したはずの要塞内を支配していたのは、祝賀の熱狂ではなく、あまりに多くの血が流れたことへの虚脱感と、死者を弔う重苦しい空気だった。誰もが口数を減らし、鎧を整備する音だけが、冬の訪れを告げる冷たい風に虚しく響いていた。
私は一人、要塞の練兵場で木剣を振るっていた。汗を流すことでしか、頭から離れない戦場の記憶を振り払うことができなかったからだ。敵を斬った剣の重み、仲間の最期の声、モディの冷徹な指揮、そして丘の上で見たジョウの最後の暗い瞳。それらが亡霊のように脳裏をよぎり、私の心を苛む。
その時だった。
「バルガス、団長がお呼びだ」
上官の声に、私は素振りを止め、汗を拭いながらヘクト団長の執務室へと向かった。
重い扉を開けると、そこには書類の山に埋もれたヘクト団長が、数日分の疲労を顔に刻んで座っていた。彼は私を一瞥すると、まるで重い石を口から吐き出すかのように、本題を切り出した。
「ジョウ殿下が、部屋に閉じこもって酒ばかり飲んでおられる」
「……え?」
予期せぬ言葉に、私は息を呑んだ。
「パーム平原での戦い以来、食事もろくに取らず、誰とも会おうとしない。夜中に一人で叫んでいる声が聞こえた、と側近が泣きついてきた。……どうやら、あの戦いが相当こたえたらしい」
「なぜです? 私たちは負けてはいないじゃないですか?」
私の素朴な疑問に、ヘクト団長は苦々しげな笑みを浮かべた。
「だが、勝ってもいない。少なくとも、殿下にとってはな」
彼は深くため息をつくと、本音を漏らした。
「殿下は、ご自身の力で『王太子に相応しい勝利』を挙げられなかったことに、深く傷ついておられるのだ」
その言葉に、私も丘の上での最後の光景を思い出し、思わず苦笑した。
「……確かに、あの泥仕合を大勝利と言い切るのは、無理がありますね」
その瞬間、ヘクト団長の表情が引き締まった。彼は上官として、私に厳しく釘を刺す。
「だが、覚えておけ、バルガス。王国の公式見解は『ナロ王国軍の完全なる大勝利』だ。この国を背負う者として、王太子は『完璧な英雄』でなければならん。たとえそれが嘘であろうともな」
「はい。王太子殿下は、見事初陣で帝国軍に大勝利を収められました」
私も即座に騎士の顔に戻り、敬礼と共に応じる。すると、ヘクト団長の顔から厳しさが消え、一人の年長者の、疲れ切った顔に戻った。
「……友人として、あいつの愚痴を聞いてやってくれ。そして、一緒に酒でも飲んでやってほしい。これは団長命令ではない。ただの、老人の頼みだ。お前にしか頼めん」
その疲れ切った声に、私は迷わず頷いた。(私が行って、何ができるというの?でも、放ってはおけない)
◇
ジョウの部屋を訪れると、そこは酒瓶が散乱し、食べかけの食事が放置された、荒れ果てた空間だった。こぼれた酒の酸っぱい匂いと、澱んだ空気が鼻をつく。
当の本人は、ベッドの上で虚ろな目で天井を見つめている。
「ジョウ」
私が声をかけると、彼はゆっくりと顔を向けた。その瞳には、かつての輝きはなく、ただ濁った光だけが揺らめいていた。
「……何をしに来た。お前も、あの男と共に俺を笑いに来たのか!『王子様は無様に泣いておりました』と報告にでも来たか!」
その被害妄想に満ちた言葉に、私の心は決まった。
私は動じず、床に転がっている酒瓶を一つ手に取り、彼の向かいにどかりと腰を下ろした。
「そうよ。あんまり無様だから、笑いに来てあげたの。さあ、愚痴でも何でも聞くから、全部吐き出しなさいよ、鈴木君」
あえて前世の名前で呼びかける。その言葉に、ジョウの心の堰が、音を立てて切れた。
最初は、王太子としてのプライドについてだった。「あんなものは勝利ではない!」「私の策ではない。私の勇気でもない。ただ、あの男が敷いたレールの上を走らされただけの人形だ。兵士たちは私を英雄と讃えるが、その声が全て私を嘲笑う声に聞こえるのだ!」
だが、酒が進むにつれ、その話は次第にカテナのことへと移っていく。
「結局、私は何も守れなかった……。彼女の命も、心も、全てあの男に奪われた!」「ニア村で、彼女が私ではなくあの男を見る目に、私は気づいていた。あの時から、私はもう負けていたのだ!王太子という鎧を剥がされた私は、何もない空っぽの人間なのだと、あの男に突きつけられた!」
モディと比較して自分を卑下し、彼は子供のように声を上げて泣きじゃくった。その姿は、あまりに痛々しかった。
私は必死に彼を慰めようとした。
「そんなことない!あなたは立派に戦ったわ!それに、カテナだって……カテナの命だって、モディさんがいなければ救えなかったんだから、仕方ないじゃない!」
慰めるための、善意からの、その言葉が、彼にとって決定的な一撃となった。
ジョウの泣き声が、ぴたりと止まった。彼の顔から表情が消え、やて乾いた、ひび割れた笑いと共に、絶望の叫びを上げた。
「そうか……そうだ……!結局、お前の目にも、私はあの男に助けられた哀れな王子にしか見えないんだな!カテナも、お前も、皆、あの男のほうが上だと思っているんだ!」
魂の叫びだった。その絶望の深さを前に、私は言葉が無力であることを痛感した。(言葉じゃない。理屈じゃない。この壊れかけた魂を、ただ抱きしめてやらなければ)
私は立ち上がり、泣き崩れるジョウの頬に手を添えた。そして、彼の言葉を塞ぐように、衝動的に、その唇を奪った。
ジョウは驚き、一度は抵抗しようとした。だが、私の強い意志と、彼自身が心の底で求めていた温もりに、抗うことはできなかった。
私たちは、互いの孤独と傷を埋め合うように、そのまま体を重ねた。
◇
翌朝。窓から差し込む朝日の中、私が先に目覚めた。隣には、昨夜の荒れようが嘘のように、穏やかな寝息を立てるジョウがいる。その寝顔は、本当に久しぶりに見る、安らかなものだった。
散らかった部屋、肌に残る昨夜の記憶。全てが、取り返しのつかない現実だと悟り、私は頭を抱えた。(これで、良かったのだろうか……)後悔と、彼を少しだけ救えたかもしれないという微かな安堵が、心の中で渦を巻く。
「……やっちまった……」
その後悔の呟きは、誰の耳にも届くことなく、朝の光の中に溶けて消えた。
衝撃の展開に、読者の皆様も息を呑んだことかと思います。
ジョウ殿下の心の闇は、私たちが想像する以上に深く、リーンの善意からの行動が、彼にとって決定的な一撃(そして救い)となりました。
禁断の夜の重み:王太子と直属騎士という立場を超えたこの関係は、カテナ、そしてモディとの間に、どんな修羅場を引き起こすのでしょうか!? リーンの後悔と安堵が示すように、彼女は王太子への忠誠と、友としての愛の間で、激しく引き裂かれることになります。
ジョウの復帰:この夜を境に、ジョウは「王太子としての完璧な仮面」を取り戻すでしょう。しかし、その心に宿ったモディへの嫉妬と、リーンへの独占欲は、彼の政治的な判断を確実に歪ませていくはずです。
王都への帰還は間近です。新たな関係となったジョウとリーンを待ち受けるのは、王太子妃カテナ、そして結婚フラグを立てたモディとの修羅場!
複雑に絡み合った四人の運命の糸は、どこへ向かうのか?次章からの王宮編にご期待ください!
(この衝撃的な展開に「続きが読みたい!」と思っていただけたら、ぜひブックマークと評価ポイントをお願いします!皆様の応援が、王都での修羅場の激しさを増します!)




