第37章:夜明けの代償
最も長い夜が明け、ついに奇跡が訪れる――!
絶望の極致で死を待っていた兵士たちの前に現れたのは、朝日を背負った王太子ジョウと、彼の精鋭騎兵部隊!完璧な奇襲は、帝国軍の包囲陣を粉砕し、ナロ王国に劇的な勝利をもたらします!
しかし、この勝利の真の立役者は誰だったのか?
ジョウの屈辱:自らの力で戦況を覆したという高揚感は、丘の上でモディと対峙した瞬間、完全な屈辱へと変わります。自分が救世主だと思っていた戦いは、モディが整えた舞台の上の最後の花火に過ぎなかった。
屈辱の追い打ち:さらに、マリンによる「結婚爆弾」が、戦場に残ったジョウのプライドを木っ端微塵に打ち砕きます。
カテナに続き、マリンの心までも奪ったモディ。そして、救世主の座を奪われたジョウ。
王太子という完璧な仮面の下で、コンプレックスと嫉妬に蝕まれた彼が、ついに静かに病み始める瞬間。戦いの終結が、新たな悲劇の始まりを告げます。
この勝利の裏側にある、最も痛ましい王子の心の崩壊を、どうぞお見逃しなく!
東の空が、インクを零した水面のように白み始めていた。丘の上の兵士たちは、もはやこれまでかと武器を取り落とし、故郷の名を呟き、死を覚悟していた。その、絶望が凝固したかのような静寂を切り裂いて、地平線の向こうから新たな軍勢が現れた。
それは、地獄に差し込んだ一条の蜘蛛の糸だった。
先頭に翻る、ナロ王国の王太子旗。朝日を浴びて煌めく鋼の槍先。大地を揺るがす数千の蹄の音。
「ジョウ様だ……王太子殿下のご来援だ!」
誰かが掠れた声で叫んだ。その声は瞬く間に伝播し、死を待つだけだった兵士たちの瞳に、信じられないという光と、熱狂的な闘志の炎を再び灯した。
ジョウ率いる王家の精鋭騎兵部隊は、完全に油断しきっていた帝国軍の背後を、鋭い槍のように貫いた。完璧だったはずの包囲陣は後方から食い破られ、帝国軍は混乱の渦に叩き込まれる。
「リーン!今、助けに行くぞ!」
自ら先頭に立ち、華麗な剣技で敵を薙ぎ払うジョウの姿は、まさしく物語に謳われる英雄そのものだった。(見ているか、カテナ。そして、あの男よ。これが王太子たる私の力だ!)その心は、自らが戦況を覆したのだという高揚感と自負に満ちていた。
◇
「千載一遇の好機だ!最後の力を振り絞れ!丘の上の者、総員反撃開始!内外から敵を挟撃するぞ!」
丘の上から響くモディの冷静な号令が、私たちの背中を押した。王太子の登場に最後の士気を奮い立たせた兵士たちが、雄叫びと共に丘を駆け下りる。
私も、肩の傷の痛みを意思で捻じ伏せ、光の魔法を再びその身に纏った。(ジョウ!来てくれたのね!)安堵と、彼に無様な姿は見せられないという騎士としての矜持が、尽きかけた体に最後の力を与える。
今、私の目が見据えているのは、目の前の敵だけではない。敵陣の後方、先ほど味方が投石器を破壊した火の手の周りで、敵の大軍に包囲されている仲間たちの姿だった。
助けに行かなければ。焦る私の耳に、丘の上からモディの指示が届いた。
「リーン、右翼の敵陣が薄い!ジョウ殿の部隊と連携し、そこを叩け!味方への道が開く!」
私はモディの言葉を信じ、指示された一点へと残った部隊の全力を集中させた。奇しくも、丘の下から駆け上がってくるジョウの部隊もまた、同じ一点を目指していた。
内外からの挟撃が、味方たちを囲む鉄の包囲網に、ついに亀裂を入れた。その僅かな隙間から、味方が血路を開いて脱出してくるのが見えた。
帝国軍の敗走は、もう誰にも止められなかった。投石器を失い、背後から王太子の本隊に強襲され、内外から挟撃されて指揮系統が完全に崩壊した丘の包囲部隊は、我先にと逃げ出していく。
遠くの帝国軍本陣では、ウラジーミル大公がその報告を受け、苦々しげに、しかし冷静に全軍総撤退の命令を下した。「見事な奇襲だ、ナロの王子……。だが、この借りは必ず返す」その憎悪に満ちた呟きは、誰の耳にも届かなかった。
◇
帝国軍が完全に撤退し、丘に静寂が戻った。昇る朝日に照らし出されたのは、おびただしい数の死体の山と、その中で力尽きたように倒れ込む兵士たちの姿だった。勝利の歓声は、あまりに小さく、そして疲れていた。
やて、ジョウが丘に登ってきた。彼は、自らがもたらした勝利の余韻と共に、兵士たちの歓声に応えながら、血と泥にまみれた仲間たちの間を威厳をもって進む。
彼はまず、満身創痍の私や、担架で運ばれるヨード伯を労った。
「皆、よく耐えてくれた。この勝利は、諸君らの勇気の賜物だ」
そして、彼は誇らしげに周囲を見渡して言った。
「それにしても、一体誰がこの絶望的な状況で指揮を執っていたのだ? 驚嘆すべき手腕だ。王太子として、最大の賛辞と褒賞を与えねばなるまい」
その問いに、ヨード伯や私が視線を向けた先。そこにいたのは、彼が想像した歴戦の将軍ではなく、同じく血と泥に汚れた、辺境の少年領主――モディ・ヌーベルだった。
ジョウは、絶句した。
時間が、凍り付いた。周囲の音が遠のき、ただモディの皮肉げな、それでいて全てを見透かすような瞳だけが、ジョウの世界を支配する。自分が救ったと思っていた相手に、実は戦況そのものを支えられ、結果的に自分も救われていた。救世主であるはずの自分が、モディが整えた舞台の上で最後の役を演じたに過ぎない。その屈辱的な構図に、彼の顔から血の気が引いていくのが分かった。
モディは、そんなジョウの内心を見透かしたかのように、いつもの皮肉を口にする。
「あんたの到着がもう少し遅ければ、俺も今頃あの死体の山に混じっていた。まあ、結果的には間に合ったんだ。良かったじゃないか」
その言葉が、ジョウの傷ついたプライドをさらに深く抉った。(感謝しろとでも言いたいのか?この私が、お前のような男に……!)
感謝の言葉が喉の奥でつかえ、出てこない。王太子としての義務と、男としてのプライドが、彼の内側で激しくせめぎ合う。彼は完璧な仮面を貼り付け、ようやく声を絞り出した。
「……子爵の奮戦にも、感謝する」
その声は、冬の風のように冷たく、そして空虚に響いた。
◇
勝利を祝うべき空気は、ジョウの態度の変化によって、奇妙に張り詰めていた。
その重苦しい雰囲気を読めない(あるいは、あえて読まない)マリンさんが、モディとジョウの間に割って入った。
「あら、王太子殿下。ちょうどよろしゅうございました。この方、私と結婚の約束をなさいましたの。ご報告のために、近々王都にお邪魔する予定ですわ」
その爆弾発言に、ジョウの表情がさらに凍り付いた。驚きと共に、彼の瞳の奥に、暗い炎が宿る。(カテナだけでなく、マリンまでもが……この男の何が、女たちを惹きつけるのだ?)
ジョウは、戦後処理の指示を手早く出すと、誰ともそれ以上言葉を交わさず、早々に丘を立ち去り自軍の本陣へと戻っていった。その背中は、勝利者のそれではなく、何かから逃げるような、孤独な影を長く引きずっていた。
一人になった天幕の中で、彼は無力感と屈辱に苛まれていた。「相応しい勝利」とは、自らの力と采配で掴むものだったはずだ。辺境の小貴族の助けを借りて得た見せかけの勝利など、ただの屈辱でしかない。
「なぜ、いつもあの男なのだ……カテナも、マリンも、そしてこの勝利さえも……!」
モディへの強烈なコンプレックスと、王太子としてのプライ-ド、そして男としての嫉妬が、彼の心を蝕み始める。
戦場で受けたどんな傷よりも深い心の傷を負い、ナロ王国の若き王太子は、栄光の裏で、静かに病み始めていた。
劇的な夜明けと勝利!その裏側で進行した、ジョウ殿下の心の崩壊に、胸が締め付けられますね。
モディによる「闇のチート指揮」が、ジョウの劇的な援軍という最高の舞台装置を完成させてしまいました。この「屈辱の構図」は、今後の物語において最重要の伏線となります。
ジョウ、病み始める:彼は、王太子としての完璧な仮面を維持できなくなってきています。モディへの強烈なコンプレックスと嫉妬が、彼を暴走へと駆り立てるのか?今後の王宮内での対立にご注目ください!
マリンの爆弾:カテナに続き、マリンまでもがモディの元へ!王太子妃(予定)と王太子直属騎士団の隊長という、二大重要人物の心を奪ったモディが、王都でどんな修羅場を迎えるのか!?
戦いは終わりましたが、物語は次のフェーズへ!
傷ついた英雄たちが王都へ帰還した後、王宮という新たな戦場で、ジョウの復讐と、モディの修羅場回避の戦いが始まります!
(モディ無双とジョウの病み展開に「続きが読みたい!」と思っていただけたら、ぜひブックマークと評価ポイントをお願いします!皆様の応援が、病み王子の心をさらに蝕みます…!)




