第35章:絶望の丘、集う火
この章は、地獄と化したパーム平原の最深部を描きます。前章の逆転劇により、中央軍は完全に孤立。兵士たちが人間性を捨てて逃げ惑う、絶望的な戦場が舞台です。
その混沌を切り裂いて、ついに転生者モディが動きます。
闇魔法のチート:モディは闇魔法という規格外の力を使い、追撃部隊を精神攻撃で内部崩壊させるという、悪辣にして完璧な無双を披露!
義理の参戦:リーンとマリンの部隊を救出し、崩壊寸前のヨード伯本陣で強引に指揮権を奪取!彼の科学と知識が、絶望的な防衛戦を開始します。
最強の盾:一方、平原の別の場所では、ジョウの師であるヘクト団長が、「氷熊」ウラジーミルの親衛隊と壮絶な消耗戦を繰り広げています。
モディの知略とリーンの光の魔力、マリンの回復魔法が奇跡を起こし、帝国軍の第一波を撃退!しかし、夜が迫る中、第二波の猛攻が始まろうとしています。
地獄の最中で輝く英雄と、策士の不敵な笑み。誰もが息を呑む、最も長い夜の始まりを、どうぞお楽しみください!
地獄とは、きっとこのような光景のことを言うのだろう。
パーム平原は、もはや戦場ではなく、巨大な墓場へと変わり果てていた。統率を完全に失った中央軍の兵士たちは、武器を捨て、重い鎧を脱ぎ捨て、ただ生き延びたいという動物的な本能だけで駆けていた。友を見捨て、負傷者を押しのけ、泥濘に足を取られては二度と立ち上がれない者を踏み越えていく。その背後から迫る帝国軍の鬨の声は、死神の足音そのものだった。
その混沌の只中を、まるで川の流れに逆らう鮭のように、二つの影が突き進んでいく。
「シム、右翼から来るぞ!数は三十!」
モディの短い警告に、シムは言葉なく頷き、馬上で身を低くした。歴戦の騎士の勘が、迫りくる槍の穂先を正確に予測し、最小限の動きでそれを回避する。
モディは手をかざし、敗残兵を刈り取るように追撃してきた帝国兵の一団に向かって闇魔法を放った。それは単純な幻覚ではない。彼らの脳裏に、故郷で待つ家族の泣き顔や、過去の戦場で死なせた戦友の亡霊を直接焼き付ける、悪辣な精神攻撃だった。
「うわあっ!やめろ、来るな!」「母さん……!」
現実には何もない平地で、屈強な兵士たちは見えない敵に怯え、泣き叫び、恐慌状態に陥って同士討ちを始める。その地獄絵図の脇を、二騎は表情一つ変えずに駆け抜けていった。
「便利だな、闇魔法は」
「ええ。ですが、あなた以外に使い手がいれば、厄介極まりない能力です」
そんな軽口を叩きながらも、二人の目は前方の、今にも帝国軍の波に飲み込まれんとする王国騎士団の一団を、既に見据えていた。
金髪の女騎士が先頭で獅子奮迅の戦いを繰り広げている。その横には、見慣れた茶髪のヒーラーの姿。シムの瞳が、わずかに見開かれた。
「マリン……!」
旧知の、そして今は王都にいるはずの戦友の姿に、彼の冷静な仮面が一瞬だけ揺らぐ。
「見つけたぞ。行くぞ、シム」
モディが呟いた瞬間、二人は最後の加速に入った。
◇
「もうダメだ……囲まれる!」
部下の悲鳴が、私の耳に突き刺さる。四方八方を敵に囲まれ、味方の敗残兵が壁となり、思うように動くことさえできない。マリンさんの回復魔法も、降り注ぐ矢と剣の前では追いつかなくなってきた。仲間が一人、また一人と血飛沫を上げて落馬していく。
全滅。その二文字が、絶望的な現実として脳裏をよぎった。
その、瞬間だった。
私たちの背後を脅かしていた帝国軍の追撃部隊が、突如として悲鳴と混乱の渦に巻き込まれたのだ。指揮官らしき男が、何の前触れもなく馬から転げ落ち、後方の兵士たちが同士討ちを始める。
その混乱の中心から、二騎の騎馬が、まるで死神のように現れた。
一人は老練な剣技で敵兵を次々と紙切れのように薙ぎ払い、もう一人は、ただそこにいるだけで敵の士気を根こそぎ奪っていくような、異様な威圧感を放っている。
見間違えるはずがなかった。脳が理解を拒む。なぜ、この地獄の真ん中に。
「モディさん!? シムさん!?」
「通りすがりの観光客だ。随分と賑やかな祭りだな」
いつの間にか馬を寄せてきたモディが、この状況で普段と変わらぬ皮肉を口にする。血と泥と死臭に満ちたこの場所で、彼のその態度だけが、悪夢のような現実から浮き上がっていた。
「このままではどのみち全滅だ。ヨード伯の本陣まで、俺たちが道を作る。ついてこい」
その言葉には、有無を言わさぬ響きがあった。私は、ニア村で彼の指揮能力を、その知略を、嫌というほど目の当たりにしている。この男は、この地獄の中でも、決して道を見失わない。
迷いは、一瞬もなかった。
「全軍!あの方々に続け!道を開けよ!」
◇
命からがらたどり着いたヨード辺境伯の本陣は、私たちが想像した最後の砦などではなく、地獄の入り口だった。
小高い丘の上に築かれた粗末な陣地は、帝国軍に完全に包囲され、防弾用の土嚢や木の柵は、投石器の一撃で芥子のように吹き飛んでいる。折れた槍、砕けた盾、そしてまだ温かい亡骸が至る所に転がり、負傷者の呻き声と指揮官の怒声が混じり合っていた。
本陣の中央では、総大将であるヨード辺境伯が担架の上で血を吐き、もはや声も出せない有様だ。その姿が、この丘の絶望的な状況を象徴していた。
この丘も、数分のうちには陥落するだろう。誰もがそう思った。
その諦観の空気を切り裂いたのは、場違いなほど冷静な、一人の少年の声だった。
「伯爵、あんたの仕事はまだ終わっていない。兵を鼓備し、持ち場を死守させろ。指揮は俺が代行する」
モディは負傷したヨード伯を一瞥すると、一方的にそう宣言した。居合わせた諸侯の騎士たちが「何だ、この小僧は!」と色めき立つが、モディは意にも介さない。
彼は丘の上から戦況を瞬時に把握すると、矢継ぎ早に指示を飛ばし始めた。
「リーン!お前の部隊は最も手薄な西側斜面を死守しろ!お前の突破力で時間を稼げ!」
「シム!お前は伯爵の護衛と、予備兵力として遊撃に徹しろ!」
「マリン!負傷兵の治療を!死にそうな奴を優先しろ!まだ戦える奴は後回しだ!」
その声には、不思議な力が宿っていた。絶望に染まっていた兵士たちが、弾かれたように顔を上げ、その指示に従い始める。
「はい!」
私は力強く返事をすると、騎士団の仲間たちと共に、最も崩れかけていた西側の斜面へと駆け出した。
光の魔力が私の全身を駆け巡り、愛剣がまばゆい輝きを放つ。私の剣が帝国兵を薙ぎ払うたび、背後の兵士たちから「おおっ!」という歓声が上がった。その声が、私の力になる。
シムさんは神出鬼没の動きで防衛線の穴を的確に塞ぎ、マリンさんの回復魔法が次々と負傷兵を戦線に復帰させていく。そして、丘の頂上から放たれるモディの闇魔法が、丘を登ってくる帝国兵の士気と連携を確実に削いでいった。
奇跡が起きていた。あれほど一方的だった戦況が、少しずつ、しかし確実に押し返されていく。私たちは、帝国軍の第一波を、どうにか撃退することに成功したのだ。
◇
「報告!ヘクト団長、氷熊親衛隊と激しく交戦中!一歩も引かず!」
同じ時刻、平原の別の場所では、ジョウの本陣に戦況が刻一刻と伝えられていた。
ヘクト団長率いる騎士団本隊は、ウラジーミル大公の部隊と真正面から激突し、血で血を洗う壮絶な消耗戦を繰り広げている。王国最強と帝国最強のぶつかり合いは、平原そのものを揺るがしていた。
(ヘクトを信じるしかない……そして、リーンたちも……!)
ジョウは、ヨード伯のいる丘が完全に孤立している報を受け、唇を噛む。今、自分にできることは何か。彼は地図を睨みつけ、苦渋の決断を迫られていた。
◇
「……はぁ……はぁ……」
束の間の勝利に、丘の上の誰もが荒い息をつき、膝に手をついていた。だが、それはあまりに短い休息だった。
丘を包囲する帝国軍は、少しの後退の後にすぐさま体勢を立て直し、第二波、第三波の攻撃準備を整え、再び地を揺るがす鬨の声を上げた。
モディは丘の下に広がる、黒い蟻の群れのような敵の大軍を見下ろすと、疲れたように、しかしその口元には不敵な笑みを浮かべて呟いた。
「さて、第二ラウンドといくか。……夜明けまで、もつといいがな」
絶望的な状況は、何も変わっていない。
夜の闇が戦場に迫る中、私たちは再び武器を構えた。最も長い夜が、始まろうとしていた。
転生者モディ、本領発揮! 彼の「英雄的な行動は取らない」という信条を曲げてまでの緊急参戦、いかがでしたでしょうか!?
チート級の闇魔法:モディの精神攻撃は、戦場を支配する絶望を加速させましたね!彼の冷徹な合理性が、この戦場においては最高の武器となっています。
奇跡のトリオ:モディの指揮、リーンの光の魔力による突破力、マリンの回復魔法という、完璧なパーティ編成が、中央軍の敗残兵たちに希望の光を見せました!この三人の連携が、今後の物語の最重要フラグとなります!
しかし、絶望的な状況は何も変わっていません。包囲は解かれず、夜の闇と共に帝国軍の第二波が迫ります。
最長の夜:モディが言うように、この絶望的な防衛線は夜明けまでもつのか?
師弟対決:そして、平原の別の場所で激突するヘクト団長と“氷熊”ウラジーミル。王国と帝国の最強の盾と矛の戦いの行方は!?
次章、モディが考案する「夜戦の奇策」と、騎士団最強の師匠の真の実力が、ついに明らかになります!
(モディのチートとリーンの活躍に「スカッとした!」と思っていただけたら、ぜひブクマと評価ポイントをお願いします!皆様の応援が、彼らの夜戦の成功率を上げます!)




