第34章 『双頭の蛇の顎』
前章で放たれた「双頭の蛇」の牙は、完璧に帝国軍の側面に突き刺さりました。誰もが勝利を確信したその瞬間、戦場の天才(敵将)は、王国軍の予測を遥かに超える一手を放ちます!
策の破綻:敵の真の狙いは、中央軍の「退路遮断」。王国軍は完全な包囲という、絶望的な状況に追い込まれます。
リーンの危機:戦況の渦中、リーンとマリンの部隊は、パニックに陥った味方と帝国軍の追撃に挟まれ、絶体絶命の窮地に!
その時、高みの見物を決め込んでいた転生者が動きます。
モディは、冷徹な生存戦略を捨て、旧知の仲間を救うため、厄介事と知りながら戦場へ介入!彼の「科学」と「知恵」が、この地獄絵図をどう切り裂くのか!?
そして、ジョウは、最後の希望である師、ヘクト団長に全権を委ねます。愛を捨て、王として覚醒した彼の最終決断が、戦況を再びひっくり返すことができるのか?
絶望的な逆転劇と、転生者の義侠心が交錯する、息を呑む激戦をどうぞお楽しみください!
右翼一万の軍勢が鬨の声を上げ、帝国軍の無防備な側面に雪崩れ込んだその瞬間、パーム平原の戦況の天秤は、決定的にナロ王国へと傾いた。時を同じくして、それまで沈黙を守っていた左翼のバド将軍率いる精鋭部隊もまた、獰猛な牙を剥き、帝国軍のもう一方の側面へと襲いかかる。
「双頭の蛇」の罠は、完璧に完成したかに見えた。
◇
「見たか、シム。見事なものだ」
後方の丘の上から戦場を俯瞰するモディは、まるで盤上の駒の動きを解説するかのように、淡々と呟いた。その瞳には、賞賛も興奮もなく、ただ冷徹な分析の色だけが浮かんでいる。
「ワイドボ卿、といったか。老獪な男だ。中央軍という名の、最も脆く、そして最も犠牲にしやすい駒を切り捨てることで、帝国軍の首魁を釣り上げた。戦術としては満点だろう」
「……ですが、中央であれだけの犠牲が」
シムが、無念さを滲ませた声で応じる。眼下の平原では、今この瞬間も、おびただしい数の王国兵が命を散らしていた。
「それが戦争だ」
モディは短く言い放った。その時、彼の目がわずかに細められる。戦場の流れに、微かな、しかし決定的な違和感を覚えたのだ。
「……ん? なんだ、あの部隊の動きは……」
中央を突破した帝国軍の主力は、王国軍の左右両翼から包囲され、混乱に陥っている。だが、その中にあって、金色の熊の紋章を掲げた一団だけが、統制を一切乱さず、まるで一つの生き物のように動いていた。彼らは前進を止め、驚くべき速度で再編を完了させると、あろうことか、今まさに崩壊しつつある王国軍中央の背後へと回り込み始めたのだ。
「馬鹿な……狙いは左右両翼の分断ではなかったのか? あれは……!」
シムが驚愕の声を上げる。モディは、敵将の真の狙いを瞬時に悟った。
「退路を断つ気だ。中央軍のな」
その部隊の動きは、逃げ惑う敗残兵を殲滅するためのものではなかった。彼らは中央軍が後退してくるであろうルート上に、鉄壁の陣を敷き始めたのだ。退路を完全に遮断し、王国軍中央の数万を、この平原で完全に孤立させ、殲滅するための布陣だった。
「ワイドボ卿の策を逆用しおったか。釣り餌に食いつくフリをして、その餌ごと釣り糸を断ち切る気だ。……面白い手を使う」
モディの口元に、初めて皮肉ではない、純粋な感嘆の笑みが浮かんだ。
◇
私の背後から聞こえてきたのは、味方の反撃の雄叫びではなく、恐怖に満ちた絶叫だった。
「敵が背後に!退路が断たれたぞ!」
「逃げろ!囲まれる!」
振り返ると、信じられない光景が広がっていた。味方であるはずの中央軍が、武器を捨て、我先に後方へと逃げ出している。指揮系統は完全に崩壊。味方の敗走の濁流が、私たちの部隊にまで襲いかかってきた。
「リーン、このままでは犬死によ!」
マリンさんが鬼気迫る表情で叫んだ。
「近くでまだ陣を維持しているのは、ヨード辺境伯の本陣だけ!あそこまで後退して、態勢を立て直すわよ!」
前には帝国軍主力、後ろにはパニックに陥った味方の奔流。功名を立てるという甘い考えは、一瞬で吹き飛んだ。私は唇を噛み締め
「全軍、後退!目標、ヨード伯本陣!」マリンさんの一声に騎士たちは疲れた体に鞭を打った
◇
丘の上から中央軍の全面的な瓦解を眺めていたモディの隣で、シムが息を呑んだ。
「モディ、あれを」
シムが指差す先、混乱の極みにある戦場の只中で、唯一統率を保ったまま後退しようと奮闘している小部隊がいた。王家の紋章旗を掲げた、王国騎士団の部隊だ。その先頭で指揮を執るの茶髪の騎士と、その横で補佐する金髪の騎士の姿を認め、シムの表情が変わる。
「マリン……!?なぜあんなところに」
彼らの部隊は、敗残兵の波に押され、帝国軍の追撃を受け、ヨード伯の本陣にたどり着く前に力尽きるのは時間の問題に見えた。
シムはモディを無言で、しかし強い意志のこもった目で見つめ、再び、孤立した騎士団の部隊を指差した。それは助けに行けという、無言の催促だった。
モディは、その視線を受けて、心の底から面倒くさそうな、今日一番の深いため息をついた。
「……はぁ。厄介事の匂いしかしないんだがな」
しかし、旧知の仲間を見捨てることを是としないシムの、そしておそらくは自分の中にもわずかに残る侠気には勝てなかった。
「分かった、分かったよ。行くぞ、シム。死ぬなよ」
モディとシムは、丘を駆け下りた。高みの見物は終わりだ。二人は、戦乱の渦の中心、ヨード伯の本陣へと向かい始めた。
◇
「報告!中央軍後方に敵の精鋭部隊が出現!退路を断たれ、中央軍、全面的に瓦解し始めております!」
右翼の本陣幕舎に、血相を変えた伝令が駆け込んできた。その報告に、勝利を確信しかけていた副官たちの顔から血の気が引く。
中央軍の全面的な崩壊は、我ら左右両翼の孤立を意味する。双頭の蛇は、自らの胴体を食い破られ、首だけになってしまったのだ。
絶望的な状況。だが、僕の心は不思議と冷静だった。もう失うものは、何もなかったからだ。
僕は静かに立ち上がると、幕舎の外で待機していた最後の予備戦力に目を向けた。その先頭には、僕の登場を待っていたかのように、一人の騎士が静かに佇んでいる。
「殿下、ご命令を」
その声は、この混沌とした戦場にあって、唯一揺るぎない響きを持っていた。僕の師であり、王国の盾である、ヘクト・ヴァルガス団長その人だった。
僕は愛剣を抜き放ち、彼の、そして彼の背後にいる騎士団の精鋭たちに向かって叫んだ。
「ヘクト団長!貴殿に全権を委ねる!何としても中央軍の退路をこじ開けよ!」
「御意!」
短い返事と共に、ヘクトは獰猛な笑みを浮かべた。
戦況は、王国有利から一転、混沌とした大乱戦へと突入した。僕の、そしてナロ王国にとって、最も長い一日が始まろうとしていた。
完璧な策が、敵の天才的な奇策によって裏切られるという、手に汗握る展開でした!
敵将の狙いは見事でしたね。中央軍の退路を断ち、王国軍の「胴体」を食い破る――この絶望的な状況を、どうにか乗り越えなければなりません!
モディの介入:「面倒くさい」と言いつつ、シムの視線と仲間への情に負けて、ついに戦場に降り立ちました!彼の能力と知識は、この大乱戦でどんな規格外の活躍を見せてくれるのか!?次章は、彼のヒーロー的見せ場にご期待ください!
ヘクト団長:ジョウの最後の切り札!彼の「王国の盾」としての実力は、「氷熊」ウラジーミルをも凌ぐのか?彼の獰猛な笑みが、この絶望的な戦況をひっくり返す最重要フラグです!
リーンの運命:彼女はモディに救われるのか、それともヘクト団長の部隊と合流できるのか!?
混沌は、最高のドラマを生み出します!次章、いよいよ最強の男たちの戦いが始まります!
(続きが気になったら、ぜひブクマと評価ポイントをお願いします!皆様の応援が、ジョウ殿下の最後の力を呼び起こします!)




