第33章 『崩れる中央、動く牙』
ついに、八万の兵士が激突する大戦の火蓋が切って落とされました。この章は、静かな対話は終わり、血と泥が舞う戦場の熱狂が全てを支配します!
王太子ジョウが託した「双頭の蛇」の作戦が、中央軍の壊滅という名の大きな犠牲を伴いながら、実行に移されます。
ジョウ:仲間が死んでいく報告を聞きながら「待つ」という、司令官として最も残酷な試練に耐え、覚醒の号令を放つ。
リーン:友の想いと使命を胸に、崩壊する戦場へ決死の突撃を敢行!彼女の初陣の活躍にご注目ください!
モディ:彼は戦場の「理不尽」と「正論」の狭間で、傍観者の立場を貫く。彼の冷徹な生存戦略は、この後の展開にどんな影響を及ぼすのか?
作戦成功の喜びと、犠牲を伴う戦場の現実。そして、ジョウが放つ反撃の狼煙。
運命の転換点となる、この激闘の始まりを、どうぞ見逃しなく!
帝国軍の雄叫びは、天変地異の始まりを告げる地鳴りのようだった。数万の喉から同時に放たれた獣の咆哮は、パーム平原の大気を震わせ、ナロ王国軍の兵士たちの鼓膜と士気を容赦なく打ちのめす。その音を合図に、黒鉄の津波がナロ王国軍の中央へと殺到した。大地そのものが揺れ、空気が鋼と殺意の匂いで満たされていく。
最前線からわずかに後方、ベース伯爵の陣の陰で、モディはその光景を冷徹に、そしてどこか他人事のように観察していた。
「……始まったな」
隣でシムが静かに頷く。彼の表情もまた、この地獄絵図を前にして変わらない。予想通り、諸侯軍の寄せ集めである中央軍は、帝国軍の統率された第一波の猛攻を受け、まるで砂の城のようにいともたやすく瓦解を始めた。
「前進!功名を立てる好機ぞ!」
功に逸ったとある男爵が、命令を無視して手勢を率いて無謀な突撃を敢行し、瞬く間に帝国軍の槍衾に飲み込まれて消える。その美しい刺繍の施された軍旗が、泥の中に無残に踏みにじられていくのが見えた。彼の愚行によって生まれた陣形の穴を埋める者は誰もいない。ヨード辺境伯の怒声が風に乗って聞こえてくるが、一度崩れ始めた指揮系統はもはや機能していなかった。
やがて、モディたちが「護衛」という名目でついていたベース伯爵の部隊にも、帝国軍の精鋭部隊が牙を剥いた。歴戦の強者たちの前では、昨日まで畑を耕していた農民兵など赤子の手をひねるようなものだった。伯爵の旗がなぎ倒され、兵士たちが恐慌状態で武器を捨てて逃げ惑い始める。
「よし、潮時だ。行くぞ、シム」
モディは即座に判断を下した。英雄的な行動は一切取らない。それが、この戦場における彼の生存戦略だった。二人は崩壊するベース伯爵軍の敗残兵に巧みに紛れ込み、混乱を盾にしながら計画通りに後方へと下がり始めた。
(馬鹿正直に踏みとどまる理由はない。むしろ、この混乱は好都合だ。誰が誰だか分かるものか)
後退しながらも、モディの目は冷静に戦況を分析していた。帝国軍の主力が、崩壊した中央の穴へと、面白いように吸い込まれていく。敵は勝利を確信し、深く、あまりに深く進軍してきている。
(奴ら、見事に罠に誘い込まれているな……あとは左右の『牙』がいつ動くか、だ)
モディとシムは、小高い丘の陰にある安全な位置まで後退すると、これから始まるであろう「双頭の蛇」による包囲殲滅戦を、最高の観客席で見届ける体勢を整えた。
◇
「報告!第3部隊、壊滅!」「右翼のノード卿、突出して孤立!」「ヨード辺境伯様より、至急の救援要請!」
後方で待機する私の元へ、血と泥にまみれた伝令兵が次々と駆け込んでくる。前線の状況は直接見えない。だが、津波の後の引き波のように後方へとなだれ込んでくる味方の敗残兵と、彼らの絶叫が、中央軍の絶望的な崩壊という現実を突きつけていた。
(何をしているの!このままでは中央が完全に飲み込まれてしまう!)
焦りが、私の心を焼き始める。待機を命じられている身の、なんと歯がゆいことか。
その時だった。ヨード辺境伯の最後の伝令が、マリンさんの前に力なく転がり込んできた。
「ヒューバ隊長……!中央に開いた最大の破れ口を……何としても、塞いでいただきたい!もはや、頼れるのは貴殿らしか……!」
ついに来た。マリンさんが私へと鋭い視線を向ける。その瞳には、もはや平時の冷静さはなく、戦士としての厳しい光が宿っていた。
「行くわよ、リーン!覚悟はいいわね!」
「――待ってました!」
私は雄叫びを上げ、部隊の先頭に躍り出た。これが、私の初陣。この時のために、私は剣を振るってきたのだ。
味方の敗残兵の濁流に逆らい、帝国軍が殺到する一点を目指して、愛馬の腹を強く蹴る。アドレナリンが全身を駆け巡り、恐怖よりも高揚感が勝っていた。光の魔力が私の肉体を包み込み、力がみなぎる。世界から音が消え、ただ目の前の敵の姿だけが、鮮明に映し出された。
突破口を広げようと前進していた帝国軍の歩兵部隊は、勝利に酔いしれていた。その無防備な側面が、私たちの前に無残に晒されている。
「突撃ーーっ!」
私の号令一下、五百の騎士団が、一本の鋭い槍となって敵陣へと突き刺さった。鋼と鋼がぶつかる衝撃が、私の腕を通して全身に響き渡った。
◇
「殿下、もはや限界です!」「これ以上は中央軍が持ちません!全滅しますぞ!」
右翼の本陣幕舎では、副官たちの悲痛な声が響いていた。次々と舞い込む中央軍壊滅の報に、誰もが焦りの色を隠せない。
だが、僕はただ静かに、地図上の駒の動きを見つめていた。僕の隣では、参謀のワイドボ卿が泰然と構えている。彼の揺るぎない存在だけが、この場の狂騒の中での唯一の錨だった。
「まだです、殿下。蛇が獲物を完全に飲み込むまで……もう少しだけ、ご辛抱を」
仲間が死んでいく報告を聞きながら、ただ耐える。司令官として、最も辛く、そして最も重要な時間だった。僕の指先が、感情を押し殺すように、机の端を強く握りしめている。(耐えろ……僕を信じて死んでいく者たちのために、この一撃を無駄にはできない)
その時、丘の上で見張っていた観測兵が、声を張り上げた。
「報告!帝国軍本隊、中央突破に全力を注いでいる模様!両翼との連携が完全に途絶!進軍速度、わずかに低下!」
ワイドボ卿が、力強く頷いた。
「――今です、殿下!」
僕は、ためらうことなく立ち上がり、幕舎の外に出た。僕の登場を待っていた右翼一万の兵士たちの視線が、一斉に僕に注がれる。彼らの瞳には、不安と、そしてそれを上回る主君への絶対的な信頼が宿っていた。
僕は愛剣を抜き放ち、冬の曇り空へと高く掲げた。その切っ先が、反撃の狼煙だった。
「右翼、全軍前進! 蛇の牙を、今こそ敵の心臓に突き立てよ!」
その号令を合図に、待機していた一万の軍勢が一斉に鬨の声を上げる。それは、劣勢を覆す希望の咆哮だった。大地が震え、ナロ王国の反撃が、今まさに始まった。
熱い! 今回は、小説のスケールが一気に上がり、戦記物としての醍醐味をお届けできたかと思います!
「双頭の蛇」、見事な作戦です!しかし、その成功は中央軍の全滅に近い犠牲の上に成り立っています。
ジョウの覚悟:彼は私情を捨て、王太子として非情な決断を下しました。この経験が、彼を真の支配者へと押し上げるでしょう。
リーンの活躍:敗走する味方の中へ、たった五百で突撃する彼女の姿は、まさに騎士の鑑!彼女の「光の魔力」が戦況をどう変えるのか、次章以降もご期待ください。
モディの行動:「やばくなったら逃げる」という、彼らしい転生者としての生存スキルが発揮されました。しかし、彼がこの後方で「ただ見ているだけ」で終わるはずがありません。彼の冷徹な観察眼が、次の危機を救う鍵となるかも……?
帝国軍の無防備な側面へ、ついに反撃の牙が突き立てられました!次章では、右翼と左翼の逆襲が、戦場をどう塗り替えるのか!?
この熱狂を共有したい! と思っていただけたら、ぜひ(ブックマークと評価ポイントをお願いします!作者のモチベーションが帝国軍を凌駕します!)




