表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
WEB版 転生特典なし、才能も平凡な私が最強の騎士を目指したら、なぜか先に二児の母になっていました。  作者: 品川太朗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/32

第29章 『騎士の休息』

うこそ、第29章『騎士の休息』へ。


この章は、いつもとは少し趣を変えて、リーンの内面に深く踏み込みます。


連戦で疲弊した彼女が、ようやく手に入れた「平穏」。しかし、鎧を脱ぎ、剣を置いたとき、彼女を待ち受けていたのは、戦場よりも厳しい自己との対話でした。


守るべき大義、背負うべき重荷、そして過去に犯した「あの選択」…。静けさの中で、彼の心の奥底に封印していたフラグが、ゆっくりと、しかし確実に立ち始めます。


これは、力を回復するだけの「休息」ではありません。後の物語の展開を大きく左右する、”覚悟”を決めるための最重要チャプターです。


どうぞ、彼女の人間的な弱さと、そこから立ち上がる強い決意を、じっくりとお楽しみください。

王都は、帰還した英雄を温かく、そして少し騒がしく迎えた。

ニア村での一件は、公式には「王太子妃殿下の御身を賊からお守りした」という簡潔な発表に留められたが、その任務を完遂したのが、入団間もない若き女性騎士であるという事実は、人々の好奇心を刺激するには十分だった。

王宮の一室で、リーンは久しぶりに袖を通した儀礼用の正装に、どこか窮屈な思いをしながら主君の前に立っていた。

「リーン・バルガス。この度の任務、誠にご苦労だった」

玉座に座るジョウの声は、王太子としての威厳に満ちていた。だが、その瞳には、友の無事を心から喜ぶ温かい光が宿っている。

「マリン・ヒューバと共に、王太子妃の命を救ったそなたたちの功績は、王国騎士団の歴史に永く刻まれるだろう。よって、ここに多額の褒賞金と、一ヶ月の特別休暇を与えるものとする」

「はっ。もったいないお言葉、痛み入ります」

リーンは深く頭を下げた。同席していたヘクト団長も、満足げに頷いている。

「騎士団の誇りだ。だが、戦士には休息もまた重要な任務だ。これは命令だ、バルガス。故郷で英気を養ってこい」

公式な謁見が終わると、ジョウは玉座から下り、一人の友としてリーンの前に立った。

「本当に、よくやってくれた。感謝している。今は全てを忘れ、ゆっくり休んでくれ。君の帰りを待っている家族がいるだろう」

その優しい言葉に、リーンの胸がチクリと痛んだ。家族。長い間、その存在から目を逸らしていた自分に気づかされる。王都に残り鍛錬を続けたい気持ちもあったが、ジョウの言葉は、騎士ではないもう一人の自分を思い出させた。

「……御意。ありがたく、休暇を拝受いたします」

故郷へ向かう馬車に一人揺られながら、リーンは窓の外に流れる見慣れた景色を、どこかぼんやりと眺めていた。騎士団の制服を脱ぎ、貴族令嬢の動きづらいドレスに身を包んだ自分に、まだ馴染めないでいる。まるで、借り物の服を着ているようだ。

ニア村での出来事が、遠い昔のことのように思い出される。モディの冷徹な瞳、カテナの弱々しい呼吸、そして自分が砕いたオーレ・サイクスの骨の感触。あの死闘は、良くも悪くも自分を大きく変えてしまった。心の鎧は、まだ脱ぎ捨てられそうになかった。

やがて、馬車の窓からバルガス伯爵領の緑豊かな丘が見えてくる。期待と共に、長い間母親・妻としての役目を果たせなかったことへの不安と罪悪感が、じわりと胸に広がってきた。

(子供たちは、私のことを覚えているだろうか……)

(クラウスは、どう思っているだろう……)

戦場で感じた恐怖とは質の違う、冷たい不安がリーンの心を覆った。

屋敷に到着すると、その不安は温かい歓迎によって一瞬でかき消された。

「リーン!おかえりなさい!」

母が涙ぐみながら娘を抱きしめ、父が「我が家の誇りだ」と少し照れくさそうに、しかし誇らしげにその肩を叩いた。

そして、その輪の後ろで静かに微笑んでいた夫のクラウスが、変わらない穏やかな声で言った。

「おかえり、リーン。大変な任務だったね。君が無事で、本当に良かった」

その瞳には、深い理解と安堵が宿っている。彼がこの家を守ってくれていたのだと、リーンは改めて感謝した。

「おかあしゃま!」

足元から聞こえた甲高い声に視線を落とすと、次男のハドリが小さな体でリーンの足に抱きついていた。しかし、少し成長し物心がつき始めた長男リデウスは、母親の顔を覚えてはいるものの、久しぶりの再会に照れてしまい、父クラウスの後ろに隠れてもじもじしている。

リーンは、子供たちの確かな成長を目の当たりにし、胸が締め付けられるような愛しさと、側にいてやれなかった時間の重さを痛感した。彼女は膝をつき、二人を力強く、そして少し震える手で抱きしめた。

「ただいま、リデウス、ハドリ……ただいま」

その声は、英雄と呼ばれた騎士のものではなく、ただの母親のものだった。

子供たちが寝静まった夜、リーンとクラウスは二人きりで寝室のバルコニーにいた。秋の夜風が心地よい。

「子供たちは、君がいない間も、毎日君の話をしていたよ。『おかあさまは、わるいやつとたたかってるんだ』ってね。君は、彼らにとって自慢の母親だ」

クラウスが、領地の平穏な日常を優しく語る。その穏やかな時間に、リーンの心は少しずつ解きほぐされていった。

「少し……怖い思いも、しました」

任務の具体的な内容は伏せつつも、リーンはぽつりと本音を漏らした。クラウスは何も聞かず、ただ「そう。でも、君はこうして帰ってきてくれた。それだけで、私は十分だ」と、彼女の冷えた手をそっと握った。

その温かさが、リーンの心の奥まで染み渡っていくようだった。

クラウスは最近の世間話として、「ルチド殿下のご降嫁は、あまりに急で驚いたな」「東の帝国との交易が滞り、商人が困っているらしい」といった、後の伏線となる情報を何気なく口にする。

リーンはこの穏やかな時間と夫の優しさに触れ、ここが自分の帰るべき場所なのだと再確認していた。

休暇の最後の夜、リーンは眠る子供たちの部屋を訪れた。そこへ、母親が静かに入ってくる。

「リーン」

母は、リーンの功績を誇りに思うと前置きした上で、母としての切実な願いを伝えた。

「お母様は、あなたが騎士であることと同じくらい、この子たちの母親であるという幸せも、忘れないでほしいのです」

眠る子供たちの無垢な寝顔を見ながら、リーンは騎士であることと母親であることの両立の難しさを改めて痛感する。

しかし、彼女の決意は揺るがない。

「分かっています、お母様。……だからこそ、私は戦うんです」

彼女は、子供たちの柔らかな髪を優しく撫でた。

「この子たちが、剣の心配などせず、安心して笑っていられる国を守るために」

守るべき家族の存在が、彼女の騎士としての魂をさらに強く、そして気高くさせていた。

一ヶ月の休暇は、あっという間に過ぎ去った。

屋敷の玄関前で、再び騎士の制服に身を包んだリーンが、家族に別れを告げている。

別れ際に、ずっと照れていた長男のリデウスが、初めて自分からリーンの服の裾を掴み、はっきりとした声で言った。

「おかあさま、いってらっしゃい。……こんどは、はやくかえってきてね」

その言葉を、何よりも大切なお守りのように胸にしまい、リーンは馬車に乗り込んだ。

王都へ向かう車窓から、小さくなっていく家族の姿を見つめながら、彼女の瞳には、ニア村での戦いを乗り越えた自信とは質の違う、母としての、守護者としての、より強く、そして優しい決意の光が宿っていた。

「この幸せを壊すすべてのものを、私は許さない」

家族との交流を経て、彼女の「戦う理由」が、より深く、個人的なものへと昇華された瞬間だった。

第29章『騎士の休息』、お読みいただきありがとうございました!


激しい戦闘の合間に入れた、ちょっとしたお休み回となりました。読者の皆様も、少し息抜きになったでしょうか?


この章で、リーンはただ休んだわけではありません。


彼女の心の中の「あの傷」や、今後の展開に繋がる重要人物との関係性について、いくつかのフラグを撒くことができたかと思います。


「あの時、あの選択をしていればどうなっていたのか?」


彼女が本当に守りたいものとは?



静かなチャプターでしたが、今後の怒涛の展開に向けて、布石を打つことができました。


次章からは、舞台は再び動き出します!この休息で得た新たな力と決意を胸に、主人公はどんな試練に立ち向かうのか?


ぜひ、次回の更新をお楽しみに! (ブクマ・評価ポイントも入れていただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ