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WEB版 転生特典なし、才能も平凡な私が最強の騎士を目指したら、なぜか先に二児の母になっていました。  作者: 品川太朗


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第28章 『ニア村の別れ、そして新たな道へ』

第28章:ニア村の別れ、そして新たな道へ

いつも読んでいただきありがとうございます!


ついにこの時が来ました。王都からの「勅使」がニア村に到着し、モディ・ヌーベル子爵の処遇が決定します。


王太子妃の命を救った「英雄」でありながら、教会から見れば「異端の術者」。ジョウ王太子は、この矛盾した存在に対し、いかなる「答え」を下すのでしょうか。報奨なのか、それとも静かな排除なのか。


そして、その決断は、四人の転生者の運命を決定づけることになります。ニア村での濃密な時間を経て、カテナの恋心、リーンの信頼、そしてモディの覚悟は、どのように結実するのか。


別れの時が迫り、四人がそれぞれ歩む新しい道が示されます。彼らの道のりは、交わるのか、それとも永遠に分かたれるのか――。


感動と決意に満ちた第28章をご覧ください。

オーレ・サイクスとの死闘から数日が過ぎ、ニア村には嵐の後のような、どこか虚脱感を伴った静けさが訪れていた。破壊された応接間の修繕はまだ始まっていなかったが、館の中にはマーサが淹れた薬草茶の穏やかな香りが漂い、人々は張り詰めていた心身を少しずつ日常のぬるま湯に浸し始めていた。

その平穏は、一本の街道から現れた一騎の伝令兵によって、再び緊張の色を帯びた。王家の紋章を掲げたその騎士は、長旅の疲れも滲ませず、馬から降りると真っ直ぐに館へ向かい、護衛隊長であるリーンの前に恭しく跪いた。その手には、ジョウ王太子直々の封蝋印が厳かに輝く一通の親書が捧げられている。

モディの書斎に集まった一同が見守る中、リーンはその封を切った。静かな室内に、乾いた羊皮紙が広げられる音だけが響く。

「……任務、完了です」

一読したリーンが、こらえていた長い息と共に呟いた。

手紙に記されていたのは、簡潔な事実の報告だった。事件の黒幕は特定され、「王家の内々の事情」により厳正に処分されたこと。したがって、王太子妃の護衛任務は完了とし、部隊は速やかに王都へ帰還せよ、と。

「よかった……本当に。これで、カテナ様もようやく王都に帰れるわ」

マリンが心から安堵したように胸を撫で下ろす。だが、その隣でモディとシムは、その「王家の内々の事情」という言葉に、見えない棘が隠されているのを感じ取っていた。法でも軍規でもなく、「家の事情」で全てが処理される。王都の政治とは、そういうものなのだ。それは裁きではなく、隠蔽だ。二人は何も言わず、ただ静かに顔を見合わせるだけで、その冷徹な現実を共有していた。

王都への帰還が決まった日の午後、すっかり血色も良くなったカテナは、深呼吸を一つして自室を出た。これから、命の恩人へ、最後の挨拶に向かうのだ。王太子妃としてではなく、ただの自分として。

彼女は一人で、モディの仕事小屋を訪れた。薬草の匂いが満ちるその場所で、モディは顕微鏡のような魔道具を覗き込んでいる。壁に貼られた動物の解剖図や、棚に並ぶ無数の瓶。およそ貴族令嬢のいるべき場所ではない。だが、この雑然とした空間こそが、自分の命を救ってくれた彼の聖域なのだと思うと、カテナは不思議な親しみを覚えた。

「モディ」

カテナの穏やかな声に、モディは顔を上げた。

「……妃殿下。もうお体の具合はよろしいのですか」

「はい。あなたのおかげで、すっかり。本当に……ありがとうございました」

カテナは、貴族の令嬢として完璧な、深い一礼をした。だが、顔を上げた彼女の瞳には、儀礼的な感謝以上の、熱を帯びた真摯な想いが宿っていた。

「ここで過ごした日々は、わたくしにとって忘れることのできない時間です。王宮でのどの時間よりも、自分が確かに『生きている』と実感できました」

その言葉は、彼の医学知識や魔法ではなく、彼が守るこの村の空気そのものへの感謝だった。モディは少しだけ気まずそうに視線を逸らす。その不器用な反応に、カテナは小さな勇気を得た。

彼女は一歩前に出ると、彼の瞳を真っ直ぐに見つめて問いかける。

「わたくし、また、この村に来てもよろしいでしょうか? あなたに……会いに」

それは、王太子妃という立場をかなぐり捨てた、一人の女性としての、精一杯の言葉だった。

モディはその真摯な好意に真正面から射抜かれ、一瞬、言葉に詰まった。しかし、彼はすぐにいつもの皮肉屋な仮面を被り直す。

「王太子妃殿下が、こんな辺鄙な村に何度も足を運ぶものではありません。領民が恐縮しますので、お控えいただきたい」

わざと突き放すような、冷たい口調。カテナはその言葉に少しだけ胸が痛み、寂しそうに微笑んだ。だが、彼の耳が微かに赤く染まっているのを、彼女は見逃さなかった。

「……そうですわね。ご迷惑でしたら、仕方ありませんわ」

彼女は悪戯っぽく微笑み、彼の不器用な優しさごと、その答えをそっと心にしまった。

翌朝、ニア村の入り口は出立の準備で慌ただしかった。秋の終わりの冷たい風が、色づいた木の葉を舞わせている。部隊の馬を最終確認していたリーンの元へ、モディが歩み寄ってきた。

リーンは彼の前に立つと、背筋を伸ばし、騎士として最も丁寧な礼と共に深く頭を下げた。

「あなたのおかげで、私は友の命と、騎士としての誇りを守ることができました。この御恩は、生涯忘れません」

その声に、偽りや誇張は一切なかった。

モディは腕を組み、ふんと鼻を鳴らす。

「俺は俺の村と、俺の患者を守っただけだ。そもそも、お前たちが厄介事を持ち込んだせいでもある」

憎まれ口は健在だった。だが、馬に跨ろうとするリーンの背中に、彼は不器用な、しかし真心のこもった言葉を投げかけた。

「……リーン」

呼び止められ、振り返った彼女の目に、少しだけ照れたような、それでいて真剣なモディの顔が映る。

「お前は、お前が思っている以上に強い騎士だ。……師匠に、よろしく伝えておけ」

それは、転生者としてではなく、この世界に生きる一人の領主から、一人の騎士への、最大の賛辞だった。

リーンは驚きに目を見開き、一瞬、何を言われたのか分からないという顔をした。だが、その言葉の意味が心に染み渡るにつれ、彼女の表情がぱっと華やぐ。それは、どんな褒賞よりも嬉しい言葉だった。

彼女は、これ以上ないほどの晴れやかな笑顔で、力強く答えた。

「はい!」

一行を乗せた馬車が、ゆっくりと王都への道を進んでいく。

窓から、カテナは名残惜しそうにモディの姿を瞳に焼き付け、リーンは決意を新たにした顔で真っ直ぐに前を見据えていた。

やがて一行の姿が丘の向こうに消え、ニア村にいつもの静けさが戻る。

隣に立つシムが、ぽつりと呟いた。

「……本当に、よろしかったのですか? あなたの知識があれば、王都で彼らと共に、もっと大きなことを成し遂げられたはずです」

モディは、遠ざかる一行が向かう王都の方角を静かに見つめていた。その視線は、やがてさらに東の、まだ見ぬ地平線へと移っていく。彼の脳裏には、前世で知った歴史の大きな流れが、この世界の未来と重なって見えていた。

「俺の戦場はここだ。……それに、嵐はまだ終わっていない」

彼の声は、冬の始まりを告げる風のように、静かで冷徹だった。

「むしろ、本当の嵐は、これから来るのかもしれん」


第28章をお読みいただきありがとうございました。


ニア村での滞在は終わりを告げ、ついに四人の転生者たちはそれぞれの場所へと戻っていくことになりましたね。


ジョウ王太子が下したモディへの最終的な判断は、彼の治世の哲学を示すものであり、非常に重い意味を持っています。モディはニア村に留まる道を選びましたが、その立場は「辺境の子爵」から「王家と秘密の契約を結んだ協力者」へと根本的に変化しました。


そして、カテナの揺るぎない恋心、リーンの絶対的な信頼、そしてシムの忠誠が、王都と辺境を結ぶ新たな絆となりました。肉体的、そして精神的な危機を乗り越えた彼らが、これからどのような新しい課題に直面するのか。


物語の舞台は、再び王都の政治へと移ります。ニア村で得た異端の知識を、ジョウは王政にどう活かすのか。そして、王都に戻ったカテナとリーンの日常に、どのような波風が立つのか。


次回からは、王都を舞台にした新たな展開が始まります!どうぞご期待ください!


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