第24章 『奇妙な誓約』
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前回、モディが提案した**「俺への愛で敵の洗脳をブロックする」という奇策。誇り高い騎士であるリーンとシムにとって、それは最大の屈辱でした。しかし、トリスタン卿の悲劇と、カテナの命のために、彼らはついに「愛の洗脳ワクチン」**を受け入れることを決断します。
儀式は終わり、館には奇妙な変化が訪れます。リーンはモディの指示に絶対服従、シムの警戒心は消え、マリンは以前にも増して陽気にモディをからかうように。
その異常な光景を、ただ一人、術の外から見つめる者がいました――カテナ王太子妃です。命を救われたモディへの恋心を自覚し始めた彼女の胸に、皆の変貌はチリチリとした嫉妬の炎となって燃え上がります。
そして、敵の斥候が村に潜んでいることが発覚。モディは受動的な防御を捨て、仲間を「餌」にするという危険すぎるカウンター作戦を仕掛けます。
王太子妃の嫉妬と、命を懸けた罠が交錯する第十二章をご覧ください!
「……奴に洗脳される前に、俺がお前たちを洗脳する」
モディから放たれた言葉に、リーンとシムは絶句した。たっぷり数秒の間を置いて、意味を理解したリーンの顔がさっと赤くなる。
「じょ、冗談じゃありません!なぜ、そのような屈辱的な手段を取らねばならないのですか!」
「左様。騎士の誇りを、自ら捨てることなどできん」
シムもまた、普段の冷静さをかなぐり捨て、明確な拒絶を示した。彼らの矜持が、主君でもない相手に精神を預けることを許さなかった。
だが、モディは心底嫌そうな顔を崩さないまま、冷然と言い放った。
「敵の精神操作は、お前たちの『忠誠心』や『正義感』そのものを利用する。理性的で真面目な者ほど、その術理にはまりやすい。現にトリスタン卿がそうだっただろう」
その言葉に、二人はぐっと息を詰まらせる。
「だが俺の術は、そうした理屈を飛び越える。ただ一点、『モディ・ヌーベルを決して裏切らない』という単純な制約を魂に刻むだけだ。これは洗脳というより、敵のウイルスからお前たちの精神を守るための、強力なワクチンだと思え」
モディは二人を真っ直ぐに見据えた。
「お前たちの誇りと、カテナの命、どちらが重い?」
それは、反論の余地のない問いだった。
「……合理的ですわ。トリスタン卿の二の舞は、私もごめんですもの」
黙って話を聞いていたマリンの冷静な一言が、最後の쐐(くさび)となった。リーンとシムは顔を見合わせると、まるで毒でも飲むかのように、屈辱に顔を歪ませながら、小さく頷いた。
その日の午後、館の談話室で、奇妙な儀式が執り行われた。
モディが、リーン、シム、マリン、そして館に残ってくれた侍女たち一人一人の額に順番に指を触れ、短い呪文を唱えていく。術をかけられる側は皆、なんとも言えない気まずさと恥ずかしさに、固く目をつぶったり、顔を背けたりしていた。
「……よし、終わった」
全員への処置を終えたモディが告げると、その場はさらに居心地の悪い沈黙に包まれた。
術の後、彼らに劇的な変化はなかった。だが、その効果は日常の些細な瞬間に、確実に現れ始めた。
以前のリーンであれば、モディの作戦計画に何かしらの意見や改善案を口にしただろう。しかし、今の彼女は彼の指示に一切の疑念を抱かず、「承知いたしました」と完璧な信頼を寄せて即座に行動に移る。
歴戦の騎士であるシムは、常に周囲の人間への警戒を怠らないのが癖だった。だが、モディに対してだけ、その警戒心が綺麗さっぱり働かないことに、言いようのない違和感を覚えていた。
マリンに至っては、「なんだか悔しいですけど、子爵様がいると妙な安心感がありますわね」などと、以前にも増してモディをからかうようになった。
そして、その館の雰囲気の奇妙な変化を、ただ一人、術の外から見つめている者がいた。
カテナである。
体調が回復し、ベッドの上で過ごす時間が増えた彼女は、皆の、特に女性たちのモディに対する態度が変わったことに気づいていた。
(……リーンの様子が、なんだかおかしい)
以前はモディに反発することもあった彼女が、今では彼の言葉に無条件で頷き、その横顔をどこか信頼しきった、熱っぽい目で見つめているように、カテナには見えた。マリンや侍女たちまでもが、やたらとモディの世話を焼き、彼と話す時に楽しそうにしている。
モディへの恋心をはっきりと自覚し始めていたカテナにとって、その光景は面白くなかった。
(皆、ただ感謝しているだけ……そうに決まっているわ)
頭では分かろうとしても、心では焦りと、チリチリとした嫉妬が渦巻き始める。
(一番近くで助けてもらったのは、私なのに……)
まだベッドから自由に出られないもどかしさも相まって、彼女は一人、シーツの端をきゅっと握りしめた。
誓約から数日が経過したある日、村から小さな異変の報告がもたらされた。村はずれの家の飼い犬が、森に向かって一晩中吠え続けていた。森へ入った猟師が、誰かにつけられているような気配を感じて逃げ帰ってきた。
ただ事ではないと判断したシムとリーンが、村の狩人達を連れ森の調査に向かった。そこで彼らが発見したのは、獣のものではない、明らかに人間の、それも足跡をほとんど残さない手練れの痕跡だった。
痕跡は館の方向をうかがうように付けられ、そして忽然と消えている。
「敵は次の大襲撃を待つのではなく、既に斥候か、あるいは単独行動可能な暗殺者を送り込み、我々を監視しています」
館に戻った二人の報告に、一同の間に緊張が走った。
「監視されているということは、こちらの動きも『見せられる』ということだ」
その夜の作戦会議で、モディは言った。
「受け身でいるのは終わりだ。敵の監視を利用して、『罠』を仕掛ける」
敵の暗殺者が最も狙いやすい「隙」を意図的に作り出し、そこへおびき寄せて叩く。その危険すぎる「餌」の役に、リーンが静かに手を挙げた。
「私がやります。護衛隊長として、それが私の役目です」
彼女はモ-ディを見つめて言った。
「私が単独で警備の巡回ルートを外れ、森に一人で入っていく。敵が私を無力化、あるいは洗脳しようと接触してきたところを、皆さんで仕留めてください」
その言葉に嘘や虚勢はなかった。モディは、誓約の術を通して、リーンの瞳に宿る恐怖や不安だけでなく、それを上回る「モディたち仲間が必ず助けてくれる」という、絶対的な信頼を感じ取っていた。
彼は静かに頷いた。
「……分かった。作戦を決行する」
受動的に援軍を「待ち」続ける時間は終わった。
彼らは、見えざる敵を狩り出すため、仲間を餌にするという危険な罠を仕掛ける覚悟を決めた。
「愛のワクチン」の効果と、嫉妬の炎
今回は、モディの奇策が実際に実行されるという、ある意味で最もコミカルかつ緊迫した回でしたね!
リーンとシムの真剣な戸惑いと、術後の無意識の信頼の描写はいかがでしたでしょうか?彼らの誇りは守られたとはいえ、モディに対して絶対的な信頼を寄せている姿は、第三者から見ると少し滑稽で異常です。
そして、その異常さを唯一感じ取り、そして嫉妬という強烈な感情を覚醒させたのが、療養中のカテナ王太子妃です。モディが救う側から、王太子妃の恋心と嫉妬の対象になったことで、四人の関係性はまた一段と複雑化しそうです。
物語は一気に動き出します。
敵の監視を逆手に取り、リーンが単独で森へ入るという、モディの作戦はあまりにも危険です。
彼女の精神は「愛のワクチン」で守られていますが、肉体的な危機は変わりません。
孤独な騎士を狙う闇の暗殺者。そして、闇の中に待ち受けるモディたち狩人。
次回、「リーン、単独潜入」。決死の罠が仕掛けられた森で、何が起こるのでしょうか?どうぞご期待ください!
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