第22章 『残された呪い』
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前話の密室の死闘は、リーン、シム、マリン、モディの連携によって辛くも勝利を収めました。しかし、敵の逃走と、壁に空いた巨大な風穴が示すように、残されたのは重い後始末と最悪の真実でした。
モディの**「修繕費は王家持ちだろうな?」という現実的なボヤキから始まる今回。疲労困憊の一行を待っていたのは、安堵の後の精神的な重圧**でした。
味方の騎士が、狂気に陥る洗脳を受けていたという悲劇。
王家最後の砦である近衛騎士団内部に、敵の内通者がいるという、足元を揺るがす事実。
王都に戻ることも、この村に留まることもできない完全な手詰まり。一行は、全てをジョウ王太子に託す最後の手段に出ます。
緊迫の報告は王都に何を齎すのか?そして、ジョウの決断は?
剣戟の嵐が去った後の静寂は、まるで耳を塞がれたかのような不自然さで部屋を支配していた。硝煙と木屑、そして微かな血の匂いが混じり合った空気が、肺と思考を重くする。
その静寂を破ったのは、扉口から聞こえた短い悲鳴だった。
「ひっ……! こ、これは……なんという……」
そこに立っていたのは、マーサとカテナの侍女たちだった。夜着の上から慌てて肩掛けを羽織っただけの彼女達は、凄まじい騒ぎを聞きつけ、恐る恐る様子を見に来たのだろう。だが、その目に映ったのは、もはや客室とは呼べないほどの惨状だった。
壁には巨大な風穴が開き、調度品は無残に砕け散り、床には得体の知れない男たちが転がっている。彼女はわなわなと震え、大切にしていたらしい花瓶が木っ端微塵になっているのを見つけると、顔を覆った。
モディは、まず何よりも先にカテナのベッドへと向かった。その寝顔に血の気はあり、呼吸も穏やかだ。深く強力な眠りの魔法が、彼女を悪夢から守り抜いたらしい。最大の懸念が解消されたことに、一行は無言のまま安堵の息を漏らす。
モディは侍女達にカテナの事を任す。
その直後、張り詰めていた緊張の糸が切れたように、モディの体がぐらりと傾いだ。彼は壁に手をついて辛うじて倒れるのを堪え、その場にがっくりと膝を折る。肩の傷の痛みと、仲間を、そして守るべき対象を失いかねなかった精神的疲労が、一気に全身を鉛の重さで満たしていく。
荒れ果てた自らの館を見渡し、彼は頭痛をこらえるようにこめかみを押さえた。そして、近くで警戒を続けていたシムに聞こえるように、あるいは自分自身に言い聞かせるように、心の底から疲れた声でぼそりと呟いた。
「……この修繕費、王家は払ってくれるだろうな?」
「今はそれどころではありますまい」
冷静なシムの返答に、モディはそれ以上何も言わなかった。マリンがすぐに駆け寄り、彼の肩の治療を開始する。
その間も、リーンは床に倒れたトリスタン卿の傍らから動けずにいた。友の寝息を確認し、命があることに安堵しながらも、「自分の手で同僚を戦闘不能にした」という事実は、冷たい棘のように彼女の胸に突き刺さったままだった。
意識を失った騎士たちを地下の食料貯蔵庫へ拘束して運び込み、一行はモディの書斎に集まっていた。蝋燭の灯りが、それぞれの疲れた顔を陰影深く照らし出す。
軍議、というにはあまりに全員が消耗していたが、現状を放置するわけにはいかない。
モディが口火を切った。
「敵の主犯格……暗殺者は、俺と同じ闇魔法の使い手だ。加えて、相当な手練れだった。騎士たちの洗脳は、単なる命令魔法ではない。忠誠心や正義感といった、心の隙間に付け入る悪質な精神操作の類だろう」
「はい。あの三名は、いずれも王家への忠誠心が人一倍強い、実直な者たちです」
リーンが力なく同意する。彼らの美徳が悪用されたのだと思うと、腸が煮え繰り返る思いだった。
「それと、子爵様の傷ですが……治療の際に微量の毒素を検出しました。即効性のものではありませんが、じわじわと治癒を阻害する、厄介な毒です」
マリンの報告が、敵の周到さをさらに裏付けた。
闇魔法、精神操作、毒。そして王都の近衛騎士団の内情と、個々の騎士の性質への深い理解。そこから導き出される結論は一つだった。
近衛の中に、裏切り者がいる。
重苦しい沈黙が、書斎に落ちた。
近衛騎士団は、王家を守る最後の砦。その中に敵の内通者がいるという事実は、彼らが今立っている地面そのものが、足元から崩れ去っていくような感覚をもたらした。
「……王都には、戻れません」
最初に口を開いたのはリーンだった。護衛隊長としての責任感が、彼女の声に硬い響きを与えていた。
「今の状況で帰還すれば、誰が味方で誰が敵か判別できません。カテナを危険に晒すだけです」
「だが、ここに留まるのも限界だ」
モディが、リーンの言葉を引き取る。
「敵は我々の居場所を完全に把握している。今回は撃退できたが、次はもっと大規模な部隊で来るかもしれん。この村と、我々だけの戦力ではいずれ押し切られる」
王都に戻るも地獄、この村に留まるも地獄。一行は完全に行き詰っていた。
しばらくの沈黙の後、シムが静かに口を開いた。
「……我々だけで判断すべき問題ではありますまい。ここは、ジョウ王太子殿下にご報告し、ご指示を仰ぐべきかと」
その言葉に、全員の顔が上がった。そうだ、彼らにはまだ、信頼できる主君がいる。
「殿下に、援軍を送っていただくか、あるいは我々を帰還させていただくか、ご決断いただくのだ」
「……そうですね。それが最善です」
リーンが頷き、方針は決まった。
その前に、少しでも多くの情報が必要だ。一行は唯一の情報源であるトリスタン卿を尋問するため、地下貯蔵庫へと向かった。
マリンの回復魔法で目覚めたトリスタン卿は、しかし正気に戻ることはなかった。
「なぜだ!妃殿下をあの悪人からお救いしなければならなかったのに!ああ、私には、忠義が……!」
襲撃失敗時に発動するよう仕掛けられた「罪悪感で狂気に陥る」術が、彼の精神を蝕んでいた。
「トリスタン卿!誰に唆された!」
リーンの悲痛な叫びに、狂乱状態のトリスタンが一瞬だけ、何かを伝えようとするかのように虚空を見つめた。
「信じていたんだ……近衛の、仲間だったんだ……だから、俺は……」
だが、それが限界だった。彼は意味のない言葉を絶叫し始め、やがて完全に理性を失い、ただ壁を見つめるだけの人形と化した。
書斎に戻った一行の表情は、さらに硬くなっていた。
黒幕の正体は掴めなかった。だが、「近衛の仲間」が手引きしたという最悪の事実だけは確定した。
モディはペンを取り、極めて簡潔に、手紙を書き始める。
内容はこうだ。
『闇魔法を使う暗殺者の襲撃あり、妃殿下ご無事。しかし、近衛内部に同調者あり。当方、ニア村にて待機中。今後の行動について、至急ご指示を請う』
確定した最悪の事実と、ジョウへの報告
今回は、戦闘後の心理的な重さと情報の整理に焦点を当てた回でした。
モディの負傷(治癒阻害毒!)や、狂気に陥ったトリスタン卿の姿を通じて、黒の聖者の手口の悪質さが浮き彫りになりましたね。そして、トリスタン卿の最後の言葉から**「近衛の仲間が裏切った」**という、王国を揺るがす最悪の事実が確定しました。
モディたちの行動指針は、ジョウ王太子への全権委任に決まりました。
しかし、モディが書いた手紙の文面は非常に簡潔です。この情報だけでは、王都で政争の渦中にあるジョウが、この**「辺境の村からの突飛な報告」**をどう受け止めるのか、予断を許しません。
次話では、王都のジョウ視点に戻り、彼の苦悩と決断が描かれます。
信頼していた近衛の裏切り、病に伏す妃、そして頼りにする友人からの緊急報告。王太子の決断が、四人の運命、ひいては王国の未来を決めます!
次回、**「王太子の決断」**にどうぞご期待ください!
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