第21章 『招かれざる同僚』
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カテナの手術後の平穏な夜は、王都からの暗殺者、黒の聖者によって打ち破られました。モディが絶体絶命の危機に瀕したその瞬間、隣室の壁を破って現れたのは、怒りに燃えるリーンとシム!
しかし、戦闘は予期せぬ展開を迎えます。敵の中に操られた元同僚の騎士の姿を見つけたリーンは、一瞬の躊躇を見せます。その致命的な迷いを救ったのは、壁を隔てて待機していた第三の援軍、マリンでした!
モディの負傷を癒やす回復魔法と、敵の足元を奪う氷の魔法。マリンの的確な後方支援が、戦いの天秤を一気に傾けます。
四人の命懸けの連携が、暗殺者チームを追い詰める!果たしてこの死闘の結末は?
地を這うような低い声が、粉塵の舞う室内に響き渡った。
「……モディさんから、離れろ」
破壊された壁の向こう、月明かりを背負って立つ二つの影。寝間着代わりの簡素なシュミーズ姿のリーンと、同じく寝間着の胸をはだけさせ、義足に仕込んだ剣を抜き放ったシム。
その姿は、およそ歴戦の騎士とは言い難い無防備なものだった。しかし、二人から放たれる気配は、安息の巣を荒らされ、仲間を傷つけられた獣のそれに酷似していた。純粋で、危険な怒りの光が、その瞳には宿っている。
予期せぬ方向からの、それも壁を破壊してまでの乱入。
闇に生きる暗殺者――黒の聖者の表情が、初めて驚愕に凍り付いた。廊下と窓は警戒していた。だが、まさか隣室の、それも護衛対象のすぐ傍から増援が現れるとは。計算の埒外にある事態だった。
その僅かな硬直を、手練れた男が見逃すはずがない。
「……助かる」
短く呟き、肩で息をしていたモディが動く。リーンの言葉が、戦いの再開を告げる号砲となった。
膠着は破れた。黒の聖者が舌打ちと共に体勢を立て直すより早く、二つの影が動く。リーンは最も近くにいた騎士――その顔に気づかぬまま、ただ敵として認識し、踏み込んだ。シムは老練な動きで床を蹴り、別の騎士へと襲いかかる。
モディもまた、傷の痛みを意思で捻じ伏せ、残る一人と黒の聖者を同時に牽制する。
狭い寝室は、再び剣戟の嵐に見舞われた。
キィン、と甲高い金属音が響き、リーンの剣が相手の騎士のそれと激しく打ち合わされる。体格では劣る。しかし、純粋な剣の技量ではリーンが上回っていた。数合打ち合った末、リーンは相手の剣を巧みに受け流し、がら空きになった胴体へと必殺の一撃を叩き込もうと、深く踏み込んだ。
月光が、開いた窓から差し込む。銀の光が、騎士の素顔を照らし出した。
その顔を見て、リーンの剣は寸前で凍り付く。
「……トリスタン卿!? なぜ!」
見間違えるはずもなかった。王都の騎士団で、共に訓練に励んだこともある同僚の顔だった。誠実で、正義感の強い男。そんな彼が、なぜ。
リーンの呼びかけに、トリスタン卿は一切応えない。その瞳には、かつて宿っていたはずの理性の光はなく、ただ命令のままに敵を排除しようとする、人形のような殺意だけが揺らめいていた。
味方だったはずの相手。その事実に、リーンの剣が、心が、一瞬ためらう。
その致命的な隙を、操られた騎士は見逃さない。
「ぐっ……!」
トリスタン卿の剣が、獣のような唸りを上げてリーンに襲いかかる。動揺から反応が遅れたリーンは、防戦一方に陥ってしまった。
その状況を、黒の聖者との斬り結びの合間に見て取ったモディが、叱咤に近い叫びを上げた。
「リーン、殺すな! 奴らは操られているだけだ! 意識を奪え!」
その言葉は、混乱するリーンの耳に辛うじて届いた。
そうだ、殺してはいけない。彼らは被害者なのだ。目的は「殺害」から「無力化」へ。頭では理解できた。だが、手加減をして屈強な騎士を制圧するのは、全力で倒すよりも遥かに難しい。
「くっ……トリスタン卿、目を覚ましてください!」
リーンは剣の腹を使い、相手を打ち据えようとするが、殺意に満ちた剣戟の前になかなか決定打を与えられない。シムもまた、老練な剣技で相手をいなしつつも、命を奪わずに戦闘能力だけを奪うという至難の業に苦戦を強いられていた。彼の相手もまた、見知った顔だったのかもしれない。
リーンとシムが二人の騎士に足止めされている。その間に、最大の障害を排除する。
黒の聖者の判断は迅速かつ的確だった。
モディへの圧力が、再び増していく。先の奇襲で負った肩の傷が、じわじわと彼の体力を奪っていく。闇魔法で幻覚を見せようとするが、同じ闇の使い手である黒の聖者には効果が薄い。
一歩、また一歩と後退させられ、ついに彼の背中はカテナが眠るベッドのフレームに触れた。
黒の聖者の刃が、モディの体勢が崩れた好機を逃さず、がら空きになった首筋めがけて振り下ろされる。
(……ここまで、か)
絶体絶命。モディの脳裏に、一瞬だけカテナの顔が浮かんだ。
その時だった。
破壊された壁の穴からではなく、静かに開かれた扉から、新たな人影が滑り込んできた。
「シム! 子爵様!」
マリンだった。彼女は室内の惨状――傷を負うモディ、暴れる味方の騎士、そして黒幕たる暗殺者の存在を一瞬で把握する。
だが、ヒーラーである彼女は、無謀な突撃はしない。最も効果的な後方支援を、即座に実行した。
「!」
モディの肩が、淡い緑の光に包まれる。遠隔での回復魔法。熱を持っていた傷の痛みがすっと引き、出血が止まる。力が、腕にみなぎる感覚。
「――させん!」
モディの剣が、死線の上で黒の聖者の刃を弾き返した。
驚きに目を見開く暗殺者。だが、マリンの援護はそれだけでは終わらない。
彼女は床に片手を触れると、短く魔法を詠唱した。次の瞬間、黒の聖者と洗脳された騎士たちの足元に、瞬時にして薄い氷の膜が張り巡らされる。
「なにっ!?」
予期せぬ妨害に、鉄の具足を履いた騎士たちの足が滑り、体勢が大きく崩れた。
その千載一遇の好機を、手練れの騎士たちが見逃すはずがなかった。
傷が癒え、敵の足元が乱れたことで、戦いの天秤は一気に、そして決定的に傾いた。
体勢を立て直したモディが、今度は攻勢に転じて黒の聖者を牽制する。
「リーン、シム! 今だ!」
その声に、二人が動く。足元を滑らせ、動きが鈍った騎士たちに、もはや容赦はなかった。シムが体当たりで一人の体勢を崩し、そのがら空きの後頭部へ、リーンの剣の柄が的確に叩き込まれる。ぐらり、と巨体が揺れ、トリスタン卿は白目を剥いて床に崩れ落ちた。
もう一人も、シムが巧みに足を払って転倒させ、その延髄に手刀を打ち込んで沈黙させる。
形成は、一瞬にして四対一へと逆転した。
床に転がる無力化された手駒と、自分を取り囲む四人の手強い敵を交互に見比べ、黒の聖者は作戦の完全な失敗を悟った。
彼は躊躇なく懐から黒い水晶のようなものを取り出すと、それを床に叩きつける。
「!」
次の瞬間、部屋全体が目も眩むほどの閃光と、恐怖を直接脳に叩き込むようなおぞましい幻影に包まれた。
「うっ……!」
「ぐああっ!」
四人が一瞬怯んだ、その僅かな隙。黒の聖者は割れた窓から身を翻し、夜の闇へと姿を消した。
閃光と幻が消え去った後には、破壊し尽くされた部屋と、意識を失った同僚の騎士たち、そして傷を負い、荒い息をつくモディ、リーン、シム、マリンの四人だけが残されていた。
敵は去った。カテナは守り抜いた。
しかし、誰の口からも勝利を喜ぶ言葉は出なかった。暗殺者の正体も、目的も、黒幕の存在も、全てが謎のままだった。
一行は呆然と立ち尽くす。ただ不気味な謎と、床に転がる味方の姿だけが、鉛のように重く心にのしかかっていた。
勝利の立役者と、残された謎
今回は、息もつかせぬ寝室での密室バトルでした!
モディ、リーン、シム、そしてマリンという最強の「守り」チームが誕生した瞬間でもあります。特に、回復魔法と氷の魔法という予期せぬ形で戦況を一変させたマリンの活躍は、まさに勝利の決め手でしたね!彼女こそが、この戦いの影の立役者です。
しかし、この戦いで、リーンとシムは**「殺さずに無力化する」**という、騎士として最も難しい課題に直面しました。操られた仲間への情と、戦場での非情な決断。この経験は、彼らの今後の戦い方に大きな影響を与えるでしょう。
そして何より、黒の聖者は逃走しました。彼が残した謎の幻影魔法、そして床に転がる洗脳された同僚騎士たち。王都の陰謀は、この辺境の村でまだ終わっていません。
次話では、この事件の黒幕(ルチド殿下)と、逃げ延びた黒の聖者の行方を追います。モディたちの取る次なる一手は?
次回もどうぞご期待ください!
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