第20章『芽生えと囁き』
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カテナの手術が成功し、ニア村で静かに回復の時を過ごす彼女とモディ。その平穏は、王都で兄への嫉妬と憎悪に歪むルチド殿下によって、無残にも破られます。
再度の暗殺の命を受けた黒の聖者は、洗脳した騎士を操り、最も無防備な夜を狙ってモディを襲撃!
モディは一人、眠るカテナを背に、闇魔法と三人の敵を相手に絶体絶命の防戦を強いられます。
しかし、その危機を救ったのは、壁を破って飛び込んできた二つの影でした。
「モディさんから、離れろ」――親友を傷つけられたリーンの怒りと、主を狙われたシムの剣が、暗殺者たちに牙を剥きます!
寝室という密室で始まった死闘の幕開けをご覧ください!
王都の一角、人目を忍ぶように建てられた離宮の一室。そこには、香油の甘い香りと、澱んだ憎悪が渦巻いていた。
「あの女……病で死ぬかと思っていたのに、しぶといこと」
絹の長椅子に身を預けながら、ルチド殿下は忌々しげに呟く。その美しい顔は、兄を奪われたという嫉妬の炎で歪んでいた。
「サグンテ市での私の計画も失敗に終わり、今度も生き延びて兄上の傍に戻ってくるなど……許せませんわ」
彼女の前に跪く、黒衣の男――黒の聖者。その足元に、金貨が詰まった重い革袋が投げ捨てられる。
「今度こそ、息の根を止めなさい。あの汚らわしい辺境の村へ行き、あの女が決して王都に戻れぬようにするのです」
黒の聖者は静かに袋を手に取り、深く一礼した。
「御意のままに、姫殿下」
その瞳には、金への欲望だけでなく、サグンテ市での失態を雪辱するという暗い決意が宿っていた。
◇
王都で渦巻く殺意など知るよしもなく、ニア村には手術後の穏やかな時間が流れていた。
手術から数週間が経ち、カテナの回復は目覚ましかった。まだベッドの上で過ごす時間がほとんどだったが、顔色も戻り、今では冗談を言ってリーンをからかう気力さえある。
昼下がり、療養するカテナの部屋の扉がノックされ、モディが盆に乗せた椀を手に現れた。その独特の匂いに、カテナは思わず顔をしかめる。
「まあ、またその泥のスープですの…?」
「良薬は口に苦し、だ。文句を言わずに飲め」
ぶっきらぼうに椀を差し出すモディに、カテナは悪戯っぽく微笑んでみせた。
「……あなたが、飲ませてくださるなら」
一瞬、モディの動きが止まる。だが、彼は小さく息をつくと、観念したようにベッド脇の椅子に腰掛け、匙でスープをすくった。
「……ほら、口を開けろ」
そのぶっきらぼうな口調とは裏腹に、匙を運ぶ彼の手つきは驚くほど優しかった。カテナは素直に口を開き、やはり不味いスープを飲み込む。その間、彼女はモディの横顔をじっと見つめていた。
(この人は……)
目の前の男は、皮肉屋で、何を考えているかわからない少年領主。けれど、今、自分のために匙を運ぶその横顔は、ただひたすらにカテナの回復だけを願う、真摯な男のものだった。自分の命を救うために、その腹の内にまで触れた手。そのことを思うと、感謝や尊敬だけでは説明のつかない熱い想いが、カテナの胸に込み上げてくる。心臓が、甘く、そして少しだけ痛い音を立てた。
◇
その日の午後、リーンは村の警備配置図を手に、モディの書斎を訪れていた。
「失礼します。……モディさん、少しよろしいですか?」
彼女が発した「モディさん」という呼び方に、書物から顔を上げたモディがわずかに眉を動かす。
「警備の新しい交代表を考えたのですが、あなたはこの土地に一番詳しい。何か見落としがないか、意見を聞かせていただけませんか?」
リーンの瞳には、かつてのような警戒心や対抗心はなく、純粋な信頼が宿っていた。手術での彼の姿を見て以来、彼女の中でモディは「得体の知れない転生者」から「頼れる協力者」へと変わっていたのだ。
「……見せてみろ」
モディは地図を受け取ると、鋭い目でそれに目を通し、いくつかの点を指さした。
「この見張り塔は、森の死角が多すぎる。川向こうの丘の上に移せ。それと、夜間の巡回は二人一組ではなく、三人一組にしろ。効率は落ちるが、何かあった時の対処が早い」
的確で、一切の無駄がない助言。リーンは彼の言葉を地図に書き込みながら、強く頷いた。この男になら、カテナの命を、そして部下たちの命を預けられる。彼女はそう確信していた。
◇
夜。村の警備詰所で、二人の騎士が焚火にあたっていた。そこへ、王都からの使者を名乗る男が近づいてくる。
「ご苦労。妃殿下をお守りする皆様の忠誠心、王太子殿下に代わり感謝申し上げる」
男――黒の聖者は、労いの言葉と共に、騎士の一人(特に正義感が強く、職務に忠実な男だった)に声を潜めた。
「だが、君は本当に気づいていないのか?あの子爵が、妃殿下を薬と術で籠絡し、その御心を意のままにしようとしていることに……」
「なっ…!何を馬鹿なことを!」
「では聞くが、妃殿下は毎夜、あの子爵の魔法で無理やり眠らされてはいないか?昼間はあの男の手ずから、怪しげな薬を飲まされてはいないか?」
囁きに合わせ、黒の聖者は闇魔法を微かに放ち、騎士の心にある小さな疑念や不安を、黒い憎悪へと増幅させていく。
「子爵は妃殿下を救った英雄などではない。妃殿下を己の欲望の虜にする、王家への反逆者だ。真の忠義とは何か、今こそ示す時ではないのか?」
騎士の瞳から理性の光が消え、狂信的な正義の炎が宿る。
「……妃殿下を、お救いせねば……!」
◇
その夜、カテナが療養する寝室でのことだった。
「少し疲れたようだな。回復には深い休息が必要だ」
モディはそう言うと、カテナの額にそっと手を触れ、彼女を魔法で穏やかな眠りへと誘った。そして、いつものように眠るカテナの脈を取り、傷の具合を診察し始める。
その静寂を破ったのは、背後から音もなく振り下ろされた、裏切りの刃だった。
だが、その刃がモディの体に達することはなかった。
モディは、騎士が部屋に入ってきた時から、憎悪と殺意に歪んだ異常な感情の波動を読み取っていた。振り下ろされる剣を、半身を捻って紙一重で回避する。
「ちっ……」
物陰に潜んでいた黒の聖者は、最初の奇襲が防がれたことに舌打ちするが、即座に次の手を打った。
「――やれ」
その合図と共に、彼自身が闇から躍り出てモディに襲いかかり、さらに廊下から洗脳済みの騎士2名が部屋になだれ込んできた。状況は一瞬にして、モディ一人 対 黒の聖者と騎士3名という絶望的な構図に変わる。
「ぐっ……!」
モディは眠るカテナのベッドを背に、圧倒的な数の不利の中で防戦を強いられる。闇魔法で幻覚を見せ、一瞬の隙を作るが、すぐに立て直した敵にジリジリと追い詰められていく。
「ぐっ……!」
モディは眠るカテナのベッドを背に、圧倒的な数の不利の中で防戦を強いられる。闇魔法で幻覚を見せ、一瞬の隙を作るが、すぐに立て直した敵にジリジリと追い詰められていく。黒の聖者の刃が、モディの肩を浅く切り裂いた。絶体絶命。
その瞬間だった。
ゴォッッ!!!
カテナが療養する寝室の壁が、内側から凄まじい轟音と共に爆ぜ飛んだ。
木片と漆喰の破片が嵐のように部屋中に舞う。何事かと、黒の聖者と洗脳された騎士たちの動きが一瞬止まる。
粉塵の向こう、破壊された壁の穴から現れたのは二つの影。
一人は、寝間着代わりの簡素なシュミーズ姿のまま、愛剣を構えたリーン。その隣には、同じく寝間着姿で、義足に仕込まれた剣を抜き放ったシムが立っていた。
二人はカテナの護衛のため、隣室で共に休んでいたのだ。しかし、壁越しに伝わる微かな金属音と殺気を、その超人的な感覚で察知し、扉を探す時間すら惜しんで壁ごと突入してきたのである。
寝起きの乱れた髪、無防備な寝間着姿。しかし、その瞳に宿るのは、仲間を傷つけられた獣のような、純粋で危険な怒りの光だった。
「……モディさんから、離れろ」
リーンの地を這うような低い声が響く。
その乱入者を前に、黒の聖者の表情が初めて驚愕に凍り付いた。
寝室という狭い空間で、味方と敵が入り乱れる死闘の幕が、今、切って落とされた。
モディの危機と、最速の援軍
今回は、ルチド殿下の執念が引き起こした最大の危機と、それを壁を破って駆けつけたリーン&シムの最強コンビが救う、興奮の展開でした!
特に、扉を開ける時間すら惜しんで壁ごと突っ込むリーンの怒りと、義足に仕込んだ剣を抜き放つシムの忠誠、この二人の戦闘への突入シーンは、熱量が凄まじいですね!
モディは命の恩人であり、リーンの大切な協力者、そしてシムの主です。この**「モディ奪還チーム」**が、黒の聖者とその手下を相手に、どのように立ち回るのかが見どころです。
リーン: 騎士としての成長と、モディに教わった魔力コントロールを実戦でどう使うのか?
シム: 元騎士団精鋭としての、純粋な剣技が炸裂するのか?
黒の聖者: 彼の持つ闇魔法と、モディの前世の知識がぶつかり合うのか?
狭い寝室での命を賭けた死闘は、次話で決着を迎えます。どうぞご期待ください!
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