第11章『城塞の真実』
史上最速の騎士、リーン・バルガスのファーストステップは、護衛対象の失踪という、最悪の形で始まりました。
私は自分の傲慢さを悔い、城塞の闇に蠢く陰謀に立ち向かうことになりました。
そして今、事件は決着を見ました。
リム・タッカ隊長の悪事が暴かれ、モディ・ヌーベル子爵とシム・グーンの濡れ衣が晴れる。
まるで、嵐が去った後のように、すべてが収束したかに見えます。
しかし、私の心には新たな疑問が湧き上がっていました。
ニア村。
モディ・ヌーベル。
そして、私の師である**「先生」**との繋がり。
王太子妃を救った彼は、本当にただの貧乏子爵なのか?
なぜ、私の人生の転換点には、いつも**「先生」の痕跡があり、そして今、彼の選んだ道がモディ・ヌーベル**に行き着くのか?
直感が囁きます。
彼こそが、この転生者たちの物語に隠された、最後のピースなのではないかと。
これは、陰謀を乗り越えた騎士が、運命の真相を確かめるために旅立つ物語。
「ニア村」を舞台に、物語は新たな核心へと踏み込みます。
サグンテ城の一室は、牢獄と呼ぶには簡素で、客室と呼ぶには殺風景だった。窓には鉄格子がはめられ、扉の外には見張りの兵士が立っている。狂言誘拐の主犯という濡れ衣を着せられたモディ・ヌーベルとシム・グーンが通されたのは、この部屋だった。
「さて、どうしたものかな」
腕を縛られたまま、壁に背を預けたモディが退屈そうに呟く。隣に座るシムは、黙して語らない。その瞳は、ただ冷徹に己の置かれた状況を分析しているかのようだった。
扉が乱暴に開け放たれ、リム・タッカが数人の部下を引き連れて入ってくる。その顔には、獲物を見つけた捕食者のような、歪んだ笑みが浮かんでいた。
「よう、貧乏子爵様に落ちぶれた元騎士殿。くだらん芝居の筋書きは、もう考えついたか?」
タッカはモディの目の前に立つと、見下すように言った。その傍らで、マリンが苦虫を噛み潰したような顔で立っている。
「タッカ隊長。彼らは王太子妃様を救った可能性がある者です。このような扱いは……」
「黙れ、マリン! こいつらは、その功績を盾に王家から金品をせしめようと企んだ卑劣漢だ! 俺の判断に口を挟むな!」
タッカの一喝に、マリンは唇を噛み締め、悔しそうに俯いた。
モディはそんな彼らのやり取りを冷めた目で見ると、静かに口を開いた。
「タッカ殿、でしたかな。いくつか確認したい。我々を拘束する根拠は? 狂言誘拐だという証拠はどこに?」
「証拠だと? 貴様らのような胡散臭い連中が、絶妙なタイミングで王太子妃様を『発見』した。それだけで十分な状況証拠だ!」
「なるほど。あなたの捜査では、偶然や幸運はすべて計画的な犯行と見なされるようだ。実に合理的で素晴らしい。ところで、本物の誘拐犯が装備していた近衛の鎧については、もう調査されたのかな?」
モディの淡々とした指摘に、タッカの表情がわずかに引きつる。
「……それは、貴様らが用意した偽物だろう」
「ほう。あれが偽物だと、もう鑑定が終わったのか。仕事が早い。それならば、本物の近衛兵の中に共犯者がいないかどうかの調査も、すでに完了しているのだろうな?」
まるで尋問官のように問い詰めるモディに、タッカは答えに窮し、苛立ちを隠せない。その様子を、シムはじっと観察していた。かつての上官。戦場では頼れる指揮官だったはずの男が、今は小物のように狼狽えている。一体、何が彼を変えたのか。あるいは、これが彼の本性だったのか。
シムの胸に、かつての戦場で感じた、ある疑念が蘇っていた。
その頃、城の豪華な一室では、ジョウが苦悩の表情で報告を聞いていた。
「――王太子妃様は無事保護されました。薬で眠らされていたようで、幸いにもお怪我はございません。ですが、誘拐時の記憶は曖昧で、救出者の顔も見ていない、と」
「そうか……。それで、救出したのは誰なのだ?」
「それが…現場の騎士団からの報告では、ニア村のモディ・ヌーベル子爵という者とその従者とのこと。しかし、タッカ隊長は彼らを狂言誘拐の犯人として拘束したと……報告に食い違いが」
傍らで話を聞いていたリーンは、その地名に息を呑んだ。
(ニア村……どこかで聞いた名だわ。そうだ、先生がかつて死線を彷徨ったという、あの……!)
「恩人であるはずの人を犯人扱いするなんて、一体どうなってるんですか!」
「落ち着け、リーン」
ジョウは冷静に制したが、その胸中もまた疑念で渦巻いていた。タッカの報告は、あまりに強引で、自分たちの手柄を誇張しているように聞こえたのだ。
ジョウは立ち上がると、控えていた近衛兵に命じた。
「オーレ・サイクスを呼べ」
すぐに現れたサイクスに、ジョウは静かに、しかし有無を言わせぬ口調で告げる。
「サイクス卿。リム・タッカ隊長の動きから、決して目を離すな。奴が誰と会い、何を話しているか、些細なことでもすべて私に報告しろ。それから、王太子妃を救出したというモディ・ヌーベル子爵。彼が何者なのかも、詳しく洗っておけ」
「……はっ。御意に」
サイクスの返事には、騎士団への不信と、王太子からの密命を受けた緊張が入り混じっていた。
夜の闇が城を包み込み、喧騒が静寂へと変わる頃、事件は再び動き出した。
裏通路の冷たい石畳を、一つの足音が響かせる。リム・タッカは、人払いをしたシムの独房へと一人向かっていた。
「よぉ、シム。昔話をしようと思ってな」
鉄格子の向こう側で横たわっていたシムは、ゆっくりと身を起こした。その目は、タッカの真意を探るように鋭く光っている。
「昔話、ですか」
「ああ。覚えてるか? 5年前の帝国との小競り合い。あの時、俺もお前も死にかけた。俺は、部隊の補給金を使い込んで博打で負けていてな……。このままじゃ軍法会議ものだった」
タッカは、まるで他人の話をするかのように、楽しげに語り始めた。
「だが、幸運にも敵の奇襲があった。俺は補給部隊が襲われ、金も燃えたと報告した。生き残ったのは、俺と、瀕死のお前だけ。お前が正直に報告すれば、俺は終わりだった」
「……あなたは、あの時、見殺しにされた味方を助けず、証拠の隠滅を優先した」
シムの声は、氷のように冷たかった。
「そうだ。そしてお前も、俺の嘘に口裏を合わせた。おかげで俺は英雄になり、お前は騎士の職を失わずに済んだ。持ちつ持れつだろう?」
タッカは独房の鍵を開け、中へと足を踏み入れた。「だが、お前のような過去の亡霊に、俺の輝かしい未来を邪魔されてたまるか。この事件の混乱に乗じて死んでもらおうか」
タッカが剣を抜いた瞬間、シムも動いた。縛られていた縄を壁の突起にこすりつけ、一瞬で断ち切ると、身を翻してタッカの斬撃を躱す。
「やはり、あなたが黒幕でしたか」
「気づくのが遅いんだよ!」
激しい剣戟が、静かな独房に響き渡る。かつて背中を預け合った戦友は、今や殺意をぶつけ合う敵となっていた。タッカの剣技は鋭いが、その太刀筋には焦りが見える。対するシムは、義足であることを感じさせない体捌きで、冷静に攻撃を捌き続ける。
壁際に追い詰められ、万事休すかと思われた瞬間、シムは不敵に笑った。
「モディに感謝することですね。あなたの知らない武器を与えてくれた」
「何!?」
シムが義足に力を込める。その刹那、義足の踵から隠されていた刃が「ジャキン!」という金属音と共に飛び出し、がら空きになったタッカの腹を深々と貫いた。
「な……ぜ……義足に……剣が……」
タッカは、信じられないものを見る目で己の腹を見下ろし、そのまま崩れ落ちた。
物音を聞きつけて駆けつけたマリンと、牢を抜け出してきたモディが見たのは、血の海の中に静かに佇むシムと、その足元で絶命しているタッカの姿だった。
事件の真相は、すぐにジョウの知るところとなった。タッカがすべての黒幕であり、シムの行動は正当防衛――その裁定に、異を唱える者はいなかった。
翌日、モディとシムへの疑いは完全に晴れた。ジョウからは公式な面会と褒賞の打診があったが、モディは「辺境の小貴族には過ぎた話。それに、領地での急ぎの用事を思い出しましたので」と、丁重に、しかし断固としてそれを固辞した。
サグンテ市の騒動にうんざりした二人は、解放されるやいなや、足早に帰路についた。
去りゆく馬車の中で、シムが問う。
「よかったのですか? 王太子殿下と繋がりを持つ良い機会だったと思いますが」
モディは窓の外に流れる景色を見ながら、肩をすくめた。
「王都の連中と関わると、ろくな事にならん。それより、早く村に帰ってマーサの飯が食いたい」
その言葉に、シムは小さく微笑んだ。
一方で、王都への帰還準備を進めるジョウたちの間では、新たな議題が持ち上がっていた。
静養を終え、ようやく落ち着きを取り戻したカテナが、ジョウに熱心に訴えかけていたのだ。
「結局、わたくしを救ってくださったというヌーベル子爵には、お礼も申し上げられませんでしたわ。恩人知らずだと思われてしまったら、どうしましょう……」
「いや、彼はそう思うような男ではないだろうが……」
「いいえ、なりません! わたくし、その方にぜひ直接お礼を申し上げたいのです。ニア村とは、一体どのような場所なのでしょう?」
その会話を、リーンは息を詰めて聞いていた。
(ニア村……先生が命を救われた場所。そして、その村の領主がモディ・ヌーベル……。騎士への憧れも、ジョウやカテナとの再会も、私の人生の大きな岐路には、いつも先生がいた。その先生が、騎士の道を捨ててまで選んだ男……。なぜ? まさか、彼こそが、私たちの運命に関わる最後の……4人目なの?)
点と点が繋がり、一つの信じがたい可能性が、リーンの頭の中で確信へと変わっていく。
彼女はカテナの言葉に、力強く、そして目を輝かせて賛同した。
「行きましょう、ジョウ、カテナ! ニア村へ!」
「リーン?」
「私も、そのモディ・ヌーベルという人に会ってみたい。……いいえ、会って、確かめなければならないことがあるの!」
リーンの力強い宣言が、次なる旅の始まりを告げていた。
タッカ隊長の企みが暴かれ、モディとシムへの誤解も晴れました。
しかし、この事件は、リーンにとっての新たな疑問を残しました。
モディ・ヌーベル子爵と、彼女の師である**「先生」**との関係です。
「ニア村へ!」
リーンが確信した**「4人目」の存在。
この直感を信じて、王太子一行は辺境の村**へと向かいます。
果たして、モディ・ヌーベルとは何者なのか?
彼もまた、リーンたちと同じ転生者なのでしょうか?
次話からは、舞台を**「ニア村」**へと移し、転生者たちの運命の糸が、ついに一本へと繋がるかもしれません。
今回の事件で失った名誉の回復と、運命の真相の解明。
二つの目的を胸に、リーンは新たな旅へと挑みます。
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