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桜花 散りかひくもれ 老いらくの 来むといふなる 道まがふがに

作者: 藤原丹後

拙稿『The Outsider ~規矩行い尽くすべからず~』の41話・42話を1つの短編として改稿してみました。

 市立科学館のプラネタリウム最終プログラムに間に合った。

 数ヶ月前に全館リニューアルされたことは知っていたが、1人だと来ることもなかっただろう。


 少し時間に余裕があったので、惑星や銀河系といった基本的な天文知識をマヤに説明しながら、館内を見て回る。何故か楽器も陳列されていたが、マヤの世界の楽器とは似ているけれど同じものではないらしい。


「これは、どうしてここにあるのでしょう?」

 マヤが不思議そうに尋ねる。


「確かに。楽器にも意味があるのだろうけれど、ここで何を伝えたかったのかはわからないね」

 真剣に理由を考え込むマヤの様子が可笑しくて思わず笑みがこぼれた。


 ちなみに館内でのマヤのお気に入りは、平面台の下にある花をライティングと鏡の組み合わせで台上に浮かんでいる様に見せかけている仕掛けだった。

 花に触ろうと、何度も手を伸ばし空振りを繰り返す姿がなんとも愛らしい。声を掛けないと1日中続けていたかもしれない。


 俺は、核分裂連鎖反応シミュレーションをピンポン球で模擬実験できる装置がよくできているなと思った。


 最終プログラムがはじまる時間になったのでプラネタリウムに向かう。

 平日なので人は少ない。できるだけ四方の壁から離れている席に座る。

 照明が徐々に暗くなり、スクリーンに今日最終のプログラムが投影される。

 数十年振りに訪れたプラネタリウム。まどろむような心地よさに包まれながら、星々の美しさに感動した。






 寝てる? 室内に証明が戻り、館内アナウンスは閉館時間になったことを告げている。

「マヤ?」


「はいっ!」

 元気のいい声が返ってくる。


「退屈だったかな?」


「そんなことはありません。こういった柔らかな椅子に包まれることも、見慣れた満天の星をただ見続けるために、素敵な音楽を聴きながら長い時間を費やすという、とても贅沢な経験も、これまで1度もありませんでしたし、夜空一杯の星々のことをこれまでは漫然と見ていましたが、こんなに星々が美しいとは全く思っておりませんでした。今日は素晴らしい場所に連れてきてくださったことをとても感謝しています」


 プラネタリウムのリラックス効果というやつかな。不満があるようには見えない。マヤの嬉しそうな顔を見ていると心が温かくなるのを感じた。

 学芸員がさっきからこっちを見ているし、そろそろ退室しないと何か言われそう。




 駐車場へと歩いて行きながら、いちおうの確認として聞いておく。

「夕食をすましてから帰る? 何時までには戻らなければいけないといった門限みたいなものはあるの?」


「ありません! おいしいものが食べたいです!」


 ……まぁ俺も、子供の頃は親戚と外出したら飯をおごってもらって当然と思っていたか。

 さて自分から話をふったのだが困ったな。月に2度行く店には連れて行きたくない。月に1度の店でも店員はいつも1人で食いにくる俺のことを覚えているだろう。何よりも夕方にランチはやっていない。この時間でできるだけ安くすますことができて、つ後日1人でランチに行ったときに店員からチラチラとこないだのは誰という視線を受けないですむ店。

 あの店にするか。車をとめる場所がうっとうしいが。


 目当ての店に着いた。もうちょっと遅い時間だと、この道の奥は未成年女子を連れ歩けば間違いなく私服警官か防犯協会の者に呼びとめられることになる。


 ここのうどん屋には天ぷらを食べに月1で来ているが、店の雰囲気的に店員が友達感覚で話しかけてくることはない。と思う。

 ちなみに川を越えた向こう岸の蕎麦屋には月1でかつ丼を食べに行っている。

 ついでに言うとそこから更に先に行ったところの焼き鳥屋。2年間程、真夏にも月1で通っている。昼はラーメンしか出していないが、俺はその店で焼き鳥を食べたことがない。


 マヤは店外に設置してある食品サンプルを見て驚いていた。それはロウや樹脂に色を付けているだけで食べられないと教えてあげたら更に驚かせることになった。

 何を食べるか悩んでいるマヤに寿司はやめておいた方がいいよと言ってあげたら、俺は何を食べるのかと聞いてきたので天ぷら定食を指さした。同じものでいいとようやく決めてくれたので店内へ。


 俺の予想通り、運ばれてきたどんぶりの大きさにマヤは3度目の驚きをみせてくれた。

 無理に全部を食べなくていいと言っておいたのに、マヤが完食できたので逆に俺も驚かされた。



 食事を終え駐車場に戻る。車の助手席に座るマヤにシートベルト着用をウナガす。


 よくよく考えてみれば、3等星ぐらいまでしか見えない現代日本の都市住民と、異世界人であるマヤの世界では、プラネタリウムで星を見ても感じ方が違うのかもしれない。

 門限がないというマヤの言葉を信じて、俺は寄り道をすることにした。


 府庁有料駐車場に車をとめる。大手門前にあるので目的の庭園に向かうのに都合が良い。


 近年のこの時間では日本人より外国人の方が多いのだが、4月上旬という時期なので会社帰りの日本人もそれなりに多い。

 思っていたより人が多いので、車からおりてきたマヤと手をつなぎ大手門へ向かう。


「ここは日本の首都なのでしょうか?」

 水堀と石垣を見てマヤは振り向くと俺に聞いてきた。


「重要な都市であることは間違いないけれど、首都と今の大阪城を関連付けて聞かれると、ものすごく説明しづらい」

 豊臣大坂城ができたときは実質的な日本の首都だが、徳川大坂城は豊臣大坂城より一回り大きく造られていても徳川大坂城時代には日本の首都ではなかったし、戦後の鉄骨鉄筋コンクリ大阪城の天守は豊臣大坂城を念頭に造られているが縄張りは徳川大坂城のままだなんていう説明は誰も望んでいないだろう。


「どういうことでしょう?」

 機嫌が良いのかマヤは可愛らしく首をカシげて俺の返事を待っている。


「これぐらいの城は日本各地にあるし、惣構ソウガマエの大きさや高石垣と、その土地の重要性は必ずしも一致しないよ」


 なんとなくマヤに伊賀上野城や丸亀城の高石垣を見せてあげたいなと思った。

 そういえば日本の石垣は花崗岩や安山岩といった火成岩が使われることが多い(砂岩が使われている城もある)けれど、欧州の城壁は加工のしヤスい砂岩が主(花崗岩が使われている城もある)らしい。

 マヤの住む地方ではどういう石が使われているのだろうか。


「但馬さん。お城の側を車で通りすぎる際から気になっていたのですけれど、灯りを当てた満開の花の下に座って飲食をされている方たちは、何故そのようなことをなされておられるのでしょうか?」


「あぁあれは花見という日本独特の風習。何故かは誰も知らない」


「誰も理由を知らないのですか? まだ肌寒いですし、もう少し暖かくなってからでは駄目なのですか?」


「その頃のあの樹は花を落として葉っぱを茂らしているから意味がない」


「先程但馬さんは誰も理由を知らない風習だとオッシャっていましたよ。意味とはどういうことでしょうか?」


「あそこで酒を飲んで騒いでいる連中や、マヤが今後出会う日本人に花見の理由を聞いても、誰もまともに説明できず、昔から桜の花が咲いたら皆がやっているとしか答えないと思う。でも俺は意味があると思っている。その違い。俺が思っていることを話しても、それが正しいことの証明はできないからマヤを後々混乱させることになる」


「聞かせて欲しいです!」


 大手門を過ぎると西の丸庭園まで間がない。庭園に着く頃には話終えているのだろうか。

「最初は関係ない話をしていると思うかも知れないけれど、長い話になるよ?」


「聞かせて欲しいです!」


「今から150年位前に日本に来たイギリス人が書き残した言葉だけれど『何処の国でも春は美しい、しかし日本の春は何処の国よりも遥かに美しい』と記している。春だけではなくて日本の秋の紅葉も何処の国よりも美しいと今では言われているけれどね」


「秋の紅葉がですか?」

 マヤは不思議そうな顔をした。


「日本の植生は豊かだから。諸外国では紅葉する樹の種類はタカが知れている。日本の紅葉する樹の種類は諸外国より多い。外国で見られる広大な地域の紅葉は初見では圧倒されても、しばらく見ていれば色の単調さに飽きてしまう。でも日本の紅葉は少しずつ色が違うから見続けても飽きない。秋になれば俺の言っていることの意味がマヤにもわかるよ」


「秋……ですか」

 マヤは顔を少し下に向けて残念そうな声をだす。


 俺は気がつかないふりをして話を続ける。

「で、昔の人は考えた。春に梅や桃や桜が美しく山々を飾り、秋には全山が赤や黄で染め上がるのは何故だろうかと」


「何故ですか?」


「そこに人知を超えた神のような存在を感じたのだと思う」


「神? ですか?」


「日本には八百万ヤオヨロズの神々が御座オワすからね。あぁちゃんと翻訳できているかな、八百万ヤオヨロズというのは数えきれない程多いという意味だよ」


「何か不思議な感じがします」


「まぁ日本人の宗教観は独特だからね。四季はそれぞれが美しいけれど、地震や大風や大雨が人々の営みを無情に破壊していく。だから物は壊れるもの。年古トシフりて壊れない物があるのであれば、それは魂が宿った常ならざる物なのだ。だから残ると考えてしまう。大きな岩が壊れもせずに何時迄も残っていれば、神がその岩に降りてくるからだと簡単に信仰の対象にしてしまう」


「なんだかわからなくなってきました」

 マヤは混乱している。


「1つの民族が長い時間をかけて醸成してきたことを異なる文化圏の者が短い言葉で全てを理解することは難しいよね。最初の質問の答えは、冬の間深山幽谷に行かれた神々を出迎えるために、草木は美しく自身を飾り立て、人々は神々をお迎えするために酒や普段食べている物より良い物を捧げることで人里に降りてきてくれた神々を歓待する。秋には神々をお見送りするために山が染め上がり、人々は賑やかな秋祭りを挙行し、春には又人里に戻ってきてくださいとお願いする。秋祭りと花見の本来の意義は神々を送り迎えする宗教行事だと俺は考えている」


「何故日本の神々は冬には山奥に行かれるのですか?」


「……無理に理由付けするのであれば、神々がいないから冬は過ごしニクく、自然はアザやかな色を失うのだと昔の人は考えたんじゃないの、順番が違うよ、春と秋に自然が華やぐ理由が先にあるから、冬にも神々が人里にいるのであれば、春と秋の説明ができなくなる」


「そういうものなのでしょうか?」


「俺はそういうものだと考えている。花を見ることも、有志の一団が花を見に行くことも、日本に限らずどこの国でもあることだと思う。日本の文献には中世以前に花見をするのは貴族のような支配階級の特権だったと書いてあるものもあるけれど、庶民の暮らしが数多く語られるようになったのは近世以降のことだし、戦乱期や寒冷期に庶民がこぞって花見をしていたなんていう事態は異常だと思う。ああやって満開の花の下で飲み食いし春を祝うことに階級は関係ないし、そういうことをする文化があるのはこっちの世界で日本だけということが、日本の特異な宗教観の現れだと俺は考えている。最初に言ったが俺の考えは色々な民俗学徒のごった煮であって、特定の誰かの説ではないし、他の日本人に俺の話をしても、誰も同意はしてくれないと思うよ」


 話していると西の丸庭園に着いた。昔は午後四時半以降の入園は無料だったと思うのだけれど、さすがにナイター営業中はこの時間でも有料だ。


 マヤは目の前にソビえ立つライトアップされた巨大な大阪城に賛嘆サンタンの声をあげ、天守を見上げ楽しそうに眺めている。風に舞う桜の花びらを見つめながら、少し切なげな表情を浮かべる。

 頭上には今を盛りと咲き揃う満開の桜。

 一陣の風が通り過ぎ桜の花びらが宙を舞う。

 飛んでいく花びらを名残惜ナゴリオしそうに眺めおえたマヤはこちらを振り向き、後ろから見守っている俺を見て微笑む。

 同じ時間に同じ場所にいて同じものを見て同じことを思う。マヤとの経験の共有は後何回重ねることができるのだろうか。

 空には数えられる程度しかない星がマタタいていた。

 俺はふとプラネタリウムで見たばかりの降るような星空を想像する。


 幻想的な全天に広がる星々。

 ライトに照らされた満開の花。

 それらを合わせた光景をこの目で見ることが叶うなら、俺のつまらない人生も生き続けてきた意味がある。




 そう思った。

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