雨音が嫌いです
雨音が嫌いです。
私の部屋は二階で、雨音がとても強く響いてくるので、そんな夜は眠っていても目を覚ましてしまう時があります。
日中の雨であっても、とにかく耳に入ってくる音が集中力も人の声もかき乱すせいで、好きではありません。
けど、昔はそこまで雨音を嫌いだと思ったことはないんです。
きっかけは、ある雨の日の事でした。
―――ざああぁ
―――ざああぁ
―――ざああぁ
あの日は少し暑くて、雨の日だから蒸してて寝つきも悪くて。
けどエアコンのリモコンが遠くて、取りに行くのも面倒で、目を閉じていれば勝手に眠くなるだろうって思ったんです。
目を閉じたら、元々真っ暗な室内も見ずに真っ暗闇の瞼の裏で、だからこそ耳にばかり意識が集中するんです。
そうなると、余計に雨音がうるさく感じて、何度も寝返りをうちました。
寝返りの間合いを見誤って、壁に激突するまで続き、ぶつけた側頭部と肩を抑えながら未だに来ない睡魔を待っていました。
いっそ、このうるさい雨音をASMRにでも見立てて子守歌にしてやろうかと、逆に耳を澄ませてみました。
―――ざああぁ
―――ざああぁ
―――ざああぁ
深いな音に変わりはなく、どことなく規則的な雨音を聞いていました。
こんなに大量に降るなら、一回でどばっと降ってくれたら静かでいいのにと思いつつも、風も無いのか、バケツをひっくり返したようなという言葉が合う雨は、床に就く前から止みません。。
ここ連日はずっと、どこから来ているのかも分からないくらいの豪雨が続き、私は軽い睡眠不足です。
週末の最後、明日の朝は早いからと、どうにかして眠ろうとする私の努力もむなしく、耳に入る雨音は激しさを増しているようにすら感じます。
―――ざああぁ
―――ざあぁぁ
―――ざああぁ
嫌いな雨音で軽いストレスを感じつつ、耳に入る雨音に少しだけ違和感がありました。
それは些細な、しかし確かな違和感。
雨の中を何かが動いているような気がする。
―――ざああぁ
―――ざああぁ
―――ざあぁぁ
普通、雨の中を動いているような音なんて聞こえません。
聞こえない筈。
しかし、雨が当たっている音の位置が動いているような気がするんです。
風で降る向きが変わっているかもと思いましたが、近づいたり遠ざかったり、その場所がある事が次第に明確になっていきました。
人が外にいる?そんな疑問と芯を刺すような恐怖感が体を襲い、動悸がして更に眠気は吹き飛びました。
―――ざあああ
―――ざあああ
―――ざあああ
雨の音が更に激しくなって、家鳴りのような音が激しくなってきて、今にも家が倒壊するのではないかというほど、激しい雨が降ってきました。
先ほどの、雨音から来る気配のようなものは感じません。
しかし、落ち着くと同時にうるさい雨音に嫌気がしてきました。
夜目で少しだけ薄ぼんやりとした時計の針は、1時だか2時だかを指していて、暗い部屋の中は他に何も見えないまま、再び目を閉じました。
―――ざああああ
――――ざあああ
―――ざあああ
目を閉じてしまうと、耳に集中してしまうため、また雨音が鳴り響くことに。
煩すぎて、目を開けたまま眠ってやろうかとも思いましたが、流石にそのような器用なことはできません。
ざあざあと聞こえる雨音で、他にはなにも聞こえない中で先ほどと同じ、外の気配に気づきました。
――――ざあああああぁ
―――ざああぁぁぁ
――――‐ざああぁ
もう、それを気のせいとすることはできませんでした。
屋根に当たる雨の音。窓の外の手すりに当たる雨の音。硬質な音の中にある、人に当たったような雨の音。
それが、一定に降っている雨の中、窓の外側を動いている。
動物じゃないのはすぐにわかりました。
私の部屋は二階で、窓の外に動物が動き回れるようなところはありません。
ずっとそれだけが疑問でした。
意味が分からないまま、どうにかしないといけないという焦燥感から、もう起きたまま朝を迎える覚悟を決めて、部屋の電気をつけようとしました。
しかし、私の体はベッドから出られません、指すら動かせないほど、強力な金縛りでした。
目の、視線だけが動かせて、息をするのも忘れたまま、部屋の中をできる範囲で見渡しました。
しかし、何も見当たらず、そのまま数分が経過し……
――ざああぁ
――――ざあああぁぁ
――――ぁああああ
数分が経過したのか、数秒しか経っていないのか。
もう数時間もこうしているような気さえしました。
大きく見開かれた両目は乾くことも無く、秒針の無い時計は動いているかも分かりません。
―――――ざああああぁ
――――ざああああ
――ざああぁ
暗闇に慣れていくはずの視界が、徐々に暗くなっていきました。
それに比例するように、雨音は、雨音の中の何かは部屋の近くに、窓のすぐ外に来ているように感じました。
耳から来る恐怖。時間の感覚。暗くなっていく視界。
その全てが私を責め立てているように感じ、鈍い肌から汗が滝のように噴き出ている気がしました。
―――ざああああぁ
―――ざああぁ
―――ざぁ
―――――――ぁあああああざああああああざざざあああぁぁぁあああざあああああああああざあざああああぁぁあああああざああああああざああああああざざざあああぁぁぁあああざああ
入ってきた
雨が床に当たるような音は聞こえません。しかし、窓を開けたかのように、唐突に大きくはっきりとした雨音が部屋の中に、私の耳に、鳴り響いてきました。
もう眠気は感じません。どうにか、どうにか朝になっていて、気絶でもいいから。そう願って、もう目を閉じたくて閉じようとしていても、それなのに、今度は目を閉じられません。視線も動かせません。
時計の針、差している形から目が離せないまま、もうそれが差している数字もよく見えません。
――――ぁぁあああああざああああああ
――――ざあああああああああぁあぁぁぁぁぁあああああ
―――ざああああああぁぁぁぁ
―――――ざあああぁあああ
――ざあぁぁぁあぁっぁああぁ
―――――――ざざざざざざざざざざああああああああああああ
うるさい。うるさすぎる。耳が痛い。
とにかく耳を塞ぎたくて、耳が取れてしまいそうなほどの痛みと、その音の大きさに、動かない瞼をとにかく開いていました。
気が付けば朝、明るい陽射しがカーテンの隙間から覗いているのに気付き、全身から流れた汗の、濡れているシャツの不快感で、意識が現実に戻ってきたこと、夜の出来事の現実感と、夢であってほしいという感情。
ごちゃごちゃと考えている中でふと、違和感がありました。
その違和感に嫌な予感を覚えながら、私はとにかく目を逸らそうと立ち上がり、窓の外を見てしまいました。
―――――ぁあああああざああああざあああ
―――ざああぁ
―――――ざあああああぁああぁ
雨が止んでいました。
綺麗な日差し、雨が降っていたとも思えない、乾いた地面。
耳に聞こえる音。遠くから少しずつ近づいて来るような、そんな聞き覚えのある音。
――――ざあああああざああああざざあざあああああああ
―――ざあああざざざざざあああああ
――ざざざざああああああああぁぁぁぁあああ
—ざあああああああああああああああああああああああああああ
「それからというもの、雨音はずっと止まらなくなりました。人の声なんかはわかるんですが、静かな時間というものがまるで無くて。」
「……わかりました。今日はこのくらいにしておきましょう。」
話を中断し、部屋の外に出る。
自分で自分の耳にペンを突き立てたということで持ってきた筆談用の紙とマーカーも、結局使わなかった。
鼓膜が破れて耳が聞こえなくなっているという話だったはずなのに、患者は問題なく質疑応答ができていた。
読唇術?のようなものを使っていたのかとも思ったが
「……」
聞いた話は、統合失調症などでよく聞くような幻聴の話。
その全てを信じるわけではない。
決して肯定的な態度をとって症状を悪化させて良いわけでもない。
この後は患者の主治医と相談だが、どう説明したものか。
―――ざああぁ
「ん……雨が降っているのかな」