旅立ち
「アスト、いくよ!」
ティアナのその言葉に応え、俺は宿を後にする。
直前まで、カーラは「ようやく出て行ってくれて、せいせいするよ」と悪態をついていたが──
結局、ティアナたちには旅用の道具をいくつも渡していた。
砂漠での討伐任務のときもそうだったが、
文句を言いながらも、彼女はティアナたちを気にかけている。
……本当に、いいキャラクターだと思う。
今回は、都市を出るとき隠蔽魔法は使わなかった。
はじめにこの街に来た頃、俺を見る住民たちの目には警戒の色が宿っていた。
まあ、見た目はほぼ魔物だから当然だろう。
だが、俺がティアナたちに連れられていること。
時間が経っても誰にも危害を加えないこと。
──そして、自分で言うのもなんだが、“可愛らしさ”と“カッコよさ”を兼ね備えたこの姿のおかげで、みなの警戒は徐々に解けていった。
気づけば、俺は完全に──
星降る誓約の“マスコット”のようなポジションに落ち着いていた。
街を出るとき、住民の誰かが「アストも気をつけてな〜」と声をかけてくれたほどだ。
街の外に出て、再び景色を眺める。
前回は昼だったが、今は早朝。
地平線から太陽がゆっくりとのぼっていくその光景は──
昼とはまた違う、深みのある美しさがあった。
ここから俺たちは、北の城塞都市・リベリオンを目指す。
当然だが、移動手段に車などない。
ファンタジー世界らしく、俺たちは馬車に乗って移動する。
馬車の中──ティアナの膝の上で丸くなりながら、俺は考えを巡らせた。
創造主が言っていたことについて。
あの口ぶりからすると、今後もまた“良くないこと”が起きる。
……いや、“良くないこと”とは限らないか。
あいつはきっと、ただ“楽しんでいる”だけだ。
善悪なんて、そもそも考えていないのだろう。
そして、設定の改変は、神力をもってしても“消せない”という事実。
俺はやつの話を聞いている途中で、その改変された設定をさらに上書きしてやろうと思っていたが──
当然のように、それは読まれていた。
何もかも、見透かされているような気がして──
また少し、イラっとする。
だからこそ、俺は神力を気軽に使えなくなってしまった。
なぜなら、もし創造主が“予想外の設定”を仕込んでいた場合──
通常の魔法では、対処しきれない可能性があるからだ。
何があったとしても、全力で俺が前に出れば、どうにでもなるかもしれない……が。
出来ればそれは避けたい。
1日1回限定のこの能力は──
使う“タイミング”を、慎重に見極めなければならないものになってしまった。
……もしかすると、あいつは最初から、そうさせるために俺にこの力を与えたのかもしれない。
そんな中、馬車の中でふいに俺の話題になった。
「なあ、今さらだけどさ。アストって、なんの生き物なんだ?」
カイルが疑問を漏らし、それにエミリオが応じる。
「そうですね……。私も神殿を通じて調べてみましたが、文献には似た生物の記載が見当たりませんでした。
今回、アストが呼ばれた理由も謎ですし──
もしかしたらこの子には、重要な秘密が隠されているのかも……」
彼らはそう言いながら、俺をジロジロ見てくる。
やめてくれ。
そんな怪しいものを見る目でこちらに注目するな。
せっかくいい感じに馴染んできてるんだから──そっとしておいてくれ。
口には出せないが、その代わりに俺はそっと顔を伏せた。
「ああ!この子の悪口言わないの!
ほら、落ち込んじゃったじゃない!」
ティアナが、カイルとエミリオにピシャリと注意する。
彼らは「いや、今のは悪口じゃないし……
そもそも言葉通じてないでしょ……」と、ぼやいていた。
すまない。
君たちには、ちゃんとした名前をつけてもらった恩もあるが──
ここはどうか、見逃してほしい。
そう心の中で呟く。
そんなやり取りが続く中、数日の時が流れて──
俺たちはついに目的地へ到着した。
城塞都市。
高くそびえる堅牢な壁に囲まれ──
鉄壁の防衛を誇る、大陸最大の都市だ。
ここは、エルシアとは異なり、都市への出入りは厳しく管理されている。
基本的に、人間種以外の立ち入りは禁止。
都市の中には様々な建物が立ち並び、厳格でありながらも、城下町らしい賑わいを感じさせる。
そして何より、目を引くのは──
中央にそびえる巨大な城。
その城を取り囲むように、数㎞にわたる都市が展開されていた。
都市の構造は、三層に分かれている。
城を中心とした“内地”には王族や上級貴族。
それを囲む“中地”には、騎士や中〜下級貴族。
さらに外側、“外地”には、その他の一般の住民たち。
内地・中地・外地。
こうした住居区分によって、王族と庶民の格差が、目に見えるかたちで示されている。
……なんで都市に関してこんなに詳しいかと言うと──俺が考えた設定だからな。
悩んだ末、どうしても外せなかった。
ファンタジー世界には“ムカつく貴族”という定番がつきものだ。
俺自身が関わるかは分からない。
……とは言え、この場所に来てしまった以上──
その災厄が俺に降りかかる気がしてならない。
そんな一抹の不安を抱えながら、俺たちは、城壁入口の門番のもとへと馬車を進めた。