目覚め
……どこからか、声が聞こえる。
誰かを呼ぶような声。
かすれ気味に震える、切迫した響き。
声の主は……女性だろうか。
必死に何かを訴えかけるような──そんな声。
だんだんと、その呼びかけが近づいてくる。
「……ト……。ス…ト……。ア……スト……アスト!」
名前を呼ばれている。
その音に導かれるように、意識が徐々に地上へと戻っていく──。
気がつくと、俺は宿屋の一室にいた。
身体が宙に浮いている。
誰かに抱き上げられているようだ。
ここは……ああ、戻ってきたのか。
先ほどまでの創造主とのやり取りが脳裏をかすめ、少し嫌な気分が胸に残った。
彼の言っていたことはすべてが正しいとは言わない。
でも、悔しいことに、“正論”だった。
その事実が、俺を静かに苛立たせる。
そんな湧き上がる感情を深呼吸と共に一度落ち着かせ、ふと上を向く。
そこには──涙をいっぱいに浮かべたティアナの顔があった。
予想外の光景に驚き、俺は反射的に耳と尻尾をぴくつかせてしまう。
その瞬間──
「アスト~~!!
よかった……死んじゃったかと思ったよぉ~~!!」
ティアナはわんわん泣きながら、俺を強く抱きしめた。
ぼんやりと周囲に視線を向けると、背後にはカイルとエミリオの姿も見えた。
彼らも安堵した様子で、ほっとした息を漏らしている。
「帰ってきたら、部屋の中が真っ暗で……
中央のベッドにアストがいたから、声をかけても、触れても、まったく反応しなくて……」
「呼吸の音も聞こえなかったから、本当に……
死んじゃったんじゃないかって……」
そう言いながら、ティアナはまだ涙を流していた。
話を聞く限り、どうやらあの空間にいる間──
こちら側の“体”は、死んだようになっていたらしい。
あれが“魂だけの移動”だったのか──分からない。
けれどその状態の俺でも、はたして死なないのか……
それは疑問だ。
......少しだけ、怖くなる。
とりあえず、俺はそんな彼女を安心させるように、尻尾を勢いよくぶんぶんと振った。
その姿に、ようやくティアナの呼吸が落ち着いていく。
目元の涙の跡が、ゆっくりと乾いていった。
昨日、俺が一人で宿屋に戻った後、しばらく彼女たちは帰ってこなかった。
きっと騎士団に証言を求められていたのだろう。
その隙を使い、俺は神力の“実験”を試してみた。
結果的に成功はしたものの──
あの空間にいる間の身の安全の保障が出来ない限りは、使うタイミングは慎重に考えた方がよさそうだ。
なにより──
あいつに、あまり会いたくない。
そんなことを考えていると、ティアナがぽつりと声をかけてきた。
「アスト。ごめん、多分言葉は通じてないと思うけど……
明日、私たちについてきて欲しいの。“城塞都市リベリオン”に」
突如告げられた、都市の名前。
でも、俺はその都市を知っている。
当然だ。
俺が創った都市なのだから。
そしてなにより──
俺がこの大陸で“主人公”を生み出した場所でもある。
ティアナたちは、先日起きた砂漠の騒動の証言者。
そして、突然現れた第二の元凶を討伐した功績者として、騎士団たちの本拠に招かれることになった。
そして──
どういう経緯かは分からないが、俺も連れて“共に来るよう”指示されたらしい。
俺はティアナの言葉に、分かったような、分からないようなふりをして、首を傾ける。
そして、耳をぱたぱたと動かし、了承する意思を伝えた。
その瞬間──
彼女が俺を包み込む力が、ほんの少しだけ強くなる。
彼女の腕は……わずかに震えていた。
無理もない。
目の前でたくさんの人間が一瞬にして命を奪われ──
自分たちも、殺されかけたのだから。
運よく助かったとは言え、あの恐怖から気持ちを立て直すなんて、
簡単にできるものじゃない。
俺は何も言わず、ただ──
彼女の腕の中で、その温もりと余韻に身をゆだねていた。
彼女の心が落ち着く──その時まで。