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白き獣は世界を見下ろす  作者: HANA
人間大陸編
7/41

神域

 翌朝。


 陽がのぼりきらぬ早い時間に、俺はあることを試そうとしていた。

 誰もいない宿屋のベッドの上で、静かに意識を集中させる。


 そして一呼吸おいて、ある力を発動させた。


 神力(ジンリョク)──。


 その瞬間、空間がひずみ、俺の意識は別の場所へと飛ばされる。


 この空間には、見覚えがある。

 いや、「見覚えがある」と言うのは正しくない。

 この空間では、何も“見えない”。

 何も“感じない”。


 そう──俺は、あの“何もない場所”に再び、戻ってきた。


 《やあ。思ったより早かったね。君は優秀だな》


 軽い調子の、飄々としたこどものような声。


 俺がこの力を使って望んだこと──それは、“創造主”との再対話。


 創造した世界の“外側”と呼ぶべき領域で、それが可能かどうかは不明だった。

 けれど、今こうして話せていることからして、どうやらうまくいったようだ。


 《さて。こんなところまできてどうしたのかな?

 僕が恋しくなった?》


 その言葉に、俺は“存在しない歯”を食いしばる。

 もし今、仮に身体があったら、殴りかかってしまいそうだった。


「なぜ……なぜ、あんなことをしたんだ?」


 俺は、怒りとも焦りともつかぬ感情をぶつける。


 創造主はわざとらしく考えるように、大きく唸って見せると、

 思いついたかのように言った。


 《ああ、あの魔物のことか。どうだい?

 サプライズで面白かっただろう?》


 その瞬間──俺の中で、何かが切れた。


 現世にいた頃。

 こんなにも感情を荒げたことはなかった。


 それほどまでに、俺の感情は大きく動いていた。


「ふざけるな!

 お前のやったことで……何人死んだと思っているんだ!」


 感情を爆発させる。

 まるで、子供のように。


 俺は怒りに任せて、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせ続ける。

 創造主はそれを黙って受け止めていた。


 何も言わず。

 遮らず。

 ただ、聞いていた。


 ただ、ひたすらにその言葉を受け続けていた。


 そしてようやく──俺の感情が少し落ち着いた頃。

 彼は口を開いた。


 《......ふむ。確かに君に相談せず、勝手にやったのは悪かった。

 謝るよ、ごめん》


 ……ただ、その一言。


 それだけだった。


 再び感情の火がつきそうになった俺を制するように、彼は続ける。


 《でも、君にも分かっているだろう?

 そもそも、“魔物”なんて設定を作ったのは、僕じゃなくて君だ》


 《この設定を作った時点で、世界のどこかで犠牲が出ることは──

 分かっていたはずじゃないかな?》


 《それとも──君の考えた魔物は、

 ただ、世界の住民に蹂躙されるだけで、誰にも危害を与えない存在だったの?》


 ……言いかけた言葉が、喉に詰まる。

 反論が......できない。


 そんな俺の迷いを見透かすように、創造主はさらに語りかける。


 《そんなに人が死ぬのが嫌なら、魔物なんて作らなければよかったのに。


 それこそ、『恋愛もの』とか『ほのぼの日常系』の世界にしておけば──

 君の望む平和な世界はいくらでも作れたはずだよ》


 言葉が出ない。

 何も……言い返せない。


 その通りだと──

 どこかで納得してしまっている自分がいた。


 《うーん、どうしても嫌なら、特別に一回だけ世界を作り直してもいいよ。

 もちろん、今、君が創った世界はすべて“無かったこと”になるけど》


 改めて思った。

 こいつは……性格が悪い。


 こちらの心理的に弱いところを、的確についてくる。


 まあ、“世界の創造主”なんて肩書きを名乗るなら、

 それくらいできて当然か。

 半ば自嘲気味に、俺はひとり笑ってしまう。


 《ごめん、ごめん。少し意地悪な言い方をしたね。


 君と僕で一生懸命作ったこの世界を──

 急に無かったことにするなんて、出来ないよね》


 《まだ、君の世界は始まったばかりだ。

 本音を言えば、もっと色々な場所で、たくさんの経験をして欲しいと思っているよ》


 そして、さらに創造主は続けた。


 《そして、ひとつアドバイスをあげよう》


 《君が創造した世界の中では、アストは神のような存在だ。

 神は、自分が創ったすべての生物の生き死にまで、意識していると思う?》


 《ちょっと立場は違うけど──

 道端に歩いているアリの命に、人間はどこまで関心を持っているだろう?》


 《それと同じだよ》


 《神は、世界全体──すべての流れを見なくちゃいけない。

 全部にかまっていたら、100年なんてあっという間に過ぎちゃうよ》


 その言葉には、妙な説得力があった。


 圧倒的な違い。

 視点の隔たり。


 それは──“神”と“神でない者”の差そのものだった。


 《まあ、色々と偉そうに言ったけど──

 僕も、君が創った世界を一緒に楽しみたいんだ》


 《だから、不公平にならないように先に伝えておくね。


 これからも、君の創造した通りじゃないことが起きるかもしれない。

 でもそれも含めて──楽しんでほしい》


 疑問を抱きながらも……

 俺は、どこか彼の言葉に納得しかけていた。


 その事実に、苛立ちと、奇妙な尊敬のような感情が入り混じる。


 そして──創造主は何かを思い出したように、最後にこう言った。


 《ああ、そうそう。思ったより君が早くここに来てしまったから──

 神力に“新たなルール”を加えることにしたよ》


 《まずひとつ。創造主である僕に、危害を加えることはできないこと》


 《そしてもうひとつ。僕が加えた設定は、君の神力でも消せないこと》


 《以上だ。じゃあ──思いっきりこの世界を楽しんでね》


 そう言い残し、創造主の声は遠ざかっていく。


 俺の意識は、深く──

 まるで海の底のような渦の中へと、再び沈んでいった。


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― 新着の感想 ―
またまたお邪魔します。 神様の神様とも言える真の創造主的な何かですよね……。高次元の存在ゆえの自由さと無邪気さが不気味ですねー。 神力ってホントに何でもできますね。他の使い道もきっとでてきますよね……
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