神の役目
俺はひとまず深呼吸し、心を落ち着かせる。
ふう──。
まずは、現状を分析。
......状況は、最悪。
まさに俺が懸念していた、最悪の事態そのものだった。
圧倒的な戦力差。
それによる、理不尽な屍の山。
ティアナたちの実力を見るに……
恐らく、甘く見積もって魔物のB+ランク程度だろう。
《ノクシア》と対峙するには、圧倒的な実力不足。
仮に戦闘になれば──
十秒、いや、恐らく五秒も持たない。
そうなると……。
わずかに逡巡した後、俺は決断する。
今は、どういう訳かティアナ達の様子を見ているようだが、動いてしまえば手遅れになるだろう。
......次の瞬間、《ノクシア》の動きは完全に停止した。
神力、発動。
俺は、神の力を使って《ノクシア》の動きを封じた。
ただし、それだけだ。
あくまで一時的に動きを封じただけで、倒したわけではない。
別に俺は、この世界で「俺TUEEE系」は望んでいない。
物語の主役は、あくまでこの世界の住人たち。
俺はイレギュラーな存在。
魔物を倒す役目は、
この世界で生きる者たちでなければならない──。
そう考えた俺は、ティアナたちに魔法を使って語りかけることにした。
これまで、彼女たちの前で言葉を発したことはない。
だから、誰に話しかけられているかは分からないはずだ。
「そこにいる、三人の冒険者たちよ。我の声を聞きなさい──」
出来るだけ厳格に。
まるで“神の啓示”のように語りかける。
エミリオが「神の声が聞こえる!?」と慌てているが、とりあえず無視。
「君たちの目の前にいるのは、
この世界に巣食う強大な魔物の一体です。
なんとか我の力で抑えていますが、長くは持ちません」
「君たちの力を借してほしい」
ティアナたちは戸惑っていた。
悪夢のような惨劇を目にし、
そして今は天から聞こえる神のお告げ──
混乱するのは当然だ。
だが、彼女らもこれまでに数々の死線をくぐってきたのだろう。
少しの沈黙の後、答えが返ってくる。
「......私たちに、何をしてほしいの?」
賢い、そして強い子だ、と俺は心の中で呟く。
「あの魔物には、氷の魔法が通じます。
あなたの魔法を、全霊で放ちなさい」
その言葉に、咄嗟にエミリオが反論する。
「神よ……あなたの声が聞けたことに、心より感謝します。
しかし、神を疑うつもりではありませんが──
ティアナの魔法が、あれに通じるとは……とても思えません」
その言葉にカイルも頷く。
一目見て分かっていたのだ。
あの魔物は、“弱点がどうこう”という次元の存在ではないことを。
先程までの惨状は、彼女たちの心を折るには十分すぎるほどだった。
三人は静かに俯くが、それでも俺は語りかける。
「安心しなさい。もちろん、我もサポートします。
あなたたちが今、”あれ”を止めなければ、街はどうなってしまうと思いますか?」
「先ほど目の前で命を奪われた人々のように──
彼らの死を、ただ受け入れるのですか?」
自分でそんなセリフを口にしながら、心が痛む。
イレギュラーがあったにせよ、その元凶をつくり上げたのは紛れもなく──俺なのだから。
しばらくして、ティアナが顔を上げ、声を絞り出す。
「……分かった。やれるだけ頑張ってみるよ。
カイル、エミリオ。私、多分この魔法撃ったら意識飛んじゃうと思う。
あとはお願い」
その言葉に、カイルとエミリオは戸惑いながらも、力強く頷く。
「よく決心してくれました。……では、お願いします」
その言葉にあわせて、俺はティアナに魔力のブースト魔法をかける。
彼女は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに真剣な顔へと戻った。
集中。
全力で、魔法の力にすべてを捧げている。
そして──ほどなくして、彼女は自身が撃てる最大の魔法を放った。
――詠唱。フロスト・ノヴァ。
ティアナの魔法が着弾する直前、俺は神力を解除。
残念だが、魔力ブーストの魔法を用いたとしても、彼女の力だけでは《ノクシア》を一撃で倒すには遥かに及ばない。
やむを得ず、彼女の補佐として、同時に、こちらも氷の魔法を重ねる。
――詠唱。アストラル・フリーズ。
二つの魔法が融合し、
凶悪な冷気となって《ノクシア》の身体を一瞬に包み込む。
突如として、降り注いだ圧倒的な魔法の渦は、断末魔を上げる暇さえ与えない。
数秒後、まるで先ほどまでの恐怖が嘘だったかのように、
ゆっくりと……その魔物は崩れ落ちた。
魔法を放った後のティアナは、宣言通り意識を失い、
それをカイルとエミリオが慌てて支える。
その後、まるで緊張の糸が切れたように、
彼らはその場に座り込んだ。
......それから間もなくして、突如、出現した膨大な魔力を感知した騎士がこちらにやってきた。
血の海と化した光景を目の当たりし、その後も次々と騎士が集まってくる。
俺──アストは、誰にも気づかれないように、静かにその場を去った。