ファンタジーの現実
街からは少し離れたが、思ったよりも早く目的の場所についた。
遠くから、金属がぶつかるような音が聞こえる。
ここで間違いないだろう。
あまり、近づきすぎると見つかる可能性がある。
俺はほどよい距離を保って立ち止まり、存在感を限界まで薄くした。
そして──遠くから魔物という存在を、初めて目にする。
見た目は、その……黒光りしたでっかいアレみたいな……。
第一印象。
すごく……怖い。とにかく、怖い。
想像してほしい。
現代社会で、もし自分と同じくらい、あるいはそれ以上の大きさの虫に遭遇したら
──勝てるだろうか?
素手? 絶対、無理だ。
包丁? いやいや、それでも無理。
じゃあ銃なら……いや、撃ったこともないし、そもそも怖くて立ち向かえそうにない。
ファンタジーの世界には、アニメやゲームで見ていると、華やかで楽しそうな側面がよく映し出される。
けれどその裏には、“命をかけて強大な生物に立ち向かう”という現実が存在しているのだ。
人間と同じくらい、あるいはそれ以上に強力な存在との戦い。
俺が憧れていたファンタジー特有の“かっこよさ”は確かにそこにある。
けれど、目の前で繰り広げられている戦いは──その想像を、軽く超えてきた。
人間同士の争いとは違う、全く別次元の争い。
その勢いや力強さに、思わず俺は見惚れていた。
幸い……というべきか。
怪我人は何人かいそうではあるが、そこまで重傷を負っている者はいなそうで、少し安心する。
これで到着したはいいが、全員全滅して屍の山でした──
なんて展開だったら、魔物の強さの設定を完全にミスったと途方に暮れるところだった。
そして、しばらく周りの様子を見ていると、見知った集団が目に入った。
ティアナたちだ。
彼女たちも、今の所上手く立ち回っており、大きな怪我はなさそうに見える。
今、彼らは巨大なサソリのような魔物と交戦していた。
胴体から尾の先までを含めれば、おそらく全長は3メートルを優に超えるんじゃないだろうか。
カイルが鋭い剣技で魔物の攻撃を捌き、エミリオは強化魔法で彼を支援。
ティアナは氷の魔法で、じわじわと魔物の生命力を削っていく。
彼らにも見えているのか分からないが、魔物の生命力は残りわずかになっており、あと少しで沈みそうだった。
そして──最後の一撃。
カイルの剣が魔物の頭部に突き立てられ、巨体は崩れ落ちる。
……すごい世界だな。
自分が創り出したはずの世界。
なのに、俺はその光景にただ圧倒され、驚いていた。
現世で俺が死んだと思われる年齢よりも、ずっと若い者たちが、命をかけてこの世界を生きている。
今さらながらに、世界の創造主としての責任と不安が、じわじわと自らに押し寄せてきた。
*
戦いがひと段落ついたところで、ティアナが肩を落としながら声を発した。
「ふう、今のは結構手ごわかったね」
その言葉に、カイルとエミリオも頷く。
「確かに……一匹だからよかったが、あのレベルが複数出てくるとなるとかなりキツイぞ」
「ええ。敵の強さもさることながら、周囲の皆さんの疲労が限界に近いようです。
そろそろ、元凶を倒していただかないと……厳しくなってきますね」
そう言いながら、三人は周囲の警戒を怠らずに交代で体を休めていく。
その時──遠くから、何か声が聞こえた。
甲冑姿の騎士らしき人物が、こちらに向かって叫んでいる。
ティアナたち含め、周囲の冒険者たちが一斉に注目した。
「戦況報告!
この先の遺跡周辺にて、騎士団が元凶と思われる魔物と交戦。
多数の負傷者は出たが──討伐を完了した!」
歓声と安堵の声が漏れ出す。
中には涙を流す者もいる。無理もないだろう。
いつ終わるとも分からなかったこの戦いに、ようやく出口が見えたのだから。
「残るはわずかな残党のみ。
皆、最後まで気を抜かず──生き残れ!」
その言葉に、さらに場の空気がゆるむ。
息を整えながら、肩を落とす者の姿が多く見えた。
だが──俺には分かってしまっていた。
地の底から、何かが凄まじい勢いで這い上がってきていることを。
念のために、ここに到着してから展開していた探知魔法が、異常を示していた。
かなり広域まで広げていた為、それが地上に姿を現すまでには、まだわずかな猶予がある。
今、この場の全員に逃げるよう告げれば──もしかしたら、安全に逃げられるかもしれない。
……でも、俺は口を開かなかった。
それはなぜか。
今、迫り来ている“それ”は、俺が自ら設定まで考えた魔物だったからだ。
先ほどまで感じていた責任や不安が消えたわけではない。
だが、少し。
ほんの少しだけ、興味があった。
俺の創造した魔物は、どんな戦いを見せてくれるのだろうかと。
まるで幼い少年が、白いキャンバスに思い描いた生き物がどう動くのか想像するように。
そして、ほどなくして──それは地上へと現れた。
その瞬間。
戦場の空気が凍りつく。
その場は──静かに、確実に、再び“絶望”の空間と化した。