二つのスキル
先ほどリューシャに向けて放たれた氷の槍――その比ではない。
今度は、柱のような巨大な氷塊が、空から次々と船を狙って降り注いでくる。
リューシャは即座に魔法を展開し、撃ち落としていくが、不意打ちであった事に加え、数が多すぎる。
一つ、また一つと捌いていくが……徐々に押し込まれていく。
そして――一本の氷柱が、船の中央へと直撃しようとした瞬間。
一筋の閃光が、空を裂いた。
氷柱は、空中で粉々に砕け散る。
リューシャが振り向くと、ザエルが甲板の隅で身を低くし、巨大な弓を構えていた。
その手には、すでに次の矢がつがえられている。
矢は、寸分の狂いもなく氷を撃ち抜き、次々と空を裂いていく。
その軌道と破壊力――弓の名手でもあるリューシャの目から見ても、明らかに“本物”だった。
「ふう……久々に弓を使ったが、さすが俺だな。惚れるなよ?」
ザエルは、得意げにウインクを飛ばす。
それについては、リューシャは一切反応しなかったが、彼女の声にはわずかに認めるような熱が滲んでいた。
「ザエル……といったか。不本意ではあるが、おまえの力を借りねばならん。 弓の扱いは悪くないが……どの距離ならいける?」
「……あの図体なら、何キロ離れてようが当てられる自信はある。 ただ、威力を考えると――もう少し近づいた方がいいな」
「いいだろう。では、船をやつに近づけろ。 やつの攻撃は、すべて叩き落す」
リューシャは風を纏い、再びレヴィウスへと駆け出した。
その間も、彼女や船めがけて次々と氷の柱が降り注ぐ。
リューシャは攻撃を捨て、迎撃に徹することで、全方位からの氷柱を一つ残らず捌いていった。
やがて、氷柱の雨がわずかに弱まり、空気が静まり始めていく。
その隙を突くように、船は目的の距離にまでたどり着いた。
「さて……改めて近づくと、とんでもない化け物だな、これ」
ザエルは、レヴィウスの全身を見渡す。
巨躯の全身にミスリル製の鱗板が光り輝く姿は、もはや生物のものではなかった。
「どれどれ……お!」
ザエルの視界が一瞬、黒ずんだ鱗板に吸い寄せられる。
まるでそこだけが光を拒んでいるかのように。
以前にも登場したことがあるが、ミスリルというのは魔法に対して完全無敵ではない。
耐久限界があり、それを超えると打ち破ることができる。
長年の戦いで蓄積された傷――そして、先ほどのリューシャの連撃。
その積み重なりは、レヴィウスの鱗板の一部に、わずかな綻びを生じさせていた。
そこは、魔法だけでなく、物理攻撃に対しても防御力が落ちる。
レヴィウス自身が鱗板を生え変わらせる前に、破壊できるのは――今しかない。
ザエルは、そんな事実を知る由もない。
だが、彼の目は、迷いなくその一点を捉えていた。
精度ではなく、威力にすべてを込めて弓を限界まで引き絞り、矢を放つ。
とてつもない速さで飛んだ矢は、わずか1センチメートルの誤差もなく、黒ずんだ鱗板へと突き刺さり――破壊した。
ザエルの二つ目のスキル――《幸運》。
無意識に相手の弱点を見抜き、そこへの攻撃精度と威力を最大限に引き出す能力。
ザエルは、二つの異なるスキルを併せ持つ、紛れもない天才だった。




