海戦の狼煙
また、ブックマーク1件増えてました!
本当に、ありがとうございますm(_ _)m
これから難しいバトルシーンに入りますが...頑張ります笑
船は静かに進み続けていた。
甲板の上では、潮風が肌を撫でるように吹き抜けていく。
波の音が少しだけ強くなり始めていたが、まだ嵐の気配はない。
あまりの順調さに少し拍子抜けしてあたりを見渡すと、ザエルは、真剣な顔で海図とにらめっこしている。
頭の中の情報と、先ほど決めた航路を照らし合わせて調整しているのだろう。
その集中した様子に少し申し訳なさを感じつつも、俺はどうしても気になることがあり、声をかけた。
「……なぜ、そこまで急ぐんですか?」
「ん?」
「先ほどご自身でも言ってましたよね。
この時期に海域に出るのは、命知らずのバカか、どうしても行かなきゃならない理由がある者だけだって」
俺の問いに、ザエルはゆっくりと顔を上げた。
その目には、わずかに探るような光が宿っている。
「その質問に答えたら……そっちも、教えてくれるか?」
言葉の調子は軽い。
けれど、その奥にある意図は、明らかに“試す”ものだった。
……しまった。
思わず舌打ちしそうになる。
余計なことを聞いた。
いや、聞き方が悪かった。
この男は、ただの陽気な船長じゃない。
一見軽そうに見えて、ちゃんと相手を見ている。
しばしの沈黙のあと――ザエルはふっと笑った。
「冗談だよ。実際、あんたらが何者で、なぜあの島に向かうのかは気になるが……ま、そこは深入りしない」
「……」
「俺たちの方は、別に隠すもんでもないし、答えるよ。目的は――薬だ」
「薬……ですか?」
「ああ。うちの船員の一人に、病気の子供がいてな。
その薬が、エルフの大陸からじゃないと手に入らないんだ。
ここ最近、海が荒れてて島に行けなかった上に、
ようやく天候がマシになったと思ったら、今度は海魔の登場だ。
なんとか手持ちの薬で耐えてたんだが……切れちまいそうなんだ」
予想外の答えに、言葉が詰まる。
ザエルには悪いが、もっとこう――俗物的な理由だと思っていた。
皆が動けない今、交易島の商品を仕入れて高く売りつけるとか、そういう類の話だと。
商売ってのはそういうものだし、仮にそうだったとしても、責める気はさらさら無かった。
「……その一人の家族のために、命をかけるんですか?」
俺の問いに、ザエルは少しだけ笑ってから、真っ直ぐに答えてくる。
「当たり前だろ。船員は、俺の家族みたいなもんだ。
その家族の子供なら、俺にとっても家族同然だ。」
俺はその淀みのないセリフに、胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。
この世界に来て俺自身が種族という枠組みから離れてしまっていた為、忘れかけていたが人間とはこういう生き物なのだ。
普段は損得ばかりを考え、時には身内すら騙すことがあるのに、いざとなれば不合理に自らの命すらもかけてしまう。
その言葉に、俺だけじゃなく――リューシャの瞳もほんの一瞬だけ揺れた気がした。
しばらく声を出せずにいると、ザエルは、俺たちの沈黙の意味に気づいたのか、照れ隠しのように肩をすくめて笑う。
「……まあ、交易島には、あそこでしか飲めない美味い酒場もあるしな。
久々に浴びるほど飲みたいってのもある」
俺は、少し笑ってから、静かに言葉を返した。
「……教えていただき、ありがとうございます」
*
風は、相変わらず穏やかだった。
けれど、その穏やかさが――妙に、耳に残る。
波の音も、帆の軋みも、船員たちの声も。
すべてが、少しずつ遠ざかっていくような感覚。
まるで、世界が息を潜めているかのようだった。
やがて――
突如、甲板の端から、轟音が響いた。
一発の砲声。
その音が、静寂を容赦なく引き裂いていく。
それは――海魔との戦いの、始まりの合図となった。




