海魔の影
ブックマーク、評価ポイントをいただいた皆様!
本当にありがとうございます^_^
昨日と本日の朝、初めて200番台後半ですが、ランキングに入ることができました(T ^ T)
素人で表現が乏しいところもあると思いますが、できる限り頭に映像化しやすいように意識してますので、是非引き続きよろしくお願い致します(>人<;)
騒動の余韻がまだ街の空気に残る中、俺とリューシャは人目を避けて、静かな路地裏で向き合っていた。
「……リューシャ。先ほどの件ですが」
「はい。……申し訳ございません」
彼女自身も少しやり過ぎたという自覚があったらしく、素直に謝罪の言葉が返ってくる。
旅の中でも、彼女はすでに俺のことを完全に神獣様だと信じてくれているのか、こちらの言うことはほぼ全て素直に受け入れてくれた。
今思えば、初対面時に確認の為とは言え、獣姿の俺に彼女の方から触れてきた。
――あの瞬間に、すでに認められていたのかも知れないな。
「先ほどの件については、人間側にも非はありました。
ですが、力の差を分からせる程度で十分です。以後、気をつけてください」
「……かしこまりました」
リューシャは、静かに頷く。
その仕草は、どこかぎこちなく――けれど、確かに彼女なりの折り合いをつけようとしているように見えた。
感情を押し殺し、理を優先する。
それは、彼女がエルフとして生きてきた中で、何度も繰り返してきた選択なのだろう。
「……それと。話は変わりますが――“海魔”と呼ばれる存在について。私に、心当たりがあります」
そう。俺は彼らが話していた“海魔”とやらに、目星をつけていた。
ザエルほどの強者が、わざわざ護衛を必要とする相手。海に出現する魔物。
それだけで、思い当たる節は限られてくる。
恐らく、いや間違いない。
俺がこの世界で“名付きの魔物”として設定した存在だ。
そして“海の魔物”といえば――あいつしかいない。
「心当たり……ですか?」
「はい、間違いないでしょう」
俺は言葉を続け、指を二本立ててリューシャに示す。
「その魔物の討伐に際して、あなたに2つのお願いがあります」
「まず一つ目。私は、手を出しません。討伐はあなたに任せます」
こちらについては、リューシャも元からそのつもりだったらしく、当然と言う顔で了承の返事が返ってくる。
「そして、二つ目。あのザエルという人間と――協力しなさい」
その言葉に、リューシャは目を見開いた。
瞳がわずかに揺れ、彼女の呼吸が一瞬だけ止まる。
理解が追いつかないというより――受け入れがたい、という表情だった。
「“なぜあの人間と協力するのか?”――理解できないという顔ですね。
理由は、単純です。あなた一人では勝てない」
その瞬間、彼女の眉がわずかに動いた。
それまで静かに従っていた彼女の声音に、はっきりと怒気が滲む。
「それは……どういう意味でしょうか?」
言葉は丁寧だが、その奥にある感情は、鋭く尖っている。
怒らせるのはわかっていた。だが、事実は伝えねばならない。
「言葉通りの意味です。
――あなた一人では、これから対峙する魔物に勝てません」
その瞬間、リューシャの足元を中心に魔力が回り始めた。
空気が震え、風が彼女の足元に集まり始める。
目に見えない刃が、静かに空を裂いていくような錯覚――それは、明らかな怒りの形だった。
エルフは誇り高い種族だ。
“お前では勝てない” “人間と組め”なんて言われたら、例え彼女でなくてもこうなるだろう。
だが、俺は言葉を止めなかった。
「リューシャ。よく聞きなさい。
あなたたちが、私を見定めているように。こちらもまた――見定めている。
あなたの行動が、後にどう影響するか。それを、考えて動きなさい」
その言葉に、リューシャはわずかに肩を震わせた。
歯を食いしばり、瞳に怒りと迷いを宿したまま、俺を睨みつけてくる。
その視線は、ただの反発ではなかった。
誇りと責任、そして――自分の中で揺れる何かを、必死に押さえ込もうとしているようだった。
今の俺の問いかけは、彼女だけの問題ではない。
これは、エルフという種族全体の立場に関わる話だ。
自分の衝動だけで動いてはいけない。
……その意識が、彼女を落ち着かせようとしているのがわかった。
我ながら、ずいぶんと意地の悪い言い方をしたものだと思う。
まるで、試すように。突き放すように。
少しずつ、創造主の性格に似てきているのではないか――
そんな嫌な予感が、頭をよぎってしまう。
「仲良くしろ、などと言うつもりはありません。
ただ――あの人間を、うまく使いなさい。あなたなら、それができるはずです」
これは、人間時代に学んだちょっとした心理技術。
部下に面倒なことを頼む時、“お前なら出来る”とそっと添えるだけで、少しだけ気持ちは前向きになる。
言葉の力は、案外侮れない。
例に漏れず、リューシャも――ほんの少しだけ、眉を動かしながら頷いてみせた。
「……かしこまりました」
その声には、まだわずかな抵抗が残っていた気がするが、彼女の答えを聞いて、俺は内心少しだけ安堵する。
こういう瞬間を見ると、彼女も、見た目の年齢相応の一面を持っているんだな――
そんなことを思ってしまう。
リューシャにここまでの決断をさせるのだ。
どういう結末になろうが、俺は見届けよう。




