協力者
「で、先ほどの続きだが。」
何事もなかったかのように、リューシャは依頼主の男に歩み寄る。
呆気にとられていた彼も、その言葉にようやく正気を取り戻したようだ。
「や、やるじゃないか……でも、さっきも言ったが、あんたらはダメだ。 怪しすぎる。いくら強くても、それだけじゃ……」
その言葉を遮るように、背後から朗らかな声が響いた。
「いいじゃないか、強ければ。護衛してくれるのなら、大歓迎だ」
大きなよく通る声で群衆の中から、一人の男が現れる。
爽やかな顔立ちに、がっしりした体格。港町にしては珍しく、あまり男臭さを感じさせない清潔感のある青年だった。
「お、お頭!すみません。護衛がなかなか見つからなくて……」
「いや、構わないさ」
彼は軽く手を振ると、視線を俺たちに向けて口を開いた。
「今の時期、あの海域に行こうなんてやつは――命知らずのバカか、どうしても行かなければならない理由がある者だけだ」
「そうだろう? そこのお二人」
言葉の流れに沿うように、青年はこちらへと視線を向ける。 どうやらこの男は、依頼主の頭のようだ。
俺は何気なく、彼のステータスを確認してみた―― そして、思わず驚かされる。
……強い。
先ほど、リューシャに蹴散らされた雑魚たちとは明らかに違う。
流石に騎士団長グランツほどではないが、数値だけ見ればエルミナに匹敵する力を持っている。
今のところ、俺が把握している人物の強さランキングで言うと、
グランツ>リューシャ>エルミナ≧目の前の男――といったところか。
「すまない、名乗り遅れた。俺は今回の依頼を出した船の責任者、ザエルだ」
「今、海域に出るのが危険なのは承知している。
だが、どうしても行かなきゃならない理由があるんだ。 ええと……そちらのお二人のお名前は?」
「リューシャ」
「アストと申します」
「……ん? その声の感じ、そっちも女か?」
俺の方を見て、少し驚いたような顔をするザエル。 だがすぐに、にっと笑って続けた。
「まあ、強けりゃ男だろうが女だろうが関係ない。よろしく頼むぜ」
そう言って、目の前に手を差し出してくる。
......が、当然のようにリューシャは一歩も動かない。
旅の中で分かってきた、彼女の“二つ目の習性”。
――絶対に他人と接触しない。
まあ、これはリューシャだけでなく、エルフという種族そのものの文化なのだが、 自らが認めた相手でなければ、指先一つ触れることすら許さない。
だからこそ、先ほどやつらに触れられかけた瞬間も、 あれほどまでに怒りを露わにしたのだ。
……まあ、やりすぎだったけど。
差し出されたザエルの手が、宙に浮いたまま固まっている。 さすがに、少し気の毒になってきたので、代わりに俺が握手することにした。
「ええ、よろしくお願いします」
握手を交わすと、ザエルは満足げに笑う。
「よし、決まりだな。 それじゃあ、悪いが出発の準備を少ししてくる。一時間ほどしたら、またここに来てくれ」
*
「いいんですか、お頭。確かに実力はありそうですが、白昼堂々ローブ姿でうろつくあの二人……どう見ても怪しいですよ。特にあの背の低い女……殺気が洩れてましたし」
部下が低く問いかけると、ザエルはゆっくりと首を振った。
「ああ、あの女は確かにヤバい。怒らせたら、ただじゃ済まないタイプだ。……だが、俺が気になったのは、もう一人のほうだ」
「え? そっちですか?」
「俺も魔法にそれほど精通してるわけじゃないが――魔法ってのは、本来、発動するときに空間に“揺らぎ”が生じるんだ。見てろよ」
ザエルは掌をかざし、ごく簡単な氷の初級魔法を発動させる。
瞬間、空気が波打つようにわずかにたゆみ、微かな冷気が輪郭を描く。火打石のような“予兆”が、確かにそこに生まれていた。
「……確かに。言葉にはしづらいけど、何かが“来る”って感じはしますね」
「俺たち戦士職が魔法使いとやり合えるのは、この揺らぎがあるからだ。予兆さえあれば、防御も反撃も選べる。勿論、使い手によってその揺らぎの強弱はあるけどな。」
「……ただ、あの長身の姉ちゃん――魔法の揺らぎが、まるでなかった。」
ザエルの声が、少し低くなる。
「発動までの予兆がゼロだ。強弱の域を超えてる。気配も、圧も、魔力の放散も何もない。気づいたときには魔法が放たれてる。つまり、こちら側には何の対処もできないんだ」
彼は両手を大げさに広げて見せた。
「お手上げさ。あれはもはや“魔法”じゃない。気配無く後ろから突然現れて、ぶった切られるみたいなもんだ。」
静かに唸る部下の顔に、戦慄が浮かぶ。
「ま、だからこそあの二人は相当の実力者ってことだ。護衛としては申し分ない。お前も女に飢えてるからって、くれぐれも手は出すなよ?」
「出しませんて!今の話を聞いて、近づくやつはいないですよ!」
部下の背をバンバンと叩き、ザエルの豪快な笑い声が港の通りに響き渡る。
その声は、港町の雰囲気にとてもよく馴染んでいた。




