冒険
そんな平和な日常から、しばらく日が経ち……
ティアナたちは、何やらいつもと違い、真剣な顔で帰ってきた。
砂漠地帯に発生した魔物の群れ── 原因は不明だが、大型の魔物を中心に、この街に少しずつ近づいてきているらしい。
街の多くの冒険者が駆り出される予定で、ティアナたちにもついに、依頼が来たとのことだ。
「防衛系は断るとペナルティがつくからね」
そう、ティアナが笑って言ったが、カイルとエミリオは少し表情を曇らせていた。
魔物──それは俺がこの世界に設定した存在。
世界中のどこにでも現れ、すべての生き物にとって敵となり得るもの。
……でも、まだ実際に“目で見た”ことはない。
正直、少し興味が湧いた。
次の日、彼らは朝早くから出かけて行った。
どこに行ったかは...言うまでもないだろう。
様子を見に行きたいが、俺があまり表立って動くのは良くない。
あくまでこの世界の脅威に対応するのは、この世界の住人だ。
そんなことを考えながら、どうするべきか悩んでいたところ、
いつものように女主人が部屋に様子を見に来た。
あ、ちなみに女主人の名前は“カーラ”だ。
部屋に入ってくるなり、ため息をつきながらこんな言葉を投げかけてくる。
「最近、静かだね。いつもウロチョロしてるくせに。」
俺の身体が一瞬だけ、ビクッと震えた。
悪さをしたのがバレた犬の気分だ。
明らかに言葉が通じているのが分かっているかのように、
こんな感じで時々、カーラは喋りかけてくる。
そんな俺の様子には目もくれず、彼女は続けた。
「これは、独り言だけど……」
カーラは窓の外をちらっと見ながら、そう呟く。
「ティアナたちは南の砂漠へ向かってるよ。C、Dランク程度ならともかく、Bランク以上が出たらあの子たちじゃ少し危ないかもしれない」
この、CとかDとかいうのは魔物の強さランクだ。
分かりやすさを重視する俺らしいルール。
こういう展開、きっとみんなも一度は見たことがあるだろう。
物語が進むにつれて、敵の強さのランクが少しずつ上がってきたかと思いきや、急に強いのが出てきてどうするんだこれってなるやつ。
突然の格上、そして絶望……からの覚醒や援軍。
ファンタジーって、そういうのが面白いんだよな。
「あいつらはうちの常連だからね。あんたが何者で、どうするかは知らないけど……一応伝えとくよ」
カーラが部屋を出ていった後、伝えられた言葉に、俺は少し驚いていた。
主人公にこういう依頼染みたセリフを伝えるのなら分かるが、
俺はそもそもキャラクター設定すらしていないイレギュラーな存在だ。
そんな異質の存在に、こんな話を持ちかけてくるなんて。
この“カーラ”という女性が少し特殊なのかもしれない。
それとも、俺が創造した世界だからこういうキャラクターが生み出されたのか。
この世界の住人は、俺が思うよりもずっと……“自由”なのかもしれない。
しばらく考えて、俺は決めた。
とりあえず、手を貸すかどうかはともかくとして、南の砂漠へ向かってみよう。
***
その前に…… 俺はまず、自分に出来ること、自らのスペックを確認する。
一つは“神力”。
どんな事象も行使できる、1日1回限定の万能能力だ。
まさに、チート。
二つ目は“魔法”。
創造主いわく「魔法でなんでもできたらつまらないから」という理由で、
魔法で出来る事に限界がある。
詳細なリストは特に渡されていないが、一応、この世界で使用可能な魔法については俺はすべて使えるらしい。
三つ目は“耐久力”。
感覚的には、恐らく死なない。
痛みがあるかどうかは分からないが、少なくとも死という概念からは離れた存在のようだ。
……まあ、俺が死んだら“100年後の世界”とかもへったくれもない。
そのあたりは、当然の設定だろう。
その他、細かい能力を整理し、街を出る準備を整える。
出発の際には、早速、自らの存在感を薄くする魔法を使った。
完全な透明化は“ズル”と判定されたため、実装されなかったらしい。
幸いというべきか、街の入り口の衛兵たちは「今、外に出て行くやつなんていない」と決めつけていたようで、こちらに注意は向けられず、俺はあっさりと街の外に出ることができた。
街から離れ、目の前に広がった光景に、思わず足を止める。
澄んだ空気。 見渡す限りの地平線。 どこまでも広がる大地。
当然だが、ビルも家も車もない。
“ファンタジーの世界”がそのまま、そこにあった。
……俺が思い描いた世界だ。
その事実に、胸が少しだけ高鳴る。
一つ一つに感動しながら、俺はしばらくその場に佇んでいた。
この世界の住民にとっては当たり前の光景かもしれない。
だが、俺が元いた世界では恐らく一生、お目にかかることがなかっただろう。
そんな感傷に浸りながら、徐々に本来の目的を思い出す。
向かおう、ティアナたちが向かった南の砂漠へ。
俺は加速魔法を自身にかけ、風のように駆ける。
魔物とはどういう存在なのか。
果たして俺の想像通りなのか──あるいは、それすら超えてくるのか。
小さい頃に、新しいゲームを買ってもらった子供ようなワクワクした気持ちで、 俺はその現場へと向かった。