港町《ウエスタリア》
リベリオンを離れてから、およそ一ヶ月。
俺たちはようやく、人間大陸の最西端に位置する町へ辿り着いた。
ここは、港町。
貿易を主軸に発展しているだけあり、行き交う人々の活気はすさまじく、どこかエルシアにも似た空気を感じさせる。
エルシアでの生活を思い出し、しばらく佇んでいると、リューシャが不思議そうな表情でこちらを見ていたので、思わず話しかけてしまった。
「……リューシャは、この町には何度か来たことがあるのですか?」
「これで二度目です。以前来たのは……数十年前だったかと」
数十年――ああ、そうか。
見た目に惑わされていたが、彼女はすでに百歳を超えている。
何度聞いてもこの事実には驚かされるな。
そして、リューシャはさり気なく言ったが、二度目ということは前回訪れた理由があるということ。
エルフの大陸で何かが分かるかもしれないが……出自も含め、彼女にはまだ謎が多い。
ちなみに、人間大陸とエルフ大陸は地続きではない。
まずは、その中間地点とも言うべき交易所の島に行く必要があり、さらに海を隔てたその先の森に、エルフたちは暮らしているといった感じだ。
しかも、エルフの大陸に辿り着いたとしても、本土への上陸は通常であれば、不可能。
――それは、強力な結界が張られているからであり、入るには“エルフの言語”を用いた特殊な魔法が必要とされている。
ここで、交易所という言葉に疑問を持つ人もいるかもしれない。
人間とエルフって、国交を断ってるんじゃないの?――と。
その通り。
だが、実際は完全にシャットアウトしているわけではない。
ビジネスライク的な取引は存在する。
交易所の島は、いわば中継地点。
島には当然、エルフはいない。
人間とエルフの直接の取引ではなく、非人間種――獣人やドワーフのような種族が間に入り、荷物の受け渡しなどの仲介役の役割を果たしているのだ。
彼らはエルフとの間に非常に良好な関係を築いていて、人間のように金や欲で裏切るようなことはまずない。
エルフたちが彼らを信頼しているからこそ、この取引が成立していると言っていいだろう。
そんなわけで、とりあえずまずは、この島に渡らなければ話にならない。
問題は、どうやって交易船に乗せてもらうか――
リューシャの方を見たが、どう考えても彼女は交渉事は得意そうに見えない。
それに、ローブ姿の怪しい旅人2人組では、交渉もまともにできないだろう。
何かきっかけを探す必要がある。
すぐにいい案も思い浮かばないので、俺たちは、とりあえず、港の街を歩いてみることにした。
こういうのは、足を使って探すのが一番だからな。
それにしても、ここも素晴らしい町だ。
つい最近まで、リューシャと極力人通りの少ない街道ばかりを通っていたからか、目や耳に入ってくる活気が身体に染みる。
時折聞こえてくる、バカ騒ぎが心地よい。
リューシャは、そのやかましさに不機嫌そうだったが、やはりこういう元気のある場所というのは、たまにはいいものだ。
そのまま町を探索していると、通りの掲示板に目が留まった。そこには、一枚の依頼紙が風に揺れている。
『護衛募集:海魔出現につき、中継交易航路の安全確保求ム』
紙の端は擦れ、雨に濡れたような染みがついている。だが、内容は明確だった。
しかも近くには、それらしい男が立っていて、通行人に向かって声を張り上げている。
「護衛を探してるんだ! 誰か腕に覚えある奴は――あ、そこの旦那!」
行き交う者にひたすら声をかけているが、誰も立ち止まろうとはしない。
町の雰囲気とは違い、どこか不自然なその動きが気になり、遠くから耳を傾けてみる。
「おいおい、マジで言ってんのか?今、この時期は“アレ”が出るって、知ってるだろ? 誰が好き好んで行くかよ」
「そんな、旦那!助けてくださいよ!旦那の腕なら余裕でしょ?」
「まあな、余裕だぜ。......と言いたいところだが、アレは無理だ。サイズが違いすぎる。 噂だと最近、俺の知り合いの船も沈められたらしい。まあ、しばらくおさまるのを待つんだ。それが一番安全だぜ」
「そんなぁ…...」
男は、肩を落として呟いていた。
周囲に漂うのは諦めと静寂。
どうやら、航路に出る魔物が出るらしく、しかもかなりの脅威らしい。
だから、あんな風にみんな避けていたのか。
俺たちは、少し距離を詰めて張り紙の前の男に声をかけることにした。
「おい、護衛を探しているというのはほんとうか?」
リューシャが男に向かって声をかける。
相変わらず男前の喋り方……そんなことを考えていた俺の横で、男はばっとこちらに顔を向け、声をかけてきた。
「お!聞いてくれるか? エルフ大陸との中継島の航路に海魔が出ちまってな......皆怖がって手を挙げようともしねえんだ。報酬は弾むぜ、助けてくれ!」
話を聞く限り、こちらとしてもみなが避けてくれている今がチャンスだ。
逆に、大人数での移動は極力避けたい。妙な詮索を避けられるしな。
俺たちとしては全く問題なかった為、「受けますよ」と言いかけたその瞬間、男の目が妙に細まり、声色が変わった。
「って……あんたら、何者だ?妙に雰囲気が違うな……この辺の人間か?」
今更だが、俺もリューシャも会話中、ずっとローブを深く被っている。この町の明るい雰囲気とは、全く似つかわしくない。それに、相手からはほとんど顔が見えておらず、怪しさ満点だ。
「すまねえが、身元がはっきりしねえ奴は、船に乗せられねえ。海魔だけでも脅威だってのに……」
そんな言葉を交わしていると――
周囲でこちらの様子を見ながら立ち止まっていたガラの悪そうな集団が、じりじりと距離を詰めてきた。
「よぉ、報酬を弾むってのはほんとか?」
俺たちをまるで無視して、リーダー格らしき男が前に出てくる。
「え、ええ。無事、交易所の島まで辿り着いたら……しっかり支払いますよ」
「そうか、分かった。 俺たちが受けてやるよ。だがよ――今の海域の魔物のヤバさは、お前も知ってるよな? それなりの対価はもらうぜ」
「はい、まあ……仕方ないですね。分かりました」
俺たちには目もくれず、依頼主と交渉を進める男たち。
そのことが、リューシャの癇に障ったのか、静かに一歩踏み出すと、低く呟いた。
「おい、そこのデカいの。 何を勝手に話を進めている。 今、私たちが話しているのだ。――でしゃばるな」
リューシャのその一言に、周囲が凍りついた。
そして、ほどなくして爆笑が起こる。
「おいおい、この声……女かよ!」
「護衛に女とか、正気か!? ははは!」
男たちは大爆笑だ。
なにがそんな面白いのか分からないが、腹を抱えて笑っているやつすらいる。
「護衛じゃなくても、俺の付き添いって言うなら連れてやってもいいぜ。 まあ、そっちも当然、お代はもらうけどな」
男が下卑た笑みを浮かべながら、リューシャのローブへ指を伸ばしかけた瞬間――
空気が爆ぜた。
突風が男の身体を軋ませ、彼は叫びも出せずに数メートル先の地面に叩きつけられる。
突然すぎる光景にその場にいた誰もが言葉を失った。
「触れるな。……下衆が」
冷ややかな声。
リューシャは、男の姿すら見ずに平然としていた。
周囲の温度が、一瞬で下がる感覚。
だが、男たちもすぐに正気を取り戻し、頭に血が上った集団は、声を荒げて叫ぶ。
「てめえら!やってやれ!」
数人が一斉に襲いかかってくる――
だが、リューシャは構えすらせず、手をわずかに動かすだけ。
再び風の魔法が四方に弾け、男たちはまるで紙屑のように吹き飛んだ。
地面を転がり、呻き声をあげるが、リューシャは一瞥もくれない。
まるで見る価値もないと言うような様子だ。
その異様な雰囲気を感じたのか、吹き飛ばされた男たちが再び、立ち上がった時。
今度は、各々が腰の武器に手をかけていた。
鋼が抜かれる音。 怒りの瞳。
……それを見たリューシャの魔力が変わる。
空気が震え、地面に張りつくような重圧に視界が、微かに揺れる。
明らかに先程までとは違う魔力の質。
ただの風とは違う、殺すことすら、厭わない。――そう感じるほどの殺気。
このままでは彼女が、本気で殺してしまう。傍観しようと思っていたが、俺はやむなく魔法を使った。
――詠唱。ノクターナ・スリープ
淡い光が、リューシャの猛々しい魔力に覆いかぶさるように広がり、 睡眠魔法の範囲内にいた男たちが、次々とその場に膝をつき、倒れていく。
それほどレベルの高い魔法では無かったが、思った以上に効果は抜群だった。
チラリとこちらを見たリューシャは気まずくなったのか、無言のまま、静かに魔力を収束させた。
......俺が止めなかったらどうしてたんだと、ぞっとする。
静寂。
空気は静かになったが、依頼主も行きかう通行人も、誰も言葉を発せられないままだった。
彼女とは一ヶ月ほど旅してきた。
そして分かったのは――思った以上に、キレやすい。
……エルミナもいずれ、こんなところまで、真似してしまうんだろうか。
そんな不安が、頭をよぎった。
ゼンベルの時と戦いのパターン一緒やんって思ったと思います...
私も思いました笑
頭に浮かんだストーリーの構成の関係で、今回はこんな感じですが、ちゃんと強者同士の戦いも描きたいと思ってますので、引き続きよろしくお願いしますm(_ _)m




