王家の秘密
建物の陰から現れたのは、若いハーフエルフの女性。見た目は二十代前半といったところか。
――いや、それよりも、まず気になる点がある。
この都市に彼女が“存在している”ことだ。
人間種以外の居住を認めていない都市に、なぜ。
そんな疑問に浸る間もなく、彼女は口を開いた。
「エルミナの部下と聞いていたから、少し様子を見ていたがなかなかやるな、小僧。
……ああ、先ほどのやつらは気にしなくていい。私とは無関係だ」
小僧?
誰のことだ?
ここにいるのはゼンベル、アイナ、そして俺。
その中で“小僧”と呼ばれるような人物は……
「こ、小僧って……師匠の顔に似合わなすぎる……」
アイナがぷるぷると肩を震わせ、笑いを必死にこらえていた。ゼンベルはアイナを一瞥し、すぐに声の主へ向き直る。
「あなたが、エルミナ副団長のおっしゃっていたリューシャ様でしょうか」
「ああ、そうだ。あの小娘は息災か?」
「ええ、日々公務に励まれてますよ。昔から、エルミナ副団長の口調がやけに男らしいと思っていましたが……あなたの影響ですか」
他愛もないやり取りが続く中、アイナは口をぽかんと開けたまま置いてきぼりになっていた。
「ゼンベル師匠……エルミナ副団長から、これから我々が会う方は、かなり年上の方だから敬意をもって接するようにって言われてましたが……?」
「かなり年上とは、失礼だな。まだ、私は百歳を超えたばかりだ。まあ、お前ら人間種と比べれば確かに年上か」
その言葉に、アイナもゼンベルも目を見開く。
彼らにとって、エルフとは“話に聞くだけの存在”だった。
エルミナからは、ある程度話を聞いていたはずだが、それでも本物を目の前にすると動揺を隠せないようだ。
リューシャは表情を引き締め、声色を変える。
「それよりも……エルミナが言っていた話は本当なんだろうな? 万が一、嘘だった場合……ただではおかんぞ」
刹那、彼女の周囲に魔力の渦が巻き起こった。触れれば火傷するような桁違いの魔力の圧が、肌を刺すように襲ってくる。
ゼンベルは反射的に剣へと手を伸ばしかけ――
なんとか思いとどまり、手に持った籠を前に差し出した。
「こちらにいらっしゃいます。ご確認を」
そう言って籠の蓋を開けるゼンベル。
俺は少し戸惑いながらも、外へと身を乗り出した。
「ほぅ…...これは」
リューシャが、俺を見つめていた。
ただの視線ではない。
鋭く、しかし冷静に観察する目。
体温が一瞬、下がるような感覚すらある。
俺も彼女を見つめ返す。
――彼女は、ただのエルフではない。
その実態は、人間とエルフの間に生まれた種族。
ハーフエルフである。
基本的な特徴は、エルフとほとんど変わらない。
だが…...ハーフエルフの特徴として、肌が浅黒くなる。
しかも、彼女の生まれには気になる点があった。
「先々代国王とエルフの間に生まれた。」
……どう考えても、面倒ごとの気配しかしない。
この都市の常識、いや国の骨格すら揺るがすような血筋。
何故そんなことに?
さらに目を凝らすと、スキル項目が浮かぶ。
一つは魔法系――練度はS。
まあ、それは驚かない。
問題は、もう片方。
『王命律』
これは、よろしくない。
スキルの効果は、
“発した言葉が対象に絶対の影響力を与える”
命令、問いかけ、宣言。
あらゆる発話が発動トリガーとなる。
こちらのスキル練度は、C。
先々代王の子供とは言え、やはり生来の血筋ではないからか、実際に使えるようなスキルレベルではない。
それにCのまま、練度が上がってない事から、彼女自身もこのスキルに気づいていない可能性が高いだろう。
だが――この能力を、現国王が「A」、いや「S」で持っていたら?
王が一言、相手に発するだけで終わってしまう。
……これは、アウトだろ。
創造主が、バランスブレイカーと言っていた意味が分かる。
まあ、予想外の形とは言え、人間王のスキルの内容が分かったことは大きい。
どうするかは、おいおい考えるとして、対策は考えておかないといけないだろう。
ふと見上げると、リューシャはいつの間にか俺の目の前まで来ていた。
「触れてもよいか?」
「私どもには判断できません。神獣様が拒否しなければ」
俺は、ティアナに散々触られてきたこともあり、特に抵抗はなかった。じっとしていると、リューシャの指先が、そっと毛並みに触れる。
「この白銀の毛並み。金色に輝く瞳。そして触れただけで分かる、圧倒的な存在感……」
しばらく沈黙が続いた後、リューシャはゆっくり顔を上げる。その瞳には、何かを決断した者の光が宿っていた。
「……いいだろう。すぐに出発の準備をしろ。」




