一触即発
創造主の言っていた通り、ほどなくして俺はついに解放された。久しぶりに見る外の世界。
結局、あの籠の中にいたのは一週間ぐらいだろうか。 外の光が、少しまぶしく感じる。
だが、そんな俺の解放感とは裏腹に、目の前の光景は緊迫していた。
俺の前にいるのは、エルミナ、ゼンベル、アイナ。
そして、その三人の正面に立ちはだかっているのは──グランツ騎士団長。
籠から出たばかりの俺を、グランツはじっと睨みつけている。
「やはり……数日前から何か動いているとは思っていたがこれはどういうつもりだ、エルミナ副団長。 都市内、ましてや騎士団内部に魔物を招き入れるとは」
一歩、前へ。
まだ剣には手をかけていないが── 抜き放つまで、あと一瞬という気配がある。
グランツから発せられる圧に、ゼンベルとアイナ、 そしてエルミナでさえも気圧されそうになっていた。
……ようやく、合点がいった。
なぜ、俺たちをこの都市に呼び寄せたのが“団長”ではなく“副団長”だったのか。
グランツには──幼少の頃、村が魔物に襲われ、家族も友人もすべてを失った過去がある。
普段の振る舞いからは到底想像できないが、 彼の魔物への憎しみは常軌を逸しており──
その凄まじさゆえ、都市外から来た平民にもかかわらず、騎士団長にまで上り詰めた。
俺は見落としていたが、改めて彼のステータスをよく視れば、すぐに分かる。
その“消えない憎悪”は、本来、後天的には発現しないはずの力を呼び起こし──
“狩魔”という名のスキルとして刻まれていた。
そんな彼が、俺のような存在の侵入を許すはずがない。だからこそ、エルミナはグランツに相談せず、 単独で俺たちを呼び寄せ動いていたのだろう。
「グランツ騎士団長……お待ちください。 こちらにおられる方は、魔物ではございません。 まだ詳しくはお伝えできませんが…… もう少しだけ、お待ちいただけないでしょうか」
エルミナは必死に懇願するが、グランツは首を振ることすらせず、冷淡に言い放つ。
「エルミナ副団長、あなたのことは信頼している。だが、これは話が別だ。先ほどから視てみても…… その存在は、底がまるで見えない。そんなものをこの場で野放しにするには、危険すぎる」
彼には、もう一つのスキルがある。
“心眼”。
俺が普段ステータスを視る時に使う力の──いわば、劣化版。
……とはいえ、その効果は申し分なく、魔力探知はもちろん、 相手のおおよそのステータスや特性も見抜くことができる。
だが、そんな力も俺には通じない。グランツの眼にも映らない存在が、いま目の前に存在している。
それは、彼にとって……“許されない”ことだった。
そしてついに、グランツはゆっくりと剣を抜いた。
その瞬間、先ほどまでとは比べ物にならない緊張が、この場の全員を襲う。
目の前の三人も、反射的に剣を抜いていた。
──一触即発。
この場で彼らが本気でぶつかれば、周囲への被害は計り知れない。
騎士団始まって以来の衝突。
まさに、それがいま起きるかもしれない── そんな思いが、それぞれの脳裏を過ったその時。
不意に、耳障りな声が響いた。
「おや?こんなところで剣を抜いているとは。平民上がりはやはり、野蛮でいかんな」
ねちっこい言い回し。
重たそうな着衣を纏い、あの丸まると太ったブタのような見た目。
……まさか、ここで“あいつ”の登場。
そう、現れたのは──ノートンだった。




