籠の中の獣
あー、困った。
完全に油断してた。
俺は、目の前の光景を眺めながら、ぼんやりと考えていた。
…...まあ、とはいえ、別に詰んだわけではない。
神力もあるし、一定レベル以上の魔法を使えばミスリルは貫通できる。
魔法に対して完全無敵だと強すぎるからな。
ミスリルは魔法に対抗するための装備として、俺自身が設定を考えたからどこまで耐えられるのかはよく知っている。
…...が、まさか、その中に自分が閉じ込められるとは思ってなかったけど。
あまり派手なことをすると敵対される恐れもあるし、面倒なことになる可能性も高い。
今のところはお互いに様子見って感じだし、無理する必要はないか。
そう思い、俺は改めて状況を整理した。
部屋だ。
外から見た籠のサイズでは到底説明できないほど、広い空間が広がっている。
さすがに、この前泊まった城塞都市の高級宿ほどではないが、
それなりのグレードで作られていて、広さも申し分ない。
しかも、どういう仕組みか分からないが、飲み物や食べ物も十分にありそうだ。
その事実に、とりあえず安心して俺はベッドの上に飛び乗る。
ティアナ、カイル、エミリオ……みんな元気かな。
そんなことを考えながら、俺はゆっくりと眠りについた。
*
…...それから、数日後。
俺は今、完全に暇を持て余している。
最初のうちは良かった。
ティアナたちとの暮らしも楽しかったが、こんなふうに一日中ずっと一人になることはなかったからな。
好きなタイミングで起きて、飲み食いして、寝る。
会社員時代の俺からすると、これ以上ない贅沢だ。
そう思いながら、俺は嬉々として“自分だけの空間”で過ごすつもりだった。
…...だが、俺は途中で気づいてしまった。
ここには──マンガも、ゲームも、ネットすらない。
外に出ることもできず、部屋の中で出来ることは、寝るか飲み食いするかだけ。
さすがの俺も、三日目くらいからだいぶ飽きてきた。
ついには耐えかねて、あの創造主のところに会いに行ったほどだ。
例の空間に行くと、すでに俺の様子は知っていたようで、めちゃくちゃ笑われた。
……相変わらず性格が悪い。
まあ、会いに行ったのは暇だったからだけじゃない。
創造主に聞きたいことがあったのだ。
一つは──スキルについて。
結論から言うと、やはりスキルは存在していた。
しかも、俺が世界を創造する際に「設定したい」と言ったらしい。
色々と話しすぎたせいで、どこまでが元々の俺の設定だったのか、
曖昧になりつつあるが、とりあえずスキルが“存在する”という事実は確認できた。
実の所──ステータスの能力値とかスキルとか、そういった類のものはぶっちゃけ大好物だ。
今の若者には分からないかもしれないが、ネットがそれほど発達していなかった時代。
ゲームの攻略本っていう分厚い本があって、それの後ろの方のページに載ってる敵のモンスターの能力とか、キャラのスキル表とか──
ああいうのを見るのが、すごく好きだった。
......じゃあ、なんでこの世界ではそういった設定をほとんど丸投げしたのか。
それは──思った以上に難しかったから。
あるキャラのステータスを決めた後に、
「いや、こいつがこの強さならこっちはこれぐらいだろ…」
「でもこのレベルなら、さすがにこっちも盛らないと…」
みたいな無限ループに陥ってしまう。
見てる分にはワクワクしたが、いざ割り振りを考えると予想以上に難しく、
ゲームクリエイターってほんとにすごいんだなと、改めて尊敬した。
ちなみに確認の結果、簡単に言うとスキルは生まれ持って与えられるもので、
後天的に追加されることは滅多にない。
一つスキルがあれば、優秀。
二つスキルがあれば、天才。
三つ以上スキルがあれば、異能。
スキルの幅はC~Sまであり、練度についてはかなり大変だが、訓練で伸ばせるそうだ。
さらに、話の中で聞き逃せない発言もあった。
《各種族の王には、それぞれ特殊なスキルがある。
君の言うバランスブレイカーになり得るものだ。これは、対策した方がいいかもね》
まるで他人事のように。
いや、まあ実際“他人事”なんだろうけど──
さらっと爆弾発言をしてくるあたり、やっぱりあいつは一枚上手だ。
結局、問い詰めても具体的な答えは教えてくれなかったが、
俺は王の話を聞いて思い出した。
──神話の話。
一体、どういうつもりなのかと尋ねると──
《そっちの方が、面白そうだから》
と、また身も蓋もない答えが返ってくる。
……やっぱり、こいつとは合わない。
でもまあ、世界を回るきっかけにはなったし、悪い事ばかりではない。
結局、俺は「これについてはもういいや」と強引に折り合いをつけることにする。
創造主と話していると、だんだんと精神的に疲れてきたので、最後にひとつだけ質問することにした。
──お前はこの世界を、どうしたいと思ってるんだ?
それに対して、即座に答えが返ってくる。
《それは、君が決めることだよ。僕が決めることじゃない》
《ゴールなんてないんだ。君は全力で──君の創った世界を楽しめばいい》
そして、少しだけ声を落として、こう告げた。
《……そろそろ次のステージが始まる。まあ、頑張ってよ》
その言葉を最後に──俺の意識は、再び世界へと引き戻される。
*
相変わらず、創造主が何を考えているのかは全く読めない。
だが、俺の中で少しずつ、この世界に対する見方が変わってきた。
もっと、この世界を知りたい。
そんな漠然とした気持ち。
確かにその思いは──強くなっていた。




