新たな役割
突如として告げられた爆弾発言に、俺はただ唖然としていた。
エルミナが語る神話は──こうだ。
かつて、世界はひとつの大陸だった。
各種族同士が手を取り合い、豊かな暮らしを営んでいたという。
......だが突如、ある種族間での些細な言い争いがきっかけで、平和な日々に亀裂が走る。
そのほんの小さな争いが火種となり、やがてそれは“戦争”とも呼ぶべき規模にまで膨れ上がってしまった。
栄華を極めていた街や都市は崩れ、穏やかだった大地は、至る所で傷つけられていく。
やがて──ついには、これまで存在していなかった“魔物”という生き物が突然現れ、さらに世界を荒れ果てさせていった。
世界中の民が絶望した。もうこの世界は終わりだと。
誰もがそんな絶望と混迷にあえぐ中、突如として、天から一筋の光が降り注ぎ──何かが現れた。
白い毛並みに包まれ、金色の瞳を宿す獣。
......そう、まさに神の使い。神獣様が現れたのだ。
その力は凄まじく、暴れまわっていた魔物を次々に葬り去り、
世界各地の種族の“王”のもとを訪れ──彼らを跪かせた。
やがて、大陸そのものをいくつにも分断し、それぞれに“住む土地”を与え、
こう言い残したという。
「──千年後。私はふたたびこの地に戻ってくる。
その時、この世界を見定め──お前たちに“審判”を下す。」
そう神獣様は告げ、天へと帰っていった──と。
*
神話を語り終えると、エルミナは静かに俺へと視線を向けた。
「これは、城塞都市に伝わる神話で、ごく一部の限られた者しか知らない。
……これも口外しないで欲しいのだが」
言葉のトーンがわずかに変わる。
「私には、ほんのわずかだが王族の血が入っている。
その関係で幼い頃、内地の王城に入れてもらえる機会があってね。
偶然訪れた司書室で、この神話の存在を知った。 」
「その頃は──勿論、ただのおとぎ話だと思っていたよ。
......でも最近、エルシアの街で“白い獣を見かけた”という噂を耳にしてね」
その目には、確かな追究の意思が宿っていた。
エルミナは一呼吸おいて、続ける。
「私もそんな子供の頃の話をなぜ今、思い出したのか分からない。
だが、なぜだか分からないが少し気になってしまい、内地にいる知り合いにそれとなく聞いてみた。
そして……私の調べによると、その“千年後”というのは──まさに、“今”だ」
その言葉に、ティアナたちは小さく息を呑んだ。
千年前、と聞くと非現実的な響きだ。
だが、“今”と続けられると途端に現実味を帯びる。
現実味の無い神話を聞いていたはずなのに、急に自分たちの足元にそれが立ち現れてきたような──
そんな感覚。
「……ここにいるアストが、神話に出てきた神獣様かどうかは分からない。
だが、ここ最近の魔物の活発化や、ある種族の動き、今回の事件を見ていると──
まったく無関係だとも思えない」
「......何より、私がかつて本で見た“その獣”の特徴と、アストがあまりにも似すぎている」
今度は、エルミナだけでなく──ティアナたち三人も、無言で俺を見つめた。
神話に出てくる神獣。
俺にとっては、突拍子もない話である。
創造主によって付け加えられたあり得ない設定。
だが、俺はというと……正直、悩んでいた。
ぶっちゃけ、悪くない立ち位置ではある。
世界を救う英雄のお供として、共に旅をする──
そんな“縛られた役割”になるのなら、俺は本気で創造主に抗議しようと思っていた。
しかし、話を聞いている限りでは、そこまで行動が制限されるわけではない。
世界を見て回って、最後に“審判”を下す。
放浪旅から、“使命”のある旅に変わっただけ。
それならば……まあ、悪くない。
しかも、この神話は世界中で知られているものではなく、
ごく一部の人間しか知らないようだし、それほど大事にもならないはず。
そう──俺が望む“自由な旅”は、なんとか維持できそうだ。
そんな思いもあり、俺は一旦、この状況を受け入れる事にした。
*
そんなことを考えていた時だった。
エルミナが、ティアナたちに静かに告げる。
「……そこで、君たちにお願いがある。
アストを、“預からせてほしい”」
その言葉に──三人は即座に立ち上がり、声を揃えて言った。
「それは、お受けできません!」
突然の大声での拒絶に、エルミナもわずかに目を丸くする。
だが、すぐに切り替え、口調を変えた。
「違うな──言い方が悪かった。
……アストは、こちらで“預からせてもらう”」
その声には、騎士副団長としての命令の重みが乗っていた。
先ほどまでの柔らかな雰囲気とは違う。
拒否権すらないと悟らせる、圧倒的な言葉の強さ。
その空気に、ティアナたちは息を呑み──
思わず、砂漠での魔物との戦いを思い出しそうになっていた。
だが──それでも、ティアナは震える声を押し出す。
「アストは……私たちの、仲間です。
アストを……どうするつもりですか?」
そのまっすぐな視線。
泣きそうな声でも、揺るがない意思だけはしっかり伝わる。
エルミナはその真剣な眼差しを見てふっと微笑み──その表情を少しだけ緩めた。
「安心したまえ。アストに手を出すつもりはないよ」
「じゃあ……どうするんですか?」
「アストに“会わせたい方”がいる。
その方は──エルフだ」




