神話
「では、そろそろ本題に入ろう。
砂漠での出来事を──改めて聞かせてもらえるだろうか」
エルミナの言葉に、三人は素直に頷いた。
味はともかく、どうやらリラックスは出来たようだ。
彼らはまず、街に魔物が迫っていたという簡単な経緯から語り始める。
その後、砂漠での様子──そして、例の魔物について。
ティアナたちが一通り話し終えるまで、エルミナは黙って耳を傾けていた。
そして、最後まで聞き終えたあと──
彼女は小さく息を吐き、ぽつりと漏らす。
「……部下から受けていた報告と一致するが……やはり、にわかには信じ難いな」
そのつぶやきに対し、ティアナが何かを発しようとした瞬間、エルミナは片手をすっと前に出す。
「すまない。君たちが嘘をついていると言っているわけではない。
私の認識が追いつかないだけだ。気を悪くしないでくれ」
ティアナは勘違いしたことに気づき、顔を赤くして小さく頷く。
その様子を見て、エルミナは続けるように言った。
「正直なところ──
ティアナさんが、普段は実力を隠していた“大魔法使い”だったと言ってくれたほうが、まだ納得できる」
表情は崩さず、それでも静かな困惑が滲む。
「騎士団にも魔法に詳しい者がいる。
現場を見てもらったが……使用されたであろう魔法は、団員ですら見たことのないレベルだったと聞いている。
──その説は、ないんだね?」
まっすぐにティアナへ視線を向ける。
その目は嘘を見抜こうとするものではなく、
ただ、事実の形を確かめようとする目だった。
ティアナは少しだけ迷ったが、はっきりと頷いた。
その様子を見たエルミナは、軽く息をつき──
沈黙の中で、静かに考え込む。
応接室には再び、張りつめた空気が漂い始める。
美人は真剣な顔でも美人だな……
──そんな全然関係ないことを思っていた俺の目線に、エルミナの視線が重なった。
ちらり、と籠の中を見た彼女は、再び口を開く。
「……ふむ。そうなると、やはり確認しなくてはいけない。
──そちらにいるんだろう。見せてくれるかな?」
唐突に、全員の視線が俺に集まる。
(おっと……この流れで俺がくるか)
今の話の流れからして、“俺に何かある”と思われている可能性は高い。
恐らくこの場に呼び出されていることから、すぐに敵対行動はされないだろうが……警戒すべきだ。
ティアナが静かに俺に語りかける。
「アスト、出ておいで」
同時に、籠の蓋を開けてくれた。
それに応えて、俺はするりと応接間の床に着地した。
その瞬間──
エルミナの目が、見開かれる。
その眼差しが意味するものは、驚きか。恐怖か。
……それとも、もっと別の何か。
彼女の表情はすぐに落ち着きを取り戻し、再び凛とした顔に戻る。
「君が……アスト、で間違いないかな?」
俺は理解しているような、していないような曖昧な素振りで反応しない。
まずは、相手の反応を伺う。
すると、代わりにティアナが答えてくれた。
「はい、間違いありません。……でも、アストが何か関係あるんですか?」
俺が聞きたかったことを、ズバリ聞いてくれた。
グッジョブ。
その質問に、エルミナは言葉を選びながら迷っていた。
......やがて、決意の色を浮かべて口を開く。
「本来は……伝えてはいけない内容なのかもしれない。
けれど、君たちは“当事者”だ。
これから話すことは、口外しないと約束してくれるか?」
その言葉に、三人は顔を見合わせ、静かに頷いた。
「……よし。それでは話そう。
この世界に伝わる──“神話”について」
*
俺も話を聞きながら、心の中で頷いていた。
うんうん。
やはり、ファンタジーに、こういう設定はしっくりくる。
創造主との対話の中で、
「神話とか組み込むと、世界観に深み出るかもな?」なんて冗談で言ったことがある。
──どうやら、あいつはそれを本当に採用してくれたらしい。
都市の構造。エルミナの性格や所作。
俺が脳内で描いていたこだわりを、異常な再現度で表現してくるあいつに──
さすがに感謝の気持ちすら湧いてくる。
……だが。
そんな俺の感謝を、粉々に打ち砕くような爆弾が放たれた。
「そして──その神話に出てくる白き獣。
それが……このアストに、そっくりなのだ」
全員の視線が、再び一斉に俺へ向けられる。
……ん? なんだって?
神話に出てくる生き物に、俺が似てる?
「え……じゃあまさか、アストは……」
エルミナは静かに、だが確かに答えた。
「ああ。
“神獣様”──もしくはその生まれ変わりの可能性がある」
──あのやろう~~!!
登場人物の設定をいじるのは百歩譲って許そう。
だが、世界設定そのものを変えてくるのは反則だろう!!!
俺の心の中の絶叫は、虚空に向かってこだました。




