完璧の中の綻び
翌朝。
さすがに三人とも、どこか緊張していた。
昨晩、あんなに和やかだった空気とはまるで違う。
表情には、どこか硬さが滲んでいる。
その理由は、ただ一つ。
これから彼らは、騎士団に対して“あの砂漠の事件”について証言をしなければならない。
普通に考えれば──ティアナたちの実力で、あのような“冒険者集団を全滅させるレベル”の魔物を討伐できたとは、到底信じがたい。
その点は、確実に指摘されるはずだ。
「みんなで協力して弱らせた末、私たちがトドメを刺した」
「魔物が油断していて、たまたま攻撃が通った」
そういった筋書きも何度か打ち合わせた。
......だが、あの現場の“惨状”を見てきた彼らには、どうしてもそれが通用するとは思えなかった。
最終的に、正直に話すことにしたようだ。
──“謎の天からの声”。
つまり、俺の指示によって魔法を使い、討伐したことを。
荒唐無稽な話ではある。
だが、それが事実である以上、他に語りようはない。
そして、俺が呼ばれたことへの疑問も拭えない。
あの時、周囲には誰もいなかったはず。
隠蔽魔法も探知魔法も完全に作用していた。
この大陸にいる人間で、それをすり抜けて俺を“視認”できる者はいないはずだ。
……いや、創造主が何か動いている場合は別か。
昨日の騎士団長──グランツも、完璧ではないものの、認識疎外の魔法に気づいていた。
そうなると、あの場に俺の魔法を破る“特殊な能力”を持つ人間がいた可能性も否定できない。
正直、今回の件については、俺に疑いの目が向けられることはあり得ないと思っていたが──
内容いかんによっては、今後どう動くかを考える必要があるのかもしれない。
*
やがて時間になり、俺たちは目的の場所に辿り着いた。
昨日、俺が立ち寄った訓練場とは異なり、ここには外地と中地を明確に隔てる砦がそびえている。
門の前に着くと、騎士たちはすでに俺たちの来訪を把握していたようで、あっさりと通してくれた。
ちなみに俺はというと──今日はティアナの背にしがみつくスタイルではなく、
カイルが昨日、たまたま見つけて買ってきた“蓋つきの籠”の中で運ばれている。
背丈と身幅にちょうどよく、揺れも少ない。
居心地は……まあ、悪くないと言える。
そんなこんなで、三人と一匹──俺たちは無事、中地に入った。
中に入ると、すぐに騎士の一人が近づいてきて、応接間へ案内してくれる。
「ティアナ様、カイル様、エミリオ様。
この度は、都市リベリオンまでお越しいただきましてありがとうございます。
今、呼んでまいりますので、こちらに腰を掛けて少々お待ちください」
丁寧な言葉とともに、騎士は静かに部屋を退出した。
残された、無言の空間。
どこか、営業訪問先の待合室で相手方の重役を待っているような空気。
誰も声を発さず、ただ落ち着かない沈黙だけが流れていたが、
ついに、ティアナが耐えきれず声をあげる。
「やばい……緊張して、お腹痛くなってきた」
その言葉に、カイルとエミリオも深く頷く。
俺は三人ほどではないと思うが──
人間時代の昔の嫌な記憶が頭をよぎり、少しだけ頭が痛くなってきた。
そして数分後──
ガチャリ。
静寂を破る扉の音が響く。
現れたのは、一人の女性騎士。
金の髪に金の瞳。
優雅に流れる姿勢と、澄んだ通る声。
「わざわざ来てもらったのに、遅くなってすまない。少しトラブルがあってな」
口調は女性的と言うよりも男らしい語り口だが、声のトーンは柔らかく、言葉には本心からの気遣いが感じられる。
ゆっくりと俺たちの向かいのソファへ歩み寄り──
優美な所作で腰かけた。
そして、まっすぐにこちらへ向き直ると、静かに告げる。
「まずは、自己紹介をしよう。私の名前はエルミナ。
騎士団の副団長を務めさせてもらっている」
騎士副団長──エルミナ。
俺は、彼女を知っている。
彼女もまた、俺がこの世界で設定を組み込んだ人物のひとりだからだ。
金の髪に金の瞳。
澄んだ声と包容力のある人柄。
その見た目と振る舞いが相まって、都市内での人気は高く、街のあちこちで名前を聞くこともある。
実力も確かだ。
騎士団長グランツに次ぐ強さを持つよう設定していたため、ステータスも文句なしに高い。
念のため、籠の隙間から彼女のステータスも確認したが──
特に設定が改変された様子はなく、ほっとした。
*
応接室。
硬くなった空気のなか、ティアナたちも、緊張しながら自己紹介を始めた。
「ほ、本日は……お招き、い、頂き……」
明らかに“慣れていない場”だとわかる。
ぎこちなく、言葉を選びながら、それでも誠実に伝えようとするティアナ。
エルミナはその様子を見つめ──微笑んだ。
「そんなに緊張しなくていい。
今日は何も、君たちを尋問するために、ここに来てもらったわけじゃない。
もっと普段通りでかまわないよ」
言葉に優しさが滲んでいた。
無理に安堵させようとするのではなく、自然に胸の張りつめたものをほぐしてくれるような響きだった。
彼女は席を立ち、ゆっくりと歩いて部屋の扉へ向かう。
「何か飲み物を用意しよう。少しだけ席を外す。
リラックスして待っていてくれ」
そう言って、エルミナは部屋を出ていった。
その瞬間──三人は小声で騒ぎ出す。
「……なんですか、あの完璧超人は!」
「確かに……あの見た目でこの優しさ。エルシアにはいないタイプだな」
「昨日、街のあちこちで副団長様のグッズが売られてたのも納得ですね……」
その言葉に俺は、満足げに頷いた。
その通りだ。
彼女は俺の脳内人気ランキングでも、文句なく上位3位には入る。
見た目、性格、実力、振る舞い──どれをとっても一級品。
そして、そんな彼女には……お約束の“欠点”もひとつ仕込んだ。
ありがちな設定かもしれないが、その“ありがちさ”こそが心地良さでもある。
今回も、その例にもれず彼女はそれを忠実に再現してくれるはずだ。
*
数分後。
部屋に戻ってきたエルミナが、銀のトレーを手に現れた。
その上に乗せられていたのは──おそらく、お茶。
……と思われる液体だったが、見た目はどう考えてもおかしい。
暗緑とも紫ともつかない、光にかざすと微妙に混ざり合う色味。
沸かした葉の気配はある。
が、今の数分でなぜここまで濃くなるのかが謎なほどに、怪しい煌めきを放っていた。
ただのお茶を入れるだけなのに、いったい何をどうしたらこんなことになるのか。
そう、彼女の隠された設定──それは、メシマズ。
完璧な人物ほど、何か一つ苦手ものがあるというギャップが映える。
三人の目線が、カップへ注がれた液体に吸い寄せられると、
エルミナはふわりと微笑みながら、彼女たちに告げた。
「さあ、遠慮せずに飲んでくれ。
なぜか、騎士のみなは、最初は喜んで飲んでくれたんだが──
最近は“副団長がそんなことをする必要はありません”って止められてしまってな」
「久々で……ちょっと色が濃くなったような気がするが......
味は、たぶん……大丈夫なはずだ」
不安げな口調が逆に怖い。
三人は、そっとカップを手に取り──恐る恐る口をつけた。
一口目。
顔が凍る。
二口目に至った者は──残念ながら、誰一人いなかった。
無言でカップを置き、目線を合わせないようにしながら、なんとか感想を濁す。
その様子を、俺は心の中で笑いながら眺めていた。
──やはり、完璧に見えるものほど、どこか“ほころび”がある方が人間味がある。
エルミナは、それすらも美しく決まっていた。




