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白き獣は世界を見下ろす  作者: HANA
人間大陸編
16/41

完璧の中の綻び

 翌朝。


 さすがに三人とも、どこか緊張していた。


 昨晩、あんなに和やかだった空気とはまるで違う。

 表情には、どこか硬さが滲んでいる。


 その理由は、ただ一つ。


 これから彼らは、騎士団に対して“あの砂漠の事件”について証言をしなければならない。


 普通に考えれば──ティアナたちの実力で、あのような“冒険者集団を全滅させるレベル”の魔物を討伐できたとは、到底信じがたい。


 その点は、確実に指摘されるはずだ。


「みんなで協力して弱らせた末、私たちがトドメを刺した」

「魔物が油断していて、たまたま攻撃が通った」


 そういった筋書きも何度か打ち合わせた。

 ......だが、あの現場の“惨状”を見てきた彼らには、どうしてもそれが通用するとは思えなかった。


 最終的に、正直に話すことにしたようだ。


 ──“謎の天からの声”。

 つまり、俺の指示によって魔法を使い、討伐したことを。


 荒唐無稽な話ではある。

 だが、それが事実である以上、他に語りようはない。


 そして、俺が呼ばれたことへの疑問も拭えない。

 あの時、周囲には誰もいなかったはず。


 隠蔽魔法も探知魔法も完全に作用していた。

 この大陸にいる人間で、それをすり抜けて俺を“視認”できる者はいないはずだ。


 ……いや、創造主が何か動いている場合は別か。

 昨日の騎士団長──グランツも、完璧ではないものの、認識疎外の魔法に気づいていた。


 そうなると、あの場に俺の魔法を破る“特殊な能力”を持つ人間がいた可能性も否定できない。


 正直、今回の件については、俺に疑いの目が向けられることはあり得ないと思っていたが──

 内容いかんによっては、今後どう動くかを考える必要があるのかもしれない。


 *


 やがて時間になり、俺たちは目的の場所に辿り着いた。

 昨日、俺が立ち寄った訓練場とは異なり、ここには外地と中地を明確に隔てる砦がそびえている。


 門の前に着くと、騎士たちはすでに俺たちの来訪を把握していたようで、あっさりと通してくれた。


 ちなみに俺はというと──今日はティアナの背にしがみつくスタイルではなく、

 カイルが昨日、たまたま見つけて買ってきた“蓋つきの籠”の中で運ばれている。


 背丈と身幅にちょうどよく、揺れも少ない。

 居心地は……まあ、悪くないと言える。


 そんなこんなで、三人と一匹──俺たちは無事、中地に入った。

 中に入ると、すぐに騎士の一人が近づいてきて、応接間へ案内してくれる。


「ティアナ様、カイル様、エミリオ様。

 この度は、都市リベリオンまでお越しいただきましてありがとうございます。

 今、呼んでまいりますので、こちらに腰を掛けて少々お待ちください」


 丁寧な言葉とともに、騎士は静かに部屋を退出した。


 残された、無言の空間。

 どこか、営業訪問先の待合室で相手方の重役を待っているような空気。


 誰も声を発さず、ただ落ち着かない沈黙だけが流れていたが、

 ついに、ティアナが耐えきれず声をあげる。


「やばい……緊張して、お腹痛くなってきた」


 その言葉に、カイルとエミリオも深く頷く。


 俺は三人ほどではないと思うが──

 人間時代の昔の嫌な記憶が頭をよぎり、少しだけ頭が痛くなってきた。


 そして数分後──


 ガチャリ。

 静寂を破る扉の音が響く。


 現れたのは、一人の女性騎士。


 金の髪に金の瞳。

 優雅に流れる姿勢と、澄んだ通る声。


「わざわざ来てもらったのに、遅くなってすまない。少しトラブルがあってな」


 口調は女性的と言うよりも男らしい語り口だが、声のトーンは柔らかく、言葉には本心からの気遣いが感じられる。


 ゆっくりと俺たちの向かいのソファへ歩み寄り──

 優美な所作で腰かけた。


 そして、まっすぐにこちらへ向き直ると、静かに告げる。


「まずは、自己紹介をしよう。私の名前はエルミナ。

 騎士団の副団長を務めさせてもらっている」


 騎士副団長──エルミナ。


 俺は、彼女を知っている。

 彼女もまた、俺がこの世界で設定を組み込んだ人物のひとりだからだ。


 金の髪に金の瞳。

 澄んだ声と包容力のある人柄。


 その見た目と振る舞いが相まって、都市内での人気は高く、街のあちこちで名前を聞くこともある。


 実力も確かだ。

 騎士団長グランツに次ぐ強さを持つよう設定していたため、ステータスも文句なしに高い。


 念のため、籠の隙間から彼女のステータスも確認したが──

 特に設定が改変された様子はなく、ほっとした。


 *


 応接室。


 硬くなった空気のなか、ティアナたちも、緊張しながら自己紹介を始めた。


「ほ、本日は……お招き、い、頂き……」


 明らかに“慣れていない場”だとわかる。

 ぎこちなく、言葉を選びながら、それでも誠実に伝えようとするティアナ。


 エルミナはその様子を見つめ──微笑んだ。


「そんなに緊張しなくていい。

 今日は何も、君たちを尋問するために、ここに来てもらったわけじゃない。

 もっと普段通りでかまわないよ」


 言葉に優しさが滲んでいた。

 無理に安堵させようとするのではなく、自然に胸の張りつめたものをほぐしてくれるような響きだった。


 彼女は席を立ち、ゆっくりと歩いて部屋の扉へ向かう。


「何か飲み物を用意しよう。少しだけ席を外す。

 リラックスして待っていてくれ」


 そう言って、エルミナは部屋を出ていった。


 その瞬間──三人は小声で騒ぎ出す。


「……なんですか、あの完璧超人は!」


「確かに……あの見た目でこの優しさ。エルシアにはいないタイプだな」


「昨日、街のあちこちで副団長様のグッズが売られてたのも納得ですね……」


 その言葉に俺は、満足げに頷いた。


 その通りだ。

 彼女は俺の脳内人気ランキングでも、文句なく上位3位には入る。


 見た目、性格、実力、振る舞い──どれをとっても一級品。


 そして、そんな彼女には……お約束の“欠点”もひとつ仕込んだ。

 ありがちな設定かもしれないが、その“ありがちさ”こそが心地良さでもある。


 今回も、その例にもれず彼女はそれを忠実に再現してくれるはずだ。


 *


 数分後。


 部屋に戻ってきたエルミナが、銀のトレーを手に現れた。


 その上に乗せられていたのは──おそらく、お茶。

 ……と思われる液体だったが、見た目はどう考えてもおかしい。


 暗緑とも紫ともつかない、光にかざすと微妙に混ざり合う色味。


 沸かした葉の気配はある。

 が、今の数分でなぜここまで濃くなるのかが謎なほどに、怪しい煌めきを放っていた。


 ただのお茶を入れるだけなのに、いったい何をどうしたらこんなことになるのか。


 そう、彼女の隠された設定──それは、メシマズ。

 完璧な人物ほど、何か一つ苦手ものがあるというギャップが映える。


 三人の目線が、カップへ注がれた液体に吸い寄せられると、

 エルミナはふわりと微笑みながら、彼女たちに告げた。


「さあ、遠慮せずに飲んでくれ。

 なぜか、騎士のみなは、最初は喜んで飲んでくれたんだが──

 最近は“副団長がそんなことをする必要はありません”って止められてしまってな」


「久々で……ちょっと色が濃くなったような気がするが......

 味は、たぶん……大丈夫なはずだ」


 不安げな口調が逆に怖い。

 三人は、そっとカップを手に取り──恐る恐る口をつけた。


 一口目。

 顔が凍る。


 二口目に至った者は──残念ながら、誰一人いなかった。


 無言でカップを置き、目線を合わせないようにしながら、なんとか感想を濁す。

 その様子を、俺は心の中で笑いながら眺めていた。


 ──やはり、完璧に見えるものほど、どこか“ほころび”がある方が人間味がある。


 エルミナは、それすらも美しく決まっていた。


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― 新着の感想 ―
おはようございます(´д⊂)‥ 数話矯めて、ついに騎士団への召集日きたー! って、読みはじめた瞬間ちょっと全私が湧きました(●^o^●)(目がさめました) エルミナさんホントにいいキャラしてますねw…
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