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白き獣は世界を見下ろす  作者: HANA
人間大陸編
14/41

託す思い

「おい、貴様。聞いているのか」


 ……先程から、何か声のようなものが聞こえる気がする。

 だが、気のせいだと思って無視を決め込んでいたところ──


「おい!」


 再度、鋭い声が飛ぶ。


「俺を無視するとはいい度胸だな。

 ちょっとばかし背が高いからって、調子に乗りやがって」


 その語気の荒さに、俺は仕方なく振り返る。


 ──そこには、ブタがいた。


 ……違う。

 ブタのように丸々と太った、立派な体格の人間がいた。


 俺はその姿を見た瞬間、心底後悔する。

 この姿で、一番遭ってはいけない人物と──遭ってしまった。


 こいつは──ひとことで言えば、“変態貴族”。

 男女問わず、美しいものを偏愛し、なんなら種族の枠も軽く飛び越えてくる。

 この都市の恥部を集約したような、そんな男だ。


 ファンタジーと言えば、こういう“どうかしてる貴族”が定番だろう──

 そんな軽いノリで面白半分に作ったキャラだった。


 だが、都市に入る直前に懸念していた「災厄が俺に降りかかる」というフラグを、

 まさかこんな最悪な形で回収してしまうことになるとは......。


 確か名前は……。


「ノートン......」


 思わず口をついて出たその名に、ノートンはさらに怒気を込めて声を荒げる。


「ノートン様だ!

 俺を無視したあげく、呼び捨てとは。

 これは教育せねばならんな」


 そう言って、背後に控えていた二人の従者らしき人物を前に出した。


 腰には、それぞれ長剣を携えている。

 ……さすがに都市内で抜くことはないと思うが、一応警戒しておくべきか。


「それより貴様……なかなか、美しい声だな。

 女か? そのフードの下の顔によっては、わが屋敷に連れていってやらんでもないぞ」


 ぬめるような舌なめずりを見せたノートンに、俺は背筋が走る寒気を覚えた。


 誰だ、こんな気持ち悪いキャラ設定したやつ。

 ……俺か。


 念のためステータスも確認したが、全く異常はなし。

 逆に言えば、何かあったら即座に“削除案件”だったのに。


 ……それよりも、今の状況こそがマズい。


 好き勝手にしてもいいなら、魔法を使えば一瞬で片付く。


 だが、“穏便に終わらせる”となると話は別。

 難易度が一気に跳ね上がる。


 しかも俺はここに来るまでの間、街並みに夢中になりすぎていて、実の所、夕方までのリミットが迫っている。

 ここで時間を取っている場合じゃない。


 最悪、神力を使うしかないか──

 そう決断しかけた、その時だった。


「ノートン殿が外地にいらっしゃるとは珍しい。

 何かお探し物ですかな?」


 声がした方を見ると、先ほどまでノアヴェルと訓練していた騎士団長──

 グランツが、こちらへ歩いてきていた。


 ノートンはグランツを見て、露骨に顔をしかめる。


「グランツ、貴様か……」


「お取込み中、申し訳ございません。

 何やら、そちらの方と言い争いをされていたご様子でしたので……。

 ここは、騎士団の駐屯地のすぐそばです。

 お話は、そちらでゆっくりお伺いできますが」


 口調は丁寧そのものだったが、グランツの目は笑っていない。

 挑発しているのが、言葉ではなく空気そのものから伝わってきた。


「……ふん!興が冷めたわ。もうよい、帰るぞ」


 ノートンはそれだけ言い放つと、二人の従者を引き連れてその場を立ち去っていく。

 高級そうな馬車に乗り込むまでの足のばたつきぶりは──無様の極みだった。


 その姿を遠目で眺めながら、俺はほっと息をつく。

 そんな俺の様子を見て、グランツが改めてこちらへ向き直った。


「すまない、つい気になって声をかけてしまった。余計なお世話だったかな?」


 彼はそう言いながら、じっと俺を見ていた。

 そして、わずかに首を傾げ──再び口を開く。


「人を見る事に自信があったのだが、私の目をもってしても、そのローブの下の顔を見る事が出来ない。

 相当高度な認識疎外の魔法をかけていると見た。……名のある魔法使い様なのだろう?」


 俺は心の中で小さく舌を巻いた。


 まさか、この魔法を見破るとは──

 いや、“魔法がかかっていること”に気づくだけでも、相当鋭い。


 フードが顔を隠すのではない。

 意識を“フードへ向けさせる”ことで、顔が見えないという錯覚を植え付けるのだ。

 認識疎外の魔法の本質は、自分が錯覚しているということに、本人すら気づかないところにある。


 それを、見破るとは──さすが騎士団長。

 俺が無言で驚いていると、グランツが少し真剣な顔になり、問いかけてきた。


「そんな魔法使い様が、どうしてこんな場所に?」


 その目には、先ほどまでとは違う明らかに“警戒”の色が宿っていた。


 騎士団長としての風格が、視線だけで伝わってくる。

 さすがに、この問いには、いつまでも黙っている訳にはいかない。


「……まずは、助けていただき、ありがとうございました。

 私はこの都市に本日来たばかりでして──」

 

「街を探索していたら道に迷ってしまい、何やら金属がぶつかり合う音が聞こえましたので……

 つい音に引かれて、こちらに」


 嘘は言っていない。


 来訪は今日だ。

 金属音に引かれてきたのも事実。


 グランツは俺の答えに目を細めたあと、軽く問い返す。


「......ほう、今日が初めてですか。どうですか、この都市は?」


「非常に素晴らしい都市だと思います。

 重厚感のある街並みで、キレイに整備されており──

 とても安心して暮らせそうな都市だと感じました」


 俺は、正直に言葉を告げた。

 そんな俺の答えを聞いたグランツは......やがてニンマリと笑った。


「そう言っていただけて、とても光栄です。

 都市のみなも、喜ぶでしょう」


 その笑顔は、屈託がなく、温かかった。

 都市を心から誇りに思っているのだろう。


「長い間、呼び止めてしまい申し訳ない。

 帰りの道は、大丈夫ですか?」


「はい、問題ありません。大通りに出れば戻れると思います」


 俺はそう答えた後、どうするべきか迷った。

 だが──どうしても伝えておきたかった言葉を口にする。


「……すみません、差し出がましいとは思いますが、

 ひとつお願いをしてもよいでしょうか?」


 突然の問いに、グランツが眉を動かす。

 そんな彼を俺は真っ直ぐに見つめ、こう告げた。


「彼を……ノアヴェルを、よろしくお願いします」


 静かに告げたその言葉に、グランツはわずかに目を見開いた。

 唐突に現れた名──偶然を装った先程までの俺の話と矛盾する、あまりにも具体な一言。


 そこに疑問を持たないはずがない。


 ノアヴェルを知る理由。

 この場所に辿り着いた意味。


 ……だが、それらすべてをグランツは受け止めてくれたのか。

 ──何も、問われなかった。


「──ああ。任せてくれ」


 そのひとことに、俺は安堵する。


 名乗りもせず、素性も語らない俺の願いを──

 彼はただ静かに引き受けてくれた。


 俺は、深く頭を下げる。


 そして、騎士の鋼と城塞の静けさが溶け合う街を──

 ひとり、元の道へと引き返した。


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― 新着の感想 ―
お邪魔します! ここに来て流れるように展開が積み重なるので気づいたらめっちゃ読んでました(笑) やはり文章がお上手ですね……。  え、グランツ、お人柄も含めてカッコ良くないですか? おまけに強いん…
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