束の間の安息
現在進行形でストーリーを考えてますので、1日1回を目安に変えます!
20時~21時頃、更新を目途に頑張ります(^^♪
視界に入った宿屋の外観は、誰の目にも明らかだった。
壁は磨かれた石材で構成され、美しく彫り込まれた模様と金属装飾が至るところに施されている。
エルシアでは一度も見たことのない──
まさに“上級宿”のそれだ。
そのあまりの迫力に、ティアナたちはただ、無言で見上げるしかなかった。
「……入る、しかないよね」
誰からともなくつぶやきが漏れ、三人は宿の重厚な扉を押し開ける。
中に入った瞬間、受付にいた男の目が鋭く動いた。
一見して、どのような人物が入ってきたのかチェックしているのだろう。
ティアナたちの格好は──お世辞にも“裕福”には見えない。
一般的な冒険者の、使い込まれた装備と布製の旅着。
その姿を一目見て、冷やかしと即座に判断したのか、受付の男の視線は冷たく無言の圧が漂う。
......だが、ティアナは一歩も引かなかった。
先ほどの衛兵との一件を思い出し、ローブから“あの装飾品”を取り出す。
騎士団の紋章を模した銀のバッジ。
それを机の上にそっと置くだけで──
受付の男の顔が、急変した。
「……こ、これは……!少々お待ちください」
声の調子が変わり、男は慌てて奥へと姿を消す。
数分後、裏口から現れたのは、明らかにこの宿の“支配人”の風格を持つ人物だった。
高級な制服に身を包み、丁寧すぎるほどの口調でティアナたちに声をかける。
「お待たせいたしました。
皆様のご到着、心より歓迎いたします。
お部屋は既にご用意しております」
人数と名前の確認の後、早速、部屋へと誘導されることになった。
あまりのスムーズさに、少し拍子抜けするティアナ達だったが、無事通してもらえた事に安心したようで、みな安堵の息を漏らしている。
そんな調子だった為、俺もついつい気が緩んでしまう。
ティアナ達の口ぶりからどれだけ立派な宿なのか気になってしまい、ちょっとだけローブの隙間から顔を出した。
すると、なんとまあ運悪く、ティアナの背中の謎のふくらみが気になっていたのか、通路の後ろ側でこちらを見ていた別のスタッフと目が合ってしまった。
「っ……!魔──」」
彼は反射的に小さくのけぞり、声を漏らしかけたが、自ら口を押え、大きく咳払いをする。
そして──苦しそうな笑顔のまま、小声でつぶやいた。
「……私は何も見ておりません。……何も……見ておりません」
その姿に、俺は内心で唸る。
プロだな……。
お客様の意向を優先する、素晴らしい仕事ぶりだ。
──でも、顔を出すタイミングは考えるべきだった。
軽率だったと反省。
そして──
俺たちは、部屋へと案内された。
*
部屋の扉が開いた瞬間、三人の目に飛び込んできたのは、予想をはるかに超える豪華な空間。
壁には繊細な模様が彫り込まれ、天井からは優しい光を放つクリスタルランプが吊るされている。
家具のひとつひとつに施された装飾はまるで芸術品で、触れるのがためらわれるほどだ。
何もかもが、“一級品”と呼ぶにふさわしい──そんな部屋だった。
「こちらが、皆様に本日お泊まりいただく、当宿自慢の最上級のお部屋でございます」
そう言って、執事のような口調で案内をしていた男は、恭しく深いお辞儀をする。
「お食事やお飲み物など、ご要望がございましたら、すべてお部屋にてご用意いたします。
何なりとお申し付けください」
カーラには悪いが、宿のレベルとしては月とすっぽん……いや、それ以上の差をティアナたちは感じていた。
三人は口を開けたまま、ただ唖然としている。
「あ、あの──」
カイルが恐る恐る手をあげる。
「はい、カイル様。何かご要望でしょうか?
どうぞ遠慮なく」
「えっと……私たち、お恥ずかしながら……その、持ち合わせがそれほどなくて……。
こんなお部屋、泊まってもいいんでしょうか?」
不安げな問いかけに、支配人の男はにっこりと穏やかにほほ笑む。
「もちろんでございます。お代は一切、結構にございます。
あなた方は、あの砂漠で魔物を討伐された英雄。
そのような方々から料金を頂くなど──滅相もございません」
「当宿での滞在費用は一切かかりませんので、
どうぞご自由に、気兼ねなくお過ごしくださいませ」
三人は顔を見合わせる。
──こんな夢のような話、本当に信じていいんだろうか?
「それでは、何かございましたら、お部屋にございますベルをご利用ください。
すぐに参上いたします」
「皆さま──旅の疲れを癒して、ごゆっくりおくつろぎください」
男は再び深くお辞儀をすると、静かに部屋を後にした。
突然の事態に思考がついてこない。
誰もがぽかんとしたまま、無言の時間が続いた。
しばらくローブの中でじっとしていた俺も、そろそろいいだろうと抜け出す。
改めて、部屋の中をぐるりと見渡して、思わず息をのんだ。
……これは、想像以上だった。
動けないのも無理はない。
確かに豪華。だが、ただ派手なだけじゃない。
木材の質感、布地の触り心地、照明の色使い。
どれもこれも、丁寧に作られた“繊細な美”に満ちている。
ベッドのサイズは、どれもキングサイズに近いゆったりとした造り。
部屋も複数に分かれていて、宿というより、貴族の屋敷といった方がしっくりくる。
仮にこの宿を現代で借りたら──いくらかかる?
10万円?いや、100万円?
そんなことを考えていると、突然、三人が声もなく動き出した。
目的地は同じ。
──そして、そのままダイブ。
マシュマロのように柔らかなベッドが全身を包み込む。
三人は仰向けになったまま、笑い声を漏らした。
「おい、信じられるか?」
「いえ……これは夢じゃないでしょうか?」
「うん、夢だね。……でも、夢ならすごくいい夢」
彼らの顔には、ようやく安堵の色が戻ってきた。
つい先日までの不安と緊張の連続だったのが嘘のように、
今はすっかり、いつもの表情に戻っている。
しばらくの間、三人の楽しそうな笑い声が、宿の部屋に優しく響いていた。




