礼央とお呼びください
「入沢様、おはようございます」
「はい、おはようございます、瑠花嬢」
ここは、王都の一角にあります商店街の近くの喫茶店『幸福のしずく』です。
60代くらいのマスターのおじさまと、3人の店員さんが経営している、小さなカフェです。
ひっそりお忍びで来る場所なのですが、とてもおすすめなので、ご案内いたしました。
「入沢様、お時間を有難うございます」
「こちらこそ、有難うございます、今日は宜しくお願い致しますね」
「はい、こちらこそ、宜しくお願い致します」
本日は、お忍びなので、入沢様も、騎士服ではなく、ラフな感じの、シンプルな服装です。
商人見習いをイメージしていそうですけれど、入沢様が着ると、男爵家の子息か、富豪の息子くらいに見えますね。
私は、アップルパイとホットミルクティーを、入沢様は、チーズケーキとブレンドコーヒーを注文しました。
どちらも、美味しそうですね。
「こちらのスイーツは、チーズケーキもアップルパイも、シフォンケーキも、みんな、美味しいですから、おすすめなんですよ。」
「そうなのですね
チーズケーキが楽しみです」
「ふふ、入沢様は甘いものが好きなのですね」
「瑠花嬢、私には、弟がいますから…
入沢様ではなくて、礼央とお呼び下さい」
「あら、礼央様とお呼びして良いのですか?
ありがとうございます、礼央様」
貴族の男性が苗字ではなくて名前で呼ぶように言う場合は、親しくなりたいという意思表示。
礼央様は、私と親しくなりたいのでしょうか?
今の所、婚約するかどうかは分かりませんが、嬉しいものですね。
「ここの喫茶店には、よく来るのですか?」
「ええ、お忍びですけれど、そちらにいる侍女の緋奈と一緒に来ることが多いのです。」
「そちらの侍女の方と仲が良いのですね」
「ええ、私は、一人っ子ですから、侍女の緋奈は姉のような存在なんですよ」
「ふふ、そうなのですね」
「はい、実は、ここの喫茶店のマスターさんは、緋奈の叔父様なのですよ。あちらにいる女性の店員さんは緋奈の従妹にあたる子です。」
「その縁で… なるほど、信用できるマスターと店員がいらっしゃる喫茶店なのですね」
「ええ、そうなのですよ」
緋奈の叔父様、明さん。
マスター明さんの一人娘、柑菜さん。
お客様の人生相談に乗るのが好きな、明るくて気さくなマスターと娘さんです。
「だからこそ、こちらは、侯爵令嬢の私が気軽に来れる良い場所なのです」
「お忍び先を紹介しても大丈夫でしたか?」
「ええ、ここなら、異性と会っても、マスターも店員さんも事情を知っていますからね、ふたりきりにはならなくて良いでしょう?」
「ああ、そうですね、とても良い場所です」