婚約者候補を辞退?
「瑠花お嬢様
おはようございます」
「ええ、おはよう、緋奈」
私の名前は、久遠瑠花。
侯爵令嬢です。お父様譲りの黒の長髪に青目、王族の末端、久遠家の一人娘にあたります。
お父様は宰相閣下の補佐官、お母様は孤児院の先生、お屋敷の別館に暮らしているお祖母様は王都立病院のベテラン看護婦さんです。
私に声をかけてきたのは、久遠家に仕えている侍女見習いの一人です。久遠家の遠縁の親戚の男爵家の三女なのだそうです。
久遠家の料理人見習いと恋仲だそうですね。
「お手紙が届いています」
「あら? お手紙………?」
「雨宮 彼方様からです」
「彼方様から? 何か、ご用事かしら?」
雨宮彼方様は、侯爵家の一つ、雨宮家の次男にあたる、同い年の、茶髪茶目の青年です。
私達のお父様同士が、文官として同僚なので、その縁として、私の婚約者候補として、名前が上がっている人になります。
彼方様と私は、あまり話したことがないくらい縁が薄いのですが…
お父様同士は仲が良く、息子と娘を婚約者に、みたいなお話になったようなのです。
よくありがちな政略結婚でございますね。
「ねえ、緋奈」
「はい、なんでしょうか?」
「茅野家って、ご存知かしら?」
「南方の男爵領を治めている家です」
緋奈は、私からの突然の質問に驚きながらも、急ぎ足で、地図を持って来ました。
その地図の南方辺りの領地を見たら、確かに、茅野という小さな男爵領の地があります。
3つの伯爵領に囲まれた場所、その内の一つ、風見伯爵領は、雨宮侯爵家の親族ですね。
「茅野家のご息女って、どんな方かしら?」
「身体の弱い御令嬢だとお聞きしております」
「どうやら、その茅野家のご息女と、真実の愛に目覚めたから婚約者候補から辞退するそうよ」
「………婚約者候補を辞退?」
「ええ、そうみたいよ」
もともと、私との婚約話に乗り気じゃなかったお方ですから、予想はしていましたけれど。
ただ、彼方様は、次男坊ですから、侯爵位は、受け継ぐことが出来ません。
彼方様のお母様が、それを心配した為、侯爵家である久遠家の一人娘である私に婿入りして、次期侯爵位を目指すという政略結婚の婚約話を提案したのが、始まりなのです。
彼方様は、次期侯爵ではなく、男爵家の次女を妻に迎えて、庶民になる道を選んだのですか?
恋愛とは不思議なものですね。