梅雨は明けず
その日は久しぶりに美しい晴れ模様だった。
今年はかなり早めの梅雨入りだったようで、俺もこの世に生を受けて15年だが、5月に梅雨入りは初めて聞いた。
前日も例に漏れず、しとしとと雨が夜まで降っていたためか、通学路の至る所が湿っており、朝日がそれに反射して街が少し輝いて見えた。なんてことはない街だと思うが、なんとなく特別な雰囲気に見えて、特別な朝のような気もした。気がしただけ。
いつもと違うことをしなければいけない気がして、自販機でコーヒーでも買ってみようかと思ったが、そう思い立ったときに限って欲しい物は出てこないもので。そういえばこの通学路、自販機を見たことないな。
これでは普段と違う雰囲気を演出できず仕方ないので、俺は背負った鞄の中からギターの元エフェクターを取り出した。
それのペダル部分を強めに押し、電源がついたことを示すインジケーターが光るのを確認する。
その瞬間、ふと風が俺の耳元を吹き抜ける。
「……モット……ウスコシ……セタノニ……」
その風は言葉を乗せて、そのまま後ろへ流れていった。
Gainのツマミを9時から13時くらいに、Trebleのツマミを8時くらいから12時くらいまで回してみる。
「一旦これで様子を見てみるか……」
さて、普段と違うことをしてみたら、普段と違うことが起きたので、また違った朝を演出できただろう。
こういう偶然性によって自販機がなくともなんでもない日常が彩られるってもんだよな。うん、いい朝だ。うん、そう思おう。
俺は、それのスイッチを入れたまま鞄に仕舞った。