第89話 買い出し
学園祭前、最後の日。
部活動も休みとなり、準備も大詰めに差し掛かっていた。
今日は準備日として朝から授業もなく、放課後まで学園祭の準備に使える日だ。
他の教室からもわいわいと聞こえる中、俺たちのクラスも騒々しく動き回っている。
「看板できたよーっ!」
「チェックします……うん、これなら大丈夫そうですね。ありがとうございます」
「いい感じにして欲しいって言われた時にはびっくりしたけどさー」
「おまかせしてすみません。早速教室前に飾ってみましょう」
部活が休みになるということは、人手が大幅に増えるのを意味している。
中途半端になっていた看板も参戦した美術部員の手によって、出来のいいものになっていた。
その辺の折衷役は長月。
あちこちへ奔走する姿はとても忙しそうなんだが、俺は代わりになれないので見守るか、求められたら手助けするくらいしかない。
「教室も飾り付けるとそれっぽくなるんだね」
「だよなぁ。とうとう学園祭って感じがしてくる」
「あんまり覚えていませんけど、去年もこんな感じでしたっけ」
「……多分?」
「なんで二人ともそんななのさ。楽しい学園祭なんだから笑って笑ってーっ!」
作業の合間で飾り付けられた教室を眺めつつ、いつもの四人で雑談。
数日前に合流した燐は準備の進みように驚いていた。
一応、メッセージアプリで準備の進捗については共有がされていた。
その手の物も教室の片隅に置かれているから見ようと思えば見れるけど、実際に飾られていると違うのだろう。
「桑染くん。それと白藤さん、花葉さん……手が空いてるなら東雲くんもちょっといい?」
「長月? 何かあったのか?」
「ちょっとみんなにお願いがあってね。お客さんに提供するケーキを受け取りに行って欲しいの。私はこっちで手が離せそうにないから」
「そういうことなら任せてくれ。こっちにいても手伝えそうなことはあんまりなかったし」
俺の仕事は既に終わったも同然。
教室で案山子をしているよりは、言われた仕事をこなしていた方がいい。
三人も大丈夫と頷いたところで、長月から保冷用のクーラーボックスを二つほど渡される。
「衛生的な問題で生じゃなく冷凍のケーキだから、これに入れて運んでくれると助かるかな。保冷材も入ってるから道中で溶けるなんてこともないと思う。注文票はこれね。見せたら渡してくれる手はずになってるから」
「わかった。でも、俺たちで本当に良かったのか?」
「みんななら買い出しにかこつけてサボったりしないでしょ? そんなに遅くならないなら多少はいいと思ってるけど」
「委員長がそれでいいのか……?」
「いいのいいの。しっかりやるところと、手を抜くところは分けないと。息抜きも大事なんだから」
長月の言うことにも一理あるなと思いつつ、俺たちは準備をクラスメイトに任せてケーキの受け取りに向かった。
「学校を抜け出して外にいるのって、なんか変な感じがするねーっ。不良生徒になったみたいな」
「買い出しのためとはいえ、気持ちはわかります」
「なんにせよ仕事はちゃんとこなさないとな。ある意味、一番重要な役割だし」
「だね。何かの拍子にケーキを全部ダメにしちゃったら……」
「怖いこというなって。でもまあ、気を付けるにこしたことはないか」
学園祭を前にして、知らずのうちに浮かれているかもしれない。
もしここで俺たちが事故にでもあったら台無しだ。
「そういえば、みんなは衣装貰ったの?」
ふと、燐が思い出したかのように言いだし、俺たち三人は頷きを返す。
俺も月凪も花葉も、調整済みの執事服とメイド服を長月から受け取っていた。
受付を担当する俺まで着替える意味は……と考えたが、受付も接客の一部と言われれば断れない。
「燐は貰ってないのか?」
「僕も接客になったから衣装を受け取って、試着したんだけど……微妙にサイズが合わなかったみたいでさ」
「同じサイズでも微妙に違うのはあるあるですよね」
「あれ辛いよねー。似合うと思って買ってきた服が実は微妙にきつかったりさ」
「長月ならちゃんと直してくれるはずだぞ」
「うん。僕もそう信じてるよ? でも、長月さんはこうも言っていたんだ。『もし直せそうになければ別の衣装を着てもらうことになるかもしれません』って」
「……ん?」
妙だな、雲行きが怪しくなってきた。
長月ほどの腕があって直せないなんてことがあるんだろうか。
仕立て直しではなく調整だから、限度があるのは理解できる。
でも、そこまでだったらそもそも衣装のサイズが間違えているのでは?
なんて考えながら燐を見て、思う。
燐は男子にしては華奢で小柄な体格だ。
恐らく衣装のサイズは一番小さなものだろう。
それでもし、余裕があり過ぎたのだとしたら……?
そして。
すぐに用意できる別の衣装と言えば――。
「僕さ、凄く嫌な予感がするんだよね。まるで別の衣装ならすぐに用意できるみたいな言い方だったし。けど、すぐに用意できる衣装って現状一つしかないと思うんだ」
「……あー、うん。とりあえず、何がとは言わないけど、相談には乗るぞ」
「ありがとね、珀琥くん。僕も頑張るよ」
声色が完全に乾いていたが、指摘してはいけない。
なお、月凪と花葉も別の衣装の存在に思い当たり、「絶対似合う」と思っているのが目線だけで伝わってきた。
……まあうん、俺も同意見なのは否定しないよ。




